ロック界の大御所ミック・ジャガーが、ニューヨークの記者会見にやって来た。
「仕事関係の友人から、ジェームス・ブラウンのドキュメンタリー番組を製作しないかと聞かれたんだ。僕は一晩、考えさせてくれと言った。
そして翌朝、思いついたんだ。ドキュメンタリーよりも、長編映画として製作するのはどうか、とね」
と、ミック・ジャガー。
それでこのロックンロール・スター・アイコンであるミック・ジャガーが、”ファンクの帝王”と呼ばれるジェームス・ブラウンの初の伝記映画『Get On Up(原題)/ ジェームス・ブラウン ~最高の魂を持つ男~』のプロデューサーとなったのだ。
”ゴッドファーザー・オブ・ソウル”とも呼ばれ、マイケル・ジャクソンやプリンスなどに最大の影響を残したジェームス・ブラウン。
そんな伝説のミュージシャン、ジェームス・ブラウンに扮する大役に抜擢された俳優が、チャドウィック・ボーズマンだ。
おお、なんと見事な熱演ぶり!
あまりに” ゴッドファーザー・オブ・ソウル”になりきっていたので、他のキャストたちは現場でカメラが回っていないときも「ミスター・ブラウン」と呼び、敬意を示した。
妻役のジル・スコットは「気がつくとジェームス・ブラウンさまさまにと、ランチを彼に運んでしまったりしていたの」と、笑った。
「ショービジネス界で最もよく働く男」とも呼ばれたジェームス・ブラウンが200回も演奏した著名クラブが、ハーレムに健在するアポロ・シアターだ。
ちなみにミック・ジャガーが駆け出しの頃、その” ショービジネス界で最もよく働く男”と出会ったのも、このアポロ・シアターで、その様子も映画に描かれている。
そして、2006年のクリスマスに亡くなったジェームス・ブラウンのお葬式会場となったのも、この黒人文化の象徴的存在として由緒ある劇場である。
そこで、伝説の男を熱演したチャドウィック・ボーズマンにインタビューだなんて!
ショービジネスのアポロ・シアターに相応しくと、銀の靴を履きこんで出向いた私。
チャドウィック・ボーズマンの素顔は、気さくな普通の男性だった。
真面目でモダンなイメージの穏やかな人だ。
「リハーサルを始めて2週間が経った頃、ジェームス・ブラウンが夢に出てきた」と、チャドウィック。
「そして、彼に言われたんだ」と、急に表情と声をジェームス・ブラウンに変貌させ、夢の中の彼になりきる。
「”君は上手くなれるよ。本当にグッドになるさ。しかし、オレほどグッドにはなれないね!”とね」
いかにも、” ゴッドファーザー・オブ・ソウル”が言いそうなことなので、笑ってしまう。
「そりゃあ、彼になるなんて、恐ろしいことだったさ。すべてが、すごいチャレンジだった。怖かった。
これなら前やったことがあるから簡単だ、って感じる部分なんて、ひとつもなかったから」
以前にも、実在人物であるジャッキー・ロビンソンを『42 ~世界を変えた男~』で熱演し絶賛されたチャドウィックだが、ジェームス・ブラウンに扮するのは、まったく訳が違っていたのだという。
「僕が恐怖を感じた6割の理由は、ダンス。
恐怖の3割は彼がどう人々の間で戯画化されているか。人々が知っている彼の像を揺るがしていけるか、だった。
そして、あとの1割の恐怖の由来だって、簡単に克服できるものじゃなかった」
ダンスと歌に秀でた天才ミュージシャンというだけでなかったジェームス・ブラウンの生涯。
最高の魂を持つ男の過酷な幼年時代、トラブルも起こした波乱万丈な人生。
「この企画に関わっている間は毎日、ジェームス・ブラウンを聴き続けた。でも、撮影後、しばらくは聴くことができなかった。
僕自身から、ジェームス・ブラウンを解き放つ必要も感じたから」
物事を一歩、外にでて見つめることができる人物のように見えるチャドウィックだからこそ、全霊を注いでなりきったあとでも、穏やかな自分にすんなり戻れたのではないかと感じた。
チャドウィックは、次回作『Gods of Egypt』でエジプト神話の神トートを演じる。
そして、そのあとは、カトューン・キャラクターのブラック・パンサー!なんと、マーベル・スタジオ映画の初の黒人主演スーパーヒーローとなるのだ。
一見、気さくな普通の男性は、伝説のキャラクター描写の達人として、これからも話題を巻き起こしていきそうだ。
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