もし自分に子供ができたら、こんな男の子に育ってほしいな。
それはずいぶん前、私が初めてウィル・スミスに会ったときに思ったことだった。
才能に溢れていて、賢くて、明るくて、働き者で、リラックスしていて、人生をフルに楽しむ術を知っているような楽しい人。
その後、彼には何度か取材で会ってきたけれど、そんな私の思いが変わることはなかった。
いま私には息子がいて、 改めてやっぱり息子はウィル・スミスみたいになってほしいなと感じている。
音楽、テレビ、そして映画業界で大成功を納める彼。
鼻を高くしたり、自分の回りに塀を建てたりしても、おかしくない身分なのに、いつもこの人は変わらない。
今回、私は彼にどうしても聞きたい質問があった。
一度、結婚には失敗しているウィルだけど、彼は家族思いだ。
7年前に結婚した女優ジェーダ・ピンケットとうらやましくなるほどのおしどり夫婦ぶりを見せている。
子供たちにも恵まれて、とてもハッピーそうなのだ。
浮き沈みの激しいハリウッド業界で、誘惑も多い立場にありながら、そんなハッピーな夫婦生活を保てる秘訣が聞きたかった。
ウィルは「それはシンプルなことさ」と、私に教えてくれた。
「自分の人生でサクセスできたことを、男女関係にも応用してみることだ。
君はライターとして成功した。書くことに1日どれだけの時間を費やしているかい。6時間? 10時間? 12時間? それと同じ時間を、交際相手に費やさずに、その人間関係がうまくいくことは期待できないのさ」
私は成功を手にしたライターじゃないけれど、彼の言葉に頷いた。
妻に、夫に、恋人に、自分が情熱を持って費やすものと同じだけの時間を費やすこと。それは知っているようで、しっかり認識してなかったことだった。
「そして、そのために学ぶんだ。僕と僕の妻は人間関係というものを学ぶ生徒なんだよ。
僕にとっては映画『アリ』こそが大変な仕事だったけれど、それに注ぎ込んだものと同じくらい妻に注ぎ込んでこそ、夫婦関係はうまくいくんだ」
そんなことを語るウィルを目の前に、私はハーッとため息をつきながら学ぶ思いだった。
私なんてまったくダンナに時間をかけてない。だからダンナはいつも怒っているのかなあと反省したり。
なるほどなあ。ウィルの幸せな家庭生活の裏を垣間みるような感じだなあ。
彼の奥様は幸せだな。
目的に向かって前進していくよりも、この時この時を精一杯、生きたいとも語っていた彼。いまという時をエンジョイしている人なんだな。
彼の新作『アイ・ロボット』で共演したブリジット・モイナハムも、いろんな仕事でプロに徹しながら家族生活も両立させている彼の素晴らしさに感動したと、語っていた。
「それにウィルは、いつでもハッピーなのよ。それって奇妙よね」と、彼女。

(C) 20th Century Fox 『I, Robot』に主演するウィル・スミス
そういえば、妻のジェーダも言っていた。
ウィルはなぜかいつも機嫌が良くて、まったく気分のムラのない人だって。
あまりにパーフェクトで、それって不思議だけど、彼に関しては本当にそうなのだ。
私はその理由も知りたかった。
どうやったら、こんなハッピーな男性に育つのだろうかって。
ウィルはいつものように楽しそうに語り始めた。
スーパーマーケットに冷凍庫を備える仕事をしていた父親の話だった。
「この地球上でもっとも気持ちの悪い酷く汚い場所が、スーパーマーケットの地下なんだよ。あれを見たらスーパーマーケットで食料品なんて買えなくなるよ。歩くと靴の底に、ねっとり汚れがつくんだ。
12歳のとき、オヤジと一緒にそんな地下の倉庫に行ったんだ。ディカンというネズミ殺虫剤が、あちこちにまかれていた。内側からネズミの内臓をやけとかす毒なんだ。
4日前に死んだようなネズミがころがっている床で、オヤジはフラッシュライトの明かりを頼りにコンプレッサーを探していた。
すると、ちょうどそこに、お腹や足は毒に食われて溶けているのに頭部分だけが残ったネズミが、へばりついていたんだ」
うー、なんの話だあ。
ウィルはまるで日曜日の昼下がり、親しい友達に話すような雰囲気で、明るく語り続けた。
「オヤジは何のためらいもなく素手で死骸を拾い上げて横にやった。そしてネズミがさっきまでへばりついていた場所に、自分のハゲた頭をじかにつけたんだ。
僕の人生、その瞬間から、変わったんだ。
これからの人生、僕は生計のためにやらなきゃならないことで決して文句はたれないと決心したんだ。
だから僕は、いつもイイ気分なんだよ。自分の子供たちを食わせていくために、死んだネズミを拾い上げなくても良いんだからね。機嫌を悪くするなんて、めったにないことさ」
子供心に印象に残ったネズミの死骸が、これほど素敵な結果を招くことになるなんて、人生、面白い。
貧しくても、一生懸命、子供を育てていれば、子供はちゃんと育ってくれるんだろうな。
ウィルの話が聞けた今日は、なんだか少し、おりこうさんになったような気がする。
やっぱり私、この人、好きだ。
©2004 Yuka Azuma
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