塚本晋也は世界中にカルト的なファンを持つ日本人映画監督だ。
怒りによって男の体が鉄になるという衝撃作『鉄男』(89年)は、ローマ国際ファンタスティック映画祭のグランプリ受賞作。
そして続編『鉄男II/BODY HAMMER』(92年)もタオルミナ国際映画祭審査員特別賞など多数の賞を受賞。

世界のフィルムメーカーたちに影響を与え、あのクエンティン・タランティーノも『鉄男』ハリウッド版を製作したいと、塚本監督に名乗り出た。

ところが、塚本監督は製作・監督・脚本・撮影・照明・美術・編集を自分でやってのけるこだわりのフィルムメーカーで、自分の思い通りの作品を追求したいがためハリウッドからの誘いにのらずに自分で英語版『鉄男』を製作した。

それが、この新作『鉄男The Bullet Man』である。

『鉄男 THE BULLET MAN』シネマライズ他全国公開中 (C) TETSUO THE BULLET MAN GROUP 2009

前作の続編でもリメイクでもない、新たな『鉄男』が世界デビューしたのだ。
第42回シッチェス・カタロニア国際映画祭で名誉賞受賞。
また、S・スピルバーグ、G・ルーカス、M・スコセッシなどの選出委員が「最も期待される外国映画」を選出する第1回グリーンプラネット映画賞では「2010年に最も期待される国際アクション映画」受賞に輝いた話題作。現在、日本で公開中だ。

『鉄男 THE BULLET MAN』 配給:アスミック・エース (C) TETSUO THE BULLET MAN GROUP 2009

インダストリアルバンド「ナイン・インチ・ネイルズ」のトレント・レズナーも塚本晋也監督のファンで 、なんとエンディングテーマを提供した。

この楽曲を織り込むためにエンディングを丸々作り変えた『鉄男The Bullet Man』は4月19日に再完成したばかり。その作品の初上映が、4月25日、ニューヨークのトライベッカ映画祭でのプレミアだった。
『鉄男The Bullet Man』のアメリカ・デビューに、塚本監督と「鉄男」であるアンソニー役を演じたアメリカ人俳優エリック・ボシックが日本から駆けつけた。

でもじつは、無知な私はトライベッカ映画祭に日本から出展された雄一の作品であるということ以外、何の期待もせずにプレミア会場のイーストビレッジの映画館に足を運んだのだった。

ところが、このプレミアの日は、私にとって忘れられない衝撃の晩となった。

塚本晋也監督と主演俳優エリック・ボシック NYで開催されたトライベッカ映画祭プレミア会場にて (C) TETSUO THE BULLET MAN GROUP 2009

ハードでスピリチャルなライブコンサートに行ったような衝撃だった。体と魂が震えるような快感。
私はバイオレンス映画は嫌いだし、怖い映画も苦手。なのに、作品の独自のビジョンと音響に感動し、上映後には塚本監督を「先生」と呼んでいた。
どんな大先生であろうとも、自分の学校の教師以外の人を「先生」呼ばわりしたことなど一度もない、ふてぶてしい私がだ。

上映後には、さらなる衝撃を受けた。
2名の報道員と共に、私は近くのレストランで食事をしながら監督とエリック・ボシックにインタビューをした。
映画では 「ヤツ」という末恐ろしい役柄を演じて私を恐怖に震わせた監督が、じつは気さくで人の良い優しい方だったのもビックリしたが、なによりも驚かされたのは「鉄男」となるアンソニーを演じた主演俳優エリック・ボシックだった。

アンソニーは日本人とのハーフという設定だが、実際の彼は映画とは全く違う風貌で、れっきとした外人だ。

でも東京にもう11年、住んでいて、米国には5年弱しか住んだことがないからか、どうもアメリカ人のバイブが彼からは伝わってこない。
英語の発音もアメリカ人っぽくないし、なんだか不思議なイケメンだなあと思っていると、談話するうちに、もっともっと不思議な側面がでてきた。

「怒りが増して、兵士相手に自分の武器で戦えば戦うほど、僕はオーガズムを感じる、と脚本に書いてあった。
僕は武器を放つ度にオーガズムを感じるんだ」

と、彼がコメントを放ったときには、夜も更けており、ワインを飲んでいる私は「オーガズム」という言葉に敏感にニタニタと反応した。

同席のみんなも「オーガズム!?」と湧いたのだが、彼だけは真面目な顔で「ああ。戦うためのDNAがプログラムされているキャラクターだが、僕はその怒りを押さえて殺さないように努力したのだ」と、話し続ける。

そして、オーガズムの話が「それは自分にとっては、仏教の教えだった」と、仏教の“四諦の法門”の話へとシフトしていったのだ。

「人生は苦悩だということ。つまり苦悩の中に生まれ、病んで、苦悩に死ぬ。その苦悩から情熱が生まれる。苦悩から脱したい、というところからね。
それで、瞑想をして精神修行をすることで苦しみは半減されていく。その4つの真理とは、つまり‥‥」

と、英語で解説しだしたが、ハア?という顔をしている私たちに向かって、彼はいきなり日本語でこう言ったのだ。

「正しい道あらば、悟りを開く」

エッー! 突然、このイケメン外人から飛び出してきた日本語に言葉を失っていると、塚本監督が笑って「日本人なんです」と反応。
すると、エリックは「ちょっと英語、説明するのが難しいので、日本語で説明したほうが簡単デス」と、日本語で返した。

鉄男 エリック・ボシック PHOTO : Tony

そして、英語に戻ると
「だからアンソニーは人間になる“道”を選ぼうとした。
怒りを解放する道を選べば、彼は悪魔のカミサマになるのだから」
と、解説し続けた。

あれ、オーガズムの話はどうなったの、とポカンとした顔で聞いていると、彼は
「その性的な要素は、自然な衝動を反映するものなのだ」と、しめくくった。

塚本監督が「なんか興味深い話だね。オーガズムじゃなくて、そういう話だったんだねー」と、感心している。
エリックは、控えめな態度で話し続ける。

「それはつまり、野獣 対 人間のギフトまたは人間の能力。
怒り、憎しみ、オーガズム、復讐、それらは野獣の側面だ。でも高尚な本質は、道を選んでコントロールすることなんだ。
だからアンソニーの選択は、彼の悪魔を愛すること。
僕が思うに、ヤツはアンソニーの一部である暗喩(メタファー)だ。彼はアンソニーの影だ。
どの人間にも“影”の側面がある。ヤツはアンソニー自身の影なんだ。
それを愛して抱擁すれば、彼は一人の人間になれる。そしてまた彼はパワーを得ることができる」

そのエリックの解釈には、ヤツを演じた監督までもが、その見解に頷いた。

「いまの話を聞いていると、最初のアンソニーはまだ人間じゃなかったんですね、きっと。
葛藤して悪い人を取り入れたみたいですけど、 やっと“僕”という悪を取り入れて、普通のまっとうな人間、一人の人間に完成したという話かもしれないですね」
と、監督が自分の創作したストーリーを再発見した。

エリック・ボシック。じつに層の深い男性だ。
「鉄男」を演じるにあたって、スピリチャルな力をつけるために日本各国のお寺を回ったという。
ああ、なんてユニークな役作り。

今回の役柄は、彼の人生で起きた最も暗く辛かった絶望の体験を彷彿しながら演じなくてはならなかったため、精神的にはかなりのチャレンジだったという。
いったい、彼の人生にはどんな暗黒があったのだろう。

「僕は人間の影の部分に惹かれるのです」と、目の前で語る男。

日本ではモデルの仕事をこなしながら暗黒舞踏を本格的に学んだ。
音楽ビデオの監督、素晴らしい感性を持つ写真家としても活躍している。

東京を基点に写真家としても活躍するエリック・ボシック PHOTO : Okuyama

線は細いのに強そうで、スラリとした体つきなのに筋肉があり、静かでありながら野性的。
私は彼の真面目な顔つきを見つめて思う。 私、この人、好きだ!

日本の昔のサムライか、近代の武道家か、はたまた『ロード・オブ・ザ・リング』などに出てきそうな中世の騎士。そんな雰囲気をも漂わす男。
そういうロマンチシズムのある役柄を得たら、この人は私だけでなく世界中の女性のハートを制覇するに違いない。

Copyright: 2010 Yuka Azuma / あずまゆか

写真家/アーチストとしてのエリック・ボシックのサイト
http://www.mercuriusrex.com/