オノ・ヨーコさん。
彼女ほど有名でユニークで個性的で強力な影響力を持つ日本人が、他にいるだろうか。

ビートルズのジョン・レノンに心底、愛され、彼を3人目の夫にした日本人女性。
彼の分身となり、世界の歴史に残るミュージシャンの横に仕事中でもぴったりと寄り添うヨーコ・オノは、ビートルズを解散させた女性として世界から冷たい目で見られていた時期もある。

ヨーコはただの有名人の妻ではなかった。
世間からなんと言われようと気にすることなく発言し、マイペースで、彼女らしい前衛的なアートを披露し、ビジネスを展開し、夫も社会も変えていった。

1980年、隣に寄り添っていたジョン・レノンが射殺され、世界の同情を集めた彼女は、その後も私たちの目の前から消えることはなかった。
ジョンの遺志を継ぐように彼のアートや思想を世界に発信し続けたヨーコさんは、彼のファンからも尊敬されるようになった。

© Annie Leibovitz この写真撮影の数時間後にジョン・レノンは射殺されることになる。

そして近年、ヨーコ・オノからインスピレーションを受ける新しい世代の若者が増えている。

70代になっても素敵にミニスカートをはきこなす彼女は、ますますパワフルになっていくのだ。
同性婚を奨励する楽曲(Every Man Has A Man Who Loves Him)を全米ダンス・チャートに71歳で送り込み、ナンバー1に輝かせてしまう、すごいおばちゃまだ。

今年2月、NYブルックリンのBAMで開催された「プラスティック・オノ・バンド」のコンサートでも、はつらつとした彼女は多くの人々を感銘させた。

息子ショーン・レノンから母親ヨーコさんへの誕生日プレゼントとして企画されたコンサートだったが、舞台に一緒に立つ親子の姿にも、ジョンを思い出す平和への想いがこもった楽曲「Give Peace a Chance」にも、胸が熱くなった。

「40代になっちゃったわーと嘆く人がいたりするけれど、そういう人たちに言うのよ。心配しないで、ってね。私は77歳になるのよ」
と、コンサートでさらりと語った彼女。
若い人たちに囲まれて若々しくパフォーマンスを披露する彼女からは、年をとることへの希望さえ与えられた。

© Frank Barratt/Getty Images 1969年ロンドン。ペトナム戦争に反対するジョンとヨーコのプロテスト。 このサインを使っていまもヨーコさんが世界平和を訴えている。

ヨーコさんは77歳のいま、彼女とジョンが平和のためにやった「ベッドイン」さえ知らない若い世代ともコミュニケーションをとっている。

彼女はtwitterもfacebookもmy spaceもやっているのだ。

「会話を持てる良い機会だから」と、オンラインのソーシャルネットワークを通じても積極的にメッセージを発信し、一般人からの声にも耳を傾ける彼女。

ヨーコさんは毎週金曜日、「興味深い質問をして」と、ツイートする。
そして毎週、一般人からの10~15の質問に応じている。

私は2009年12月、オバマ大統領のノーベル平和賞の受賞スピーチで、彼が正義の戦争を弁明する意を述べたことに怒っていた。
戦争をしている両側に言い分があり、それぞれが「正義の戦い」だと感じているのに。戦争を正当化しているうちは、戦争がこの世からなくなりはしないと、私は嘆いていた。

それで戦争反対のヨーコさんがどう受け止めたのかを知りたくて、私は彼女にこうツイートした。

“What did u think of Obama’s Nobel Peace award speech? I’m upset, wondering what we can do w/people justifying war”

(オバマのノーベル平和賞の受賞スピーチをどう思いましたか。戦争を正当化する人たちはどうしたらいいものかと考えて、私は憤りを感じています)

すると、ヨーコさんは私の質問への回答を彼女のサイトに掲示してくれたのだ!

“We have to be very patient, and very, very supportive. After all, he’s the only one we have. Pulling his legs at this point is not going to do any good for us.”

(私たちはうんと忍耐強くならなきゃならない。そしてうんとうんとサポートしていかなきゃならない。結局は私たちには彼一人しか頼れるひとはいない。いまこの時点で彼の足を引っ張ることは私たちにとって何のためにもならないことだから)

私はオバマ大統領を支持し続けようと思い直した。
共和党大統領がまた政府をリードするようになったら大変なことになる。

Happy Xmas (war is over)は1971年のジョンとヨーコの楽曲。 そのメッセージ「望めば戦争は終わる」は、世界に発信されている。

その後、私はまたオノ・ヨーコさんに聞きたい質問を抱えたのだった。

今年6月、世界的に禁止されている商業捕鯨の再開がIWC総会で検討されることになった。
私はどうしても日本人である彼女の意見が知りたくなり、また彼女にツイートを送ってみた。

“What is your thoughts on lifting the ban on commercial whaling? I’m really curious to know…”

(商業捕鯨の再開について、どう思いますか。是非ともあなたの考えを知りたいのです)

すると、またやもヨーコさんは私のツイートに応答してくれたのだ!

”I think whales should not be hunted, harmed or killed. I am also concerned about dropping bombs and maiming and killing innocent people. What are we doing about that? Are we trying to avoid that issue, and concentrate our minds on things that are easier to stop? I think both are important issues.”

(鯨は捕獲されたり危害を受けたり殺されるべきではない、と私は思います。また私は爆弾を落としたり重傷を負わせたり罪ない人を殺したりすることにも懸念を抱いています。それについて私たちは何をしているのか。その問題を避けて、簡単に止めることができる問題だけに集中しようとしているのか。私はその両方共、重要な問題だと思うのです)

世界平和を訴える日本人は多いと思う。でも鯨を守ろうと声明する日本人は少ない。
私は彼女がその両方を訴えてくれる人であることに感謝した。
そして、ほんの一時でも、オノ・ヨーコさんと関わりを持ったことに興奮した。

でもじつは、20年以上も前に、私は彼女に会ったことがある。

ジョン・レノンのスケッチ画アートがロスアンジェルスのビバリーヒルズのギャラリーで展示されたときだ。
アートオープニングに参加した私は、すぐ目の前に立つ小柄な彼女に歩み寄り、元気よく日本語で挨拶した。
「こんにちは!」

ヨーコさんは私を見ると「Hello」と、英語で返してきた。

アメリカに引っ越したばかりで、日本人と英語で会話することに慣れていなかった私はすごく驚いて、その一言に、ひるんでしまったことを覚えている。
いま思うと、なんと、もったいない。ハローと言われただけで彼女の前からそそくさと退散してしまったなんて。

それから時が流れ、いまや彼女と英語でツイートし合うようになったのだ。

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