五番街の72丁目にあるフリックコレクションから90丁目のグッゲンハイム美術館までは「ミュージアム・マイル」でもあります。
ちょうど真ん中にはメトロポリタン美術館がどっかりとそびえております。

メトロポリタン美術館の向かい側79丁目角に「Ukrainian Institute of America」があります。直訳すると「米国ウクライナ協会」かな?

ニューヨークはアメリカでもウクライナ人口が多いのだそうで、こういう協会もあるのですね。

photo by Gryffindor via Wikimedia Commons

建物はランドマークで、展覧会やコンサートなどが催されているゴージャス~な美術館です。

憧れのダンサー、マラーホフもウクライナ出身です。
お相撲の大鵬もお父さんがウクライナ人とか。

様々な分野に活躍する有名人を輩出するお国柄なのですね。

通勤路なので毎日前を通っても「へぇ、こんなところにウクライナ関連の建物なんてあるんだ」と思う程度で、実は中に入った事はありませんでした。

4月の終わりに、外観の荘厳さとは似つかわしくない「チェルノブイリ」と書かれた看板に目が止まりました。

「そうだった!チェルノブイリはウクライナにあるのじゃないか!」

入場無料のパネルディスカッションがあると書かれていました。
日本の原発事故の事があったから、私の目にも留まったのでしょうね。

この25年、ウクライナはチェルノブイリの悲しい歴史を抱えているのです。

事故から25年と3日目にあたる4/29のパネルディスカッション会場は満員でした。

パネラーはアメリカベースでチェルノブイリに関わっている5人。

環境と健康のNGO「ワールド・インフォメーション・トランスファー」の創始者クリスチナ・ダーバックさんはドンズパのテーマ「チェルノブイリとフクシマの比較」。

あの時は「フクシマはチェルノブイリほどではない」というようなことをおっしゃっていたように記憶しているのですが、メルトダウンや高濃度の放射線汚染だのが露呈した今、もう一度フクシマについて聞いてみたいです。

「チェルノブイリの子ども支援」のディレクター、アレクサ・ミラニッチさんは被害にあった子ども達の医療支援の現状。

ウクライナ系ジャーナリストで「チェルノブイリの森―事故後20年の自然誌」著者のメアリー・マイシオさんはウクライナの自然のレポート。

放置された立ち入り禁止地区では動物が群れをなし、見事な森となっているのだそうです。

イベント後の交流会で「日本は危険に決まってるじゃない!線量計がなければ暮らせないに決まってる!」と言っておられました。

「アフター・チェルノブイリ」のフォトジャーナリスト、マイケル・フォースター・ロスバートさんの写真と現場レポート。

現在も原発近くで暮らしている人や事故後の作業員の写真は生々しかったです。
その土地を離れたくない人もいるそうです。

そして大トリが、事故でゴーストタウンとなったプリピャチから避難して、現在アメリカ在住のヴァーシャ・ドストイノフさん。

現在もウクライナに家族が暮らしているそうですが、お父さんに勧められて渡米したそうです。

他4人のパネラーに比べて、時間も短く、淡々と話されましたが、「姉妹をガンで亡くしました。我が家はガン家系ではありません。」という言葉にはあぁ~、やっぱりなぁと思わずにはいられませんでした。

日頃はノンポリの私ながら、これからのニッポンを考える好機を与えてもらったウクライナ協会に感謝しております。