アメリカはオミクロン株が21年12月のホリデーシーズンから感染爆発、22年になってから全米での一日の新感染者100万人突破もありました。

ちょうどホリデーシーズンに当たっていたので、感染者もうなぎのぼり。街角にある検査所には長蛇の列ができていたほど。そのため学校は休校になるところが多く、また会社はリモ−トに戻るところが多数。

しかしながらアメリカでは初期のアフリカからの渡航をのぞき、海外からの入国禁止や隔離政策は取らず、ニューヨーク市は飲食店営業の時短や酒類の販売禁止、あるいはジムや美容院などのクローズも行いませんでした。

これはオミクロン株では感染者数が多いものの、重篤化して入院する人が少なくて、第一波の時のようなロックダウンは必要ないと判断されたためです。

テストのためにテントの前に行列する市民

ニューヨークでは新規感染者が8万5000人越えの日もあったものの、1月中旬でピークに達してから少しずつ減少。一時は陽性率30%超えだったのが、ようやく1月末で3%を切ることに。

つまりオミクロン株は1ヶ月ほどの間に感染爆発して、それピークになると、急激に感染が減るというパターンのようです。

2月に入り、NYの陽性率はようやく2%となった。

今回のオミクロン波では、まわりでも感染報告が山ほどあり、めずらしいものではなくなりましたが、今回の波では、周囲で入院したケースはなくて、それは第一波の20年3月とはかなり異なります。

私自身、2021年2月にコロナに罹患してしまった経験があるので、その経験談をレポートします。

風邪だと思ったら、コロナ陽性に

21年の年明けはニューヨークを第2の大きな感染波が襲っていた時期で、まだワクチン接種前でした。

最初に夫のピーターが風邪の症状を見せて、その2日後くらいにわたしも風邪の症状が出てダウンしたのです。

熱は38度ほどで、3日間寝ていたら回復しました。症状が軽いので、てっきり風邪だと思っていたのですが、彼が「コーヒーの匂いがしない」というので、ハタと気づいたのです。えええ、それってコロナの症状じゃないの?

私自身も、コーヒー豆を入れている保存容器に鼻を突っ込んでも匂いがしない。さらに味も塩味ばかり強く感じて、他の味はしないのです。

そし夫が検査を受けに行ったところ、なんとコロナ陽性だと判明。えええええ、本当にコロナ!??? 噂に聞いていたかぎりでは、コロナは40度近い熱が10日間ほど続くものという認識だったので、むしろ何かの間違いじゃないかという気持ちでした。そして症状がなくなり、自主隔離期間が終わる時にPCR検査とを受けにいくと、陽性の反応が出たのです。

そう判明したとたん、まずドーンと襲ってきたのが、暗い落ち込みでした。

「あんなに用心していたのにも係わらず、罹ってしまった」「自分は失敗したのだ」ということのショック。まるでゲームで脱落してしまったかのような敗北感。自分はダメなのだという挫折感。

そして症状じたいは軽く終わったものの、そのあと味覚や嗅覚が戻るのには、3週間くらいかかりました。高熱が出たわけでもないし、咳で苦しんだわけでもないので、もしPCR検査が無料でなければ、あえて検査することもなく「風邪」で終わらせていたと思います。

けれども「私が軽症だったから、みんな大丈夫だよ」といえないのは、個人差があるからで、正直なところなにが差を生むのかわかりません。

そして「ふつうの風邪」とはやっぱり違うのだ、甘くみてはいけないと感じたのは、症状が回復しても、そのあとに後遺症が長く残ることでした。

20年3月ロックダウン直前のNYタイムズスクエアで大規模に行われたイベント。この直後、ステイホームとなる。

後遺症が長いコロナ

ふつうの風邪だと、治るとスッキリするもの。風邪が治ったあと数日ぶりに湯船にひたると、あー、気持ちいい、体のデトックスが済んだ感じ、となる。体が更新した感があるわけです。風邪が治って爽快になるのは、誰しもが経験あることでしょう。

ところがコロナにはそれがない。全然スッキリしない。ちっとも治ったあとが気持ちよくない。それどころか倦怠感がずっと続く。いつまでたっても、なんだか疲れる。

アメリカではこの長く続くコロナの後遺症のことを、Long Covidとも呼んでいて、多くの患者にみられるのが倦怠感や、息が短くなること、咳、関節の痛み、集中力の欠如、鬱や落ち込み、立ちくらみ、頭痛などの症状が報告されています。

私のケースでは症状は軽かったですが、その後の後遺症はかなり残りました。病後にウォーキングを始めたら、いつもの半分の距離で疲れてしまってベンチで休むはめに。風邪で数日寝込んだくらいでは、ここまで体力が落ちることが残ることはないので、軽くショックを受けました。

そしてさらに困ったのが、気力のほう。集中力が出ない。頭がすっきりしないで、思考に没頭できない。すぐ気が散るし、ヤル気が出ない。アメリカではブレインフォッグ(脳の霧)という言葉で表現されましたが、うまく考えがまとまらずに、集中できないのです。

集中力が出ないブレインフォッグの罠

これはアメリカでコロナ後の後遺症として問題になったことで、多くの人が職場復帰したあとで、ブレインフォッグに悩まされたのです。グウィネス・パルトローもコロナ罹患後、半年ほどブレインフォッグに悩んだといっていました。

たとえば頭がクリアな状態で、ものごとに集中して取りかかると、ハッキリした線が見えて、その線をたどっていけばいいようになる。それを「ゾーンに入る」と表現してもいい。つまり集中した時に、外部のことはふっとんで、その事項に意識がフォーカスすることができる状態です。

ものごとに集中できると、生産性もあがるし、細かな作業もできるし、また道筋も自分でハッキリと見えるもの。

ところがブレインフォッグに迷うと、思考がまとまらないし、あちこちに飛んでしまう。道筋がわからない。まるで思考が飛び立つ鳥のように、あちこちに飛んでいって、ひとつの縄に縛りつけられない感じなのです。

当時、原稿を書く仕事をどうやってこなしていたのかわからないほど、頭の働きが鈍っていました。もの忘れも多くなってしまい、ずばりいえば「頭が悪くなった」ように自覚していたのです。

アメリカでは、後遺症のブレインフォッグに悩まされる人が多く、職場でいえば自分が思うようにパフォーマンスができない、かつてのように働けないといった悩みが多く報告されました。

私の場合は、老化も加わって、体力気力が落ちて、さらに集中力もなくなってしまい、非常に無気力になったのです。なにもする気が起きないし、どうでもいい。いろんなことがどうでもよくなってしまって、なにもしたくない。

ああ、自分はこういうふうに気力がなくなって、ヤル気もなく、だからといって悔しさもなく、淡々と年を取り、消えていくのだろうなあという諦観に、ひたひたと浸っていたのです。

そうやって暗く落ちていた時期に、私にとって「生きる喜び」になってくれたのが、あるバンドを観ることでした。起きあがれない時には、オンラインで膨大にあるバラエティ番組の「달려라」やYouTube動画を見ていたのです。

今回の後遺症で、人の心にどれだけ「わくわくすること」が大切なのか、そして心には、なにかしら点火をしてくれるものが大切なのだとも納得。

ちょうど火打ち石でカチカチと小さな火をつけることを繰りかえしているうちに、だんだん熱量があがって、ようやく火となって燃えさかり、蒸気機関となって動いていくような感じというのか。心が暗くかげっている時に、光を灯してくれた存在には感謝しかありません。

そしてこの後遺症は「うつ」状態とも違っていたのです。私自身は以前、「うつ」をわずらったことがあるのですが、「うつ」の時はすべてが灰色で、まったく光が差しこまない、ただ霧のなかにいるような感じでした。まったく心も体も動かなくなる。

コロナの後遺症も気力がなくなる、元気が出ない、なにもしたくないという意味では、たしかに鬱々した状態と同じ。ただし「うつ」の時に感じたような砂に埋まっている感じ、暗い水底にいる感じ、まったく動けずに、死んでしまいたい気持ちになるというのはなかったです。

ブレインフォッグでは、なんでこんなに考えがまとまらないのだろう、なんでこんなに集中できないんだろう、頭も体もうまく思うように動かず、うまくエンジンがかからないといった感じでした。

今では体力気力も回復しているので、あれは後遺症だったのか、とはっきりわかります。当時の無気力感は、やはりふつうではなかった。自分では「もう年だから、こんなものなのだろう」という思いもあったのですが、今思い返すと、やはり体力と、それに伴う気力、そして脳の機能が低下していたのだと思います。これは風邪では起こらない、なにかしら脳神経の伝達に対する影響があったのだと思います。

後遺症は人によって違う

もし今、読んでいる方のなかで、コロナ感染をしたり、症状が治っても気力が落ちたりしている方がいたら、必ず回復するので大丈夫だとお伝えしたいです。

体力気力が落ちるのは、よくある後遺症です。ブレインフォッグも実在するし、倦怠感が続くのもよくあること。そこがふつうの風邪とは違って、やはりコロナのウイルスは特殊なのだと思います。

アメリカでは患者たちが訴える倦怠感や集中力の欠如といった後遺症は、初期に罹った「気のせい」とあつかわれがちだったのが、ロングコビッドの症例が多く報告されるにつれて、その研究もされるようになりました。

ロングコビッドがあなどれないのは、一年たっても嗅覚が戻っていなかったり、仕事に戻れていなかったりするケースもあるからです。

ですので、病気の症状は治ったのに、以前の自分とは何かが違う、おかしい、つらいと感じている方がいたら、ぜひ主治医に相談してみて下さい。それは気のせいではなくて後遺症である可能性が高いです。

さらにコロナのふしぎなところは、人によってまったく症状が違うところ。風邪やインフルエンザでは程度の差はあるけれど、似たようなもの。ところがコロナでは人によってまったく違う。何人かの方に、コロナ感染時の体験を語ってもらったので報告します。

自宅でコロナの抗体検査ができるホームテストキット

■40度近い熱が5日間で起き上がれず

S.Rさんは二人のお子さんを持つヘアスタイリストですが、コロナの第一波で感染したケースでした。

「かかったのはロックダウン直後の2020 年3月終わりでした。たぶん先にかかったのが旦那で、だるいだるいとゴロゴロ数日寝ていました。すぐに私がかかって、私は40度近い熱が5日頃続き、ベッドから全く出られないほどきつかったのを覚えています。

ずーーーっと汗びっしょりになりながら寝ていました。1週間ほどでベッドから出ましたがとにかくだるく、治ったと思っても数日に一回は疲労とだるさで寝込む感じが数ヶ月続きました。だるくて、だるくて、めちゃくちゃ疲れていました。

たぶん私はタバコを長年吸っていたから肺にダメージが大きかったんだと思います。激しい疲労感は長く続きました。寝込む程の疲労感は2、3ヶ月で治りましたが、その後もかなり息苦しかったり、疲れやすかったりしました。

私のお客様で、いつもカットとパーマしていた方も同時期にかかり、彼女は後遺症がひどく、体力がもたないとパーマやらなくなりました」

2020年3月の第一波の時はニューヨークでもっとも被害が出た時期で、実際に知り合いの方も亡くなりました。ニューヨークでは医療崩壊が起こり、病院の前には、御遺体を保存する冷凍庫が置かれ、セントラルパークには野戦病院ができた時期です。

第一波では、非常に毒性が強いウイルスだったことがうかがわれます。

20年3月ロックダウンしたNYでは病院に特別テントが出され、遺体収容の冷凍庫も置かれた

■39度の熱が3日間 味覚なしに

Y.Kさんは、2021年夏に、ワクチン接種後に感染したケース。ご家族は、お子さん二人の四人家族です。

「21年8月に感染しました。2度のワクチン接種が4月に終わったあとでしたが、西海岸旅行から戻ってきた時点で陽性が判明しました。

私は38.5-39.2度の間の熱が3日間出て、味覚と嗅覚はなくなりました。味覚と臭覚以外は、何も後遺症はないと思います。味覚と臭覚は治ったなと思うまでに3ヶ月くらいかかりました。それほどひどい後遺症にならなかったのは、きっとワクチン後に罹ったからだと思います」

この時は、他のご家族には感染しなかったそう。その後オミクロン波爆発で、下の息子さんが感染。5歳以下の幼児はワクチンを接種しておらず、今回の波では保育園幼稚園などで感染拡大しました。

「12月に息子が陽性になって高熱を出した時も添い寝しましたが、私は感染しませんでした。夫と娘も感染しませんでした」

さらに一月になってから、職場経由で夫が感染、そして娘さんも感染したそうです。家族全員が感染を一回したことになりますが、時期は異なっていて、必ずしも家庭内でうつるものではないのがわかります。

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■ブースター直前に感染、頭痛が長引く

4人のお子さんがいらっしゃるM.Sさんは、22年の年明けに陽性が判明したケースでした。

「21年末に頭痛がしてだるいなという程度でしたが、検査する前日にしんどくなって吐き気がしてきたので仕事を早退しました。

少し前に子どもが1日熱を出したことがあったのもあり、念のためにコロナのホームキットでテストしたら陽性でした。

その後頭痛がひどくなり鼻水も出て喉の結構な痛みも出てきました。1週間は続きました。熱は出ませんでした。胸の辺りに違和感があり、やっぱりコロナは呼吸器系なんだなと思いました。

味覚に問題はありませんでしたが、治った頃に乾いた咳が出はじめました。なんならそれが今でも続いているような気がしています。

ブースターの予約してあるタイミングでの感染でした。子どもたちは検査していませんが、学校でも周りに続出していましたのですでに感染済みだと私は認識しています。

(12月に下2人は1日発熱してその後医者の許可を持って学校に行きましたがその時コロナの検査はしませんでした)

私の場合、軽いとはいっても思ったより長引いたし、風邪以上、インフル以下くらいの症状な感じでした。

周りで感染した人たちも大人は結構長いこと患っている印象です。あくまで印象ですけど、ブースター打っていた人は軽症なのかなとも感じています。」

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■ブースター接種後に感染で軽症

ブースター接種後であったものの、オミクロン波で夫がまず感染してしまい、自分も陽性になったとうM.Sさんのケースです。

「ブースターショットは10月末に接種しました。21年のクリスマス前に夫から感染、最初は38度くらいの熱、翌日は下がって4〜5日間37度前後の微熱。くしゃみと鼻水、一時は前喉頭の痛み。咳はなし。だるさ、腰の痛み、いくらでも眠れる状態でした。寝汗がすごかったです。

2〜3週間だるさや頭がはっきりしない状態が続いて回復、という感じでとても軽かったです」

板が打ちつけられた店舗で、アーティストたちが絵を描いていた

■6日間にわたり高熱、胸の痛みも

オミクロン旋風が吹き荒れるなか、娘さんが学校で感染後に発症して、自分も感染したN.Yさんのケースでは、かなり高熱に苦しんだといいます。

「21年の12月25日に発症しました。その前にギャラリースペースで、複数のブランドが出店を出すイベントに参加していて、初日から感染者が出たものの、2週間は無反応で乗り切っていました。まわりでも感染者は多かったです。

空咳が25日の夜から出だして、深夜もたびたび咳で目が覚めました。26日の夕方まで咳のみでした。なんとなくだるいが、それはイベントの疲れと勘違いしていました。夕方から熱が出だし、同時に、毎日一緒にいたイベントの主催者からコロナ陽性になりました、と連絡があり、ああ、わたしもコロナだ、と理解。

症状としては、風邪の一番辛い日が6日続いた感じです。喉が痛くなったのは1日だけ。とにかく頭痛と熱(38度以下)がずっと続きました。そして七日目の朝、突然、回復しました。

後遺症は一月経った今も、たまに胸が苦しい。初めは息切れがひどく、ひとつやってはため息、ちょっと歩いてはゼーゼー、していましたが、回復後数日後に鍼に行き、だいぶ良くなりました。今もまだ疲れやすく、つねに胸に違和感があります」

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■ブースター後に感染、翌日に復活

N.TFさんはブースター接種まで済ませていたものの、ご家族のなかでひとりだけ陽性になったケースでした。

「ブースター接種はすでに済んでいました。12月20日、マスクしてジムにいた時に急に喉に違和感を感じ、帰宅後声がかすれてアレ?!と思う。翌日微熱。こじらせたら嫌だなと思ってひたすら休養、翌日には復活!

でも同じ日、最近何度か会っていた友人からコロナ陽性の連絡を受け、あ、私もオミクロンだったのかなあと思い、クリスマス前に近所のCity MDで、家族全員が検査したところ私だけ陽性でした。後遺症は特にありません」

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■ブースター後に感染、無症状

アメリカ人のC.Rさんは、公衆衛生の専門家であり、医療の現場に立つために感染も二度したというケースです。

「1度目は21年1月にコロナに感染しました。この時はワクチン前で、39度ほどの発熱が三日ほど続き、味覚嗅覚ともになくなるという経験をしました。味覚が戻ったのは1ヶ月ほどあとです。

その後、ワクチン2回を接種して、昨年11月にはブースターショットも接種済みでした。22年のオミクロン波で、1月に職場で検査したところ陽性の結果が出ました。ただし症状はまったく出ていません。

今回、医療現場の状況でいうと、オミクロン株で重症化したのは、ほとんどがワクチン未接種者です。そこでまたウイルスが変化していって、オミクロンとデルタを合わせた株も出ています」

21年12月オミクロン波が急増するNYでテストに長蛇の列をなす人たち

ワクチンは5ヶ月で弱くなる?

はたしてコロナは、いつまで変異して続くのか。人類の半分ほどが感染して、ようやく免疫ができて、インフルエンザ並になるものなのか。これはもうシロートにはわかりませんし、意見をいうべき事柄ではありません。

しかしこうした周囲のケースを見ていて、なんとなくわかるのが、ワクチンは5ヶ月以上経つと、抗体が弱くなって罹りやすくなるようだということ。

それと同時に毒性の強さは少しずつ減ってきているようだということ。少なくともニューヨークでは、第一波の時のような甚大な被害にはなりませんでした。

ブースター接種をしてもコロナに罹ることは実際にあり、しかしながら軽症で済むようだとも推察できます。

またコロナのウイルスはどんどん防御のないところを襲うように進化するようです。第一波においては「子どもは罹らない」といわれていて被害が少なかったものの、だんだん毒性は薄まりながらも感染力は高まり、オミクロンでは子どもでさえ感染してしまう。ウイルスも防御壁のないところに進化するようです。

私自身は感染しましたが、罹らないで済むなら、それが一番良いこと。

ニューヨークでの経験でいえば、感染が増えている時はもう防ぎようがないものです。罹った人がことさら不用心だったとか、そういうことは絶対にないです。たまたま感染力が強い時期の人が近くにいたり、学校や家族や会社で感染したり、タイミングによって感染してしまうもの。

防御法としては密を避ける、マスクをつける、手を洗うといった基本的なことしかない気がします。健康な人であれば、重篤化は少ないとは思いますが、罹らないでいられたらベストでしょう。

どうぞお気をつけてお過ごし下さい。