2022年2月25日、ニューヨーク国連本部で安全保障理事会(以下、安保理)が臨時開催された。開催目的は、世界を揺るがすロシアの対ウクライナ侵攻について国連安保理がロシアのウクライナ侵攻を停め、即刻ウクライナから引き揚げるようロシア決議案として提案し合意するというものだ。
しかし今回の2月25日の安保理総会では、ロシアの侵攻を停める決議案は否認された。
なぜ国連は、常任理事国であるロシアのウクライナ侵攻を停められなかったのか、そして今回の安保理の結果がどのような意味があったのか紐解いてみたい。まずは、国連の安保理とは?について簡単にご説明しよう。
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■国連安全保障理事会(以下、安保理)とは:
安保理は、5か国の常任理事国(中国、フランス、ロシア、英国、米国)。そして、選挙により選出される他10か国の非常任理事国から構成される。現在15か国。
常任理事国(5か国)には「拒否権」がある。つまり、理事会案の手続事項を除く全ての決議案に対して1か国でも反対があった場合には成立しない(憲章第27条)というルールが設けられている。非常任理事国(10か国) は任期2年。
2022年現在の安保理国の構成は以下の通り。
(1)常任理事国: 中国、フランス、ロシア、英国、米国(「拒否権」を持つ)
(2)非常任理事国:エストニア、ニジェール、セントビンセント及びグレナディーン諸島、チュニジア、ベトナム(2021年末まで) / インド、アイルランド、ケニア、メキシコ、ノルウェー(2022年末まで) *半年ごとに半数国が選挙で入れ替わる。
●日本は入っていない。
日本は、2016年1月から2年間、非常任理事国の任期を全うした。その後も常任理事国入りすべく働きかけながら、非常任理事国選挙(任期は2023~2024年)に立候補している。
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UN WebTV ●会合の動画 https://media.un.org/en/asset/k17/k17enj3450
■国連安保理で決議案否認、ロシアが反対。
国連安保理は2022年2月25日、ロシアのウクライナへの侵攻について緊急臨時の安保理総会を開催し、ロシアに対して「国連の平和憲章違反にあたる行為である。遺憾の意を表する」と参加した100か国近くの大使たちが強い言葉で訴えかけた。
決議案は、米国や非常任理事国以外に日本も含め80か国以上が同案提案に賛同していた。ロシアのウクライナ侵攻を止めさせる内容の決議案として安保理は、全一致の合意を目指したが今回はやはり無理があった。
なぜなら5か国のうちの常任理事国であるロシアが反対したからだ。上述したように、常任理事国が一か国でも否認すれば、その決議案は実現不可となる。しかも、安保理総会の議長国は持ち回りで交代制となっており、2月の議長国はロシアが担当だった。採択は議長ロシアに有利に進む都合の悪さが重なった。3月の議長国はUAE。それゆえに、ロシアは2月中にウクライナを侵攻する綿密な計画をしていたようにもみえる。
今回の総会は、最初からロシアが反対することは明白で決議案は否決されることは想定内で分かっていたことだ。
結果として
*米国、フランス、イギリスの3常任理事国、非常任理事国8か国の11カ国が賛成、
*中国(常任)、 インド(非常任)、アラブ首長国連邦(UAE / 非常任)の3か国は棄権。
*ロシア(常任) 反対(拒否権行使)。
議決案は、唯一のロシアの反対によりあっけなく否認となった。
その他、特記したい国は以下の通り。
●米国は勢力が弱体化か
そんな中、今までリーダー国として国連でも強い発言力を持っていた米国は、ロシア以外の理事国すべての国から賛同支持を得ることを目的として今回も常任理事国として参加した。しかし全一の賛同を得るのに失敗した。つまり、米国が常任理事国リーダーとして各国をまとめる民主主義の勢力図が、弱体化していることを世界に露呈したことになったのである。
米国の国連大使は、それでも「ロシアは決議案に拒否権を行使することができても、我々の声を否定することはできない。ウクライナの人々に拒否権を行使することはできない。戦車が街中を走り、爆弾が通りに落ちることを想像するのは難しい。ウクライナ人は家族や国や大切なものを守るため行動している」と強くロシアに主張し撤退を訴えかけていた。
●ウクライナの国連大使は、苦悩な表情で下記をコメント。
「安保理で、つい先日まで戦争を防ぐ方法を話し合っていた。そしてまさにその話し合いの途中で戦争が始まった。空爆が私の愛するウクライナの市民に投下された。そんなロシアに決議案に反対されても驚かないが、今すぐに攻撃を中止し軍をウクライナから撤退せよ」と厳しく心痛な表情で強くロシアに向かって主張した。
●中国とインドが今後の国際情勢の’鍵か
国連報道筋によると、決議の内容を巡り中国とインドは難色を示していた。
中国とインドは、ロシアに軍事機材やIT技術を売り込んでいる軍事取引の関係で、ロシアのウクライナへの軍事攻撃がこれで中止になると、二国間の取引上で都合が悪くなると難色を示していた。結果、両国はロシアには同調せず決議案にも意見せず棄権という立場をとった。
この中国とインドの両国が、今後のロシアを挟む米国との外交の関係上で、世界情勢の動きを握る重要なキーポイントとなる。領土の大きさも人口も世界上位にランクするこの2カ国が、ロシアと米国の間でどう外交貿易のかじ取りをするのか、今後、両国の動きは要注意だ。
■決議案が否認されると分かっていても安保理を開催した理由
193カ国からなる国連安保理総会、ロシアが拒否権を行使し廃案となったが、無意味ではない。今回の開催の目的は2つあった。
一つ目の目的は「ロシアを孤立させること」だった。ロシアを非難する決議案に「共同提案国」として名を連ねている国はすでに80か国~100カ国以上となる。
今回の安保理の結果は、最初からロシアが常任理事国として参加する以上「結局、否決される」と思った人たちも多数いるはずだ。
しかし、国連平和憲章に反する行為を行ったロシアに対し、加盟国がそれぞれに声を上げ「ロシアに、ウクライナ攻撃を即刻中止し引き揚げあるべきだ」という総会の映像を世界に一般公開することに意味があった。「平和理念に反する行為だと各国が強く批判し訴えた」記録が、映像として残ることになったことは確かにインパクトが大きい。
2つ目の目的は、国連安保理で否決された決議案は、その結果が必ず国連の公文書となる。文書には全てに番号が割り振られている。
今回「S/2022/***」という公文書で記録された。「S」は安保理を意味する。
この映像と公文書の記録は、安保理が今後もロシアへの撤退を要求する会合を開催する理由になる。そして、国連の他の関連専門機関の判断情報となる。難民や子供教育、食料、人権擁護などを担う各国連機関が、ロシアに対し制裁を追加し人道支援を行う上で貴重な記録となるのだ。
例えば、人道支援として機能するUNHCR(国連難民高等弁務官事務所・本部スイス)、子供支援のUNICEF(ユニセフ・ニューヨーク)、教育文化機関のUNESCO(ユネスコ・パリ)、開発プロジェクト支援融資を決議実行するIMFやWORLD BANK(世界銀行・ワシントンDC)、食糧支援のWFP(国連食糧計画・ローマ)、人権を守る国連人権理事会(ジュネーブ)など、NY本部の安保理でロシアにより否認された事実が公文書に記録される。それは、上記の国連各機関が今後のロシアに圧力をかける際の判断源となる。
NY本部の安保理もこのままで黙ってはいないだろう。もし、ウクライナへの侵攻をロシアが続けるならば、特別緊急会合の開催を要請する判断源となる。
(3/4追加:事実、2月25日の安保理閉会後の、翌日に安保理総会は「特別緊急会議」の開催を続行要請した。特別緊急会議の開催要請は40年振り。それだけウクライナの事態が深刻だということが分かる。この「開催の手続き」にはロシアは拒否権は行使できないのだ。安保理は「緊急会合」を2月29日~3月2日に開催。その結果、141票の参加国の賛成票を得て、ロシア非難決議案を採択するに至った)
●会合の動画 https://media.un.org/en/asset/k17/k17enj3450
■事務総長は、人道支援に尽力すると約束
この直後、国連グテーレス事務総長は声明を発した。
「国連は戦争から生まれ、戦争を終わらせるためにできた。2月25日の安保理総会で目的は達成できなかったが、私たちは決して諦めない」(グテーレス事務総長)
国連の本来の目的は世界の平和構築と人道支援だ。ロシアを止められなかった苦悩は残るが、我々の役割として、ウクライナ人への人道支援に一層の尽力を行うと約束している。
■国連軍縮担当上級トップで事務次長の中満さんのツイッターより
緒方貞子氏もよく言っていたことだが「国連」には幾つかの顔がある。
昨日のように国連の一つの側面が平和のために機能しない時、私たち「国連」は犠牲者を減らし支援するために現場で活動を続ける。
しばらく前から万が一に備えて計画を練っていた。「国連は諦めない」と述べている。
中満さんの言葉には勇気づけられる。国連にはいくつかの顔があり役割がある。
国連の役割の主理念は、世界を平和にする活動と人道のための支援である。安保理総会の決議で、今即時にロシアの対ウクライナ侵攻を止めることができないならば、諦めない国連活動の一環として、難民の支援や被害にあっているウクライナへの人道支援にシフト強化することになる。
同時に世界各地にある国連関連機関たちも、対ロシア圧力に動き出すはずだ。
■今後の対応:まず、UNHCR(難民高等弁務官)とユニセフが、人道支援を即実行を表明
国連難民高等弁務官事務所によると、ウクライナの人道支援へのニーズは刻一刻と高まっている。
一般市民が命を落とし、少なくとも10万人のウクライナの人々がすでに避難と伝えられている。そして同機関事務所は、難民支援に向けて最大限のサポートをすると表明している。
またユニセフ事務所長も、緊急声明を発表した。
ウクライナ危機で、750万人の子供たちに脅威「子どもたちを危険から守る国際的な義務の尊重が必要」だと。
ユニセフは今までも、紛争が8年続くウクライナ東部で、水や教育、心のケアなどの支援を提供してきた。
いま、750万人の子供たちが脅威に晒されていると人道支援の必要性を強調した。
https://www.unicef.or.jp/news/2022/0042.html
SDGs(持続可能な社会の形成)を目標とする国連および関係者たちは、平和活動と人道支援の観点から社会貢献を優先的に考える。誰も取り残さず、一人ひとりがよりよく生きられる社会を目指して、平和維持と環境保全を含む人権問題を解決するために取り組んでいる。
そんな中、この時流に逆行するかのようにロシアの対ウクライナ侵攻が勃発し、軍事や武器を駆使する侵略戦争が、再び世界に広がったことに悲しみと遺憾を覚える。今回の悲惨な侵略戦争に巻き込まれたウクライナの人たち、犠牲となった周辺国の人たちへの黙祷をささげご冥福を祈りたい。
そして一刻も早く、何十万人に上る難民となったウクライナ人たち、食料や飢えに苦しむ子供達への人道支援を遂行しなければならない。
■日本の常任理事国入りを期待する
最後に、今回の総会では、ロシアの平和憲章への違憲行為として公文書に記録することにはなったが、これで終わりではない。各国間の領土争いや戦争がいまだに絶えない今、加盟国の役割、国連本部、世界にある国連の関連機関の役割も今後ますます重要になってくる。
日本は、ロシアの対ウクライナ侵攻について、国連安保理での賛同はしたものの常任理事国(拒否権)として参加できておらず、常任委理事国としてのチカラ役割を果たせていない。冒頭にも述べたが、日本は2017年に、再び非常任理事国選挙(任期は2023~2024年)に立候補している。拠出金額と職員数の比率(小さい)がネックになっているのだ。
今後、国際社会の一国としてどうアクションを起こすか、国としての外交政策とその存在価値を高め、国際平和の維持にどう声を上げるかが日本の課題だ。国連を中心とする国際社会での日本の存在感は薄い。日本も拒否権をもつ常任理事国メンバー入りへと進むことを期待したい。