仕事柄、時折、映画のプレミアに出向く。
最近、取材したのは、2011年11月21日、NYのジグフィールド・シアターで開催されたマーティン・スコセッシ監督の初の3D最新作『ヒューゴの不思議な発明』のプレミア。

そして12月4日は、全米でクリスマス公開されるスティーブン・スピルバーグの壮大アドベンチャー『戦火の馬』のプレミア。
スコセッシやスピルバーグといった知的な巨匠たちが、丁寧に私の質問に応じてくれたのが嬉しかったが、なによりも私が感心したのは子役たちの応答だ。
『ヒューゴの不思議な発明』で主役ヒューゴを好演した14才のエイサ・バターフィルドは、メガネをかけ、ネクタイをしめてやってきた小さな紳士。自分から握手を求めてくる好青年で、しっかりと人の目を見て質問に応じる彼の落ち着きは凄い。
共演のクロエ・モレッツも始終、朗らかに微笑みながら、しっかりと丁寧に報道陣の質問に応じていた。スターの貫禄たっぷりで、あまりに堂々とした雰囲気だから、本当に14才なのかと問いたくなった。

『ヒューゴの不思議な発明』のプレミアにて レッドカーペットで取材に応じる14才のクロエ・グレース・モレッツ
小さい頃から大人の社会で働いてきた子供たちは、とてもしっかりしていて、受け答えが普通の子供たちと違うのだ。
『戦火の馬』の主演に抜擢されたジェレミー・アーヴィンは誠実なイメージの好青年で、新人なのにちゃんと積極的にコメントすることをわきまえていて凄いと思った。
でもティーンエージャーを演じたものの、現在21才という大人だから頷けないこともない。
だけど彼の15才の共演者セリーヌ・バッケンズが素敵なゴールドのドレスに身を包んでレッドカーペットに佇む姿を見て、私はどうしても唖然としてしまう。
カメラの前でポーズをとるときの貫禄さ、微笑みを浮かべながら余裕で質問に応じる様子は、どう見ても洗練された大人の女性だ。

『戦火の馬』のプレミアに15才の娘と共にやってきたスティーブン・スピルバーグ
スティーブン・スピルバーグは、プレミアに彼の15才の娘デストリーちゃんを連れてきた。
「娘にはこの映画を観客と一緒に体験してほしいと思ったので、まだ観せていなくて、彼女は今晩はじめて観るのです」と語るスピルバーグの横でスラリと佇む彼女にしても、子役たちにくらべたら遥かに無口ではあるが、もう大人の貫禄が漂っている。
同じ年頃の子供を持つ母親としては、この子たちの堂々とした態度は信じられない。うちの娘なんて、大人から「映画はどうでしたか」と質問されたら、小声で「うん、よかった」としか答えられない。
子役たちは「素晴らしい体験でした。スピルバーグが持つ純粋な心が描かれているようで‥‥」と、テキパキと話してくるのに。
それに、私の13才の娘の場合、『ヒューゴの不思議な発明』の試写会に行ったにも関わらず、子役たちにはまったく興味なし。
スコセッシ監督がジョージ・ハリスンのドキュメンタリーを監督した、ということだけに興味津々で、取材に向かう私に「ビートルズのことを聞いて」と、言ってくる。
娘は朝から晩まで、そして多分、眠っている間も、ビートルズのことばかり考えている。
9歳のときから毎日、ビートルズだけを聴き続け、自分の部屋をビートルズのポスターやグッズで埋めつくし、彼らが使った楽器の種類にいたるまで“ビートルズ博士”のように何でも知っている熱狂的なファンだ。
NYリンカン・センターで盛大に開催された『戦火の馬』のレッドカーペットに佇んでいると、この同センターのバレエ・シアターで開催されたNYシティ・バレエ団の『オーシャンズ・キングダム』のプレミアの興奮が蘇ってくる。
ここは、私の娘にとって大切な思い出の場所――。
ポール・マッカートニーがはじめてダンス音楽を手がけた。
そのバレエのプレミア・チケットを2枚、購入して、仕事ではなく、観客としてプレミアに行くことに。
「もしかしたらポールが来るかもよ」という私の一言に、娘は毎日ドキドキしながら過ごすことになった。
「期待してがっかりするのは耐えられないから、来ないと思うようにしてる」と言いながらも、プレミア当日は朝起きた途端に「ヒ、ヒ、ヒー」と声をあげ、一日中、学校でもニヤついて仕方なかったという。
シアターの入り口へと続くレッドカーペット。
そこから少し離れたバリケードの後ろに群がるファンたち。ビートルズのレコードを手に構えている人たちもいる。
「ポールは本当に来るんだ! 信じていいんだ!」娘はプレミア会場に来て、ようやく実感を味わった。
おとなしい性格の娘がこれほど興奮している姿を見たことがない。
娘にとって、ポールは神様だ。
神様以上かもしれない。
ビートルズに取り憑かれている彼女だが、中でもいちばん好きなのがポールだ。彼女は純粋に彼の音楽とアートを愛し、彼という人物を尊敬している。
彼がビートルズ時代に泊まったことがあるからとプラザ・ホテルのロビーにニコニコしながら居座ったり、彼が降り立ったことがあるという理由だけでJFK空港に行くことを喜ぶ彼女だ。
それがこの晩、リアルタイムで生の彼が、自分がいる同じ空間の中に存在することになる。
そう思うだけで娘の小さなハートは、はち切れそうになった。
口数の少ない娘なので後に彼女が綴った作文を読んで知ったのだが、彼女はポールの安全を懸念して警備員が少ないことに心配したり、自分は気が狂うのではと真剣に思ったり、あまりの興奮に病気になったように感じたり、彼女の心中ではいろんな思いが駆け巡っていたのだ。

ポール・マッカートニーの到来をシアター内で待ち受けるゲストたち
バレエ・シアター内の着飾った観客たちは、自分たちの席に向かわず、ずっと入り口を見つめて待機している。外に群がるファンたちだけでなく、シアター内のゲストたちさえも、ポールの到来を心待ちにしているのだ。
私はプレミアでこんな光景を見たことがない。
プレミア会場ではふと気がつくと真横にジュリア・ロバーツがいたとか、ミック・ジャガーが目の前を通ったとか、スターが普通に存在する体験をしてきた私。
これほど回りの人々がスターへの熱い反応を示す情景なんて前代未聞だ。
私と娘も、そんな観客のひとりである。
彼が通るであろう劇場の階段の横で待機していると、俳優アレック・ボールドウィンなど有名人がすぐ横を通り過ぎていく。でも誰もそんな有名人には目をやらない。
人々が待ち受けていたのは、ポール・マッカートニーなのだから。
若いときからずっとポールは、こんな信じられないほどの注目と羨望をどこに行っても浴びさせられてきたのだ。それなのに、彼はどうして地に足のついた良い人でいられるのだろう。私はそんなことを考えながら、人々を観察していた。
ついにポールがやってきた。
回りのバイブレーションが激しいから、彼の姿を目にする前から空気で分かった。「あと何秒かで彼があの入り口から入ってくるよ」と、娘に伝えたら、本当にそうなった。
外でバリケードの後ろにはりついている大勢のファンたちではなく、劇場内のゲストたちがドッとよどめいて歓声を放っていることに私は驚かされる。
だが、そんな観客のひとりが自分であることにも驚いた。
奥様となるナンシーと共に目の前を通り過ぎる彼に向かって、気がついたら「ウィ・ラブ・ユー、ポール!」と叫んでいた。
彼の回りに人の波ができる。控えめな娘は前にでることもできない。
でも、ほんの一瞬、オフィシャル用のカメラの前でポーズを撮るために、彼の前に小さな空間ができて、娘はその空間の向こう側に佇むことができた。
ポール・マッカートニーの伝記本をしっかりと手に 、声も出せず、一歩前に近寄ることもできずに佇む少女。
なんと、ポールはそんな彼女に気づいた。
そして彼女を見て、不思議そうに首を傾げた。
そして、顔を横上にひくジェスチャーをしながら、右手で「こちらにおいで」と彼女に手招きしたのだ!
彼の前に歩みでた娘は、ポールに本とペンを渡した。彼は気づかなかったと思うが娘の字で「I ♥ Paul」と上に書かれていたページに、彼は左手でサインをした。

娘(手前)の目の前に立つポール・マッカートニー
娘いわく、そのとき3回ほど「あなたは私のヒーローです」と、彼に言ったという。
でも、3回とも声にならなかった。
子役たちとは大違いだ。
娘は決して女優にはなれないだろう。
ありがたいことに本人はモデルや女優には絶対なりたくないと言っている。
ポールが入場して客席に着くまで、サインをもらったのは娘だけだった。なんという奇跡。
席につき、バレエが始まっても、13才の少女の心臓はドキンドキンと大きな音をたて続けた。彼女の胸に手をあてると、破裂するのではないかと心配になるほど大きな振動で心臓が脈打っていた。
家に帰ると、娘は彼が手にしたペンを人差し指でゆっくり触り、なんと、その指を舐めた。
そして「彼のDNAが私の一部になった」と、一言。
2011年9月22日――。
娘にとって生涯最高の日。彼女は一生、この日の感動を忘れないだろう。

ポール・マッカートニーが来ると確信した娘
Copyright: 2011 Yuka Azuma