もうこれ以上、映画のことを話してもねえ・・・という、ダルーイ雰囲気が漂ってきた。彼の返答が、短くなってきたのだ。

目の前に座る彼は、アクビまで出しそうになった。
「おっ、エクスキューズ・ミー」
と、そのアクビは途中で止めてくれたけれど、あ、そう。
「共演者のニコラス・ケイジはどんな感じでしたか」だなんて質問は、もう何十回も聞かれているってことね。

2日前の記者会見でも、彼が詐欺師に扮する新作『マッチスティック・メン』のことをかなり聞いたし、こうやって一対一で彼にインタビューしたあと、私はテレビ用に別のインタビューを撮る予定も入っていた。

もう聞くことも尽きてきて、話題を変えてみる。

「普段のあなたは、どんな感じなのかしら」

「いまの、こんな感じさ」

うん、なるほど。自然体ってやつね。

まあ、私にとっては、いくら相手が退屈してようとも、このひととき悪いもんじゃない。目の前に座っているのは俳優サム・ロックウェルだ。

実在のテレビ司会者チャック・バリスを主演した『コンフェッション/Confession of Dangerous Mind 』で、彼に初めて会ったとき、彼の生々しい眼差しにドッキリさせられた。
見つめた相手を悩殺するような濃厚なセクシーさ。そんな彼の瞳に、もう一度見つめられるのも悪くないな、と思いながら、今回のインタビューに出向いた私だった。

が、今回、彼は荒削りな目つきをしていなかった。それより眠そう。
『コンフェッション』で一躍、主演スターの仲間入りをした彼は、少し洗練されたのかもしれない。彼の生活が、以前より落ち着いたのかもしれない。
でも、彼の気さくさは以前と変わらずだった。

が、ヤバイ雰囲気だ。
政治家ワナビーのアーノルド・シュワルツネッガーとかだったら、何度、同じことを聞いても「世を救うためだ。僕はみんなの前に、また姿を現すぞ!」と、ニッコリ同じセリフを放って、報道陣を「ホホホ」と和ましたりするわけなんだけど、サムの場合はあくまで率直。

ちゃんと誠意を持って質問に応じてくれるんだけど、面白くない一般的な質問には、のってこない。あ、でもそれは、良い質問が思い浮かばない私の責任。

と、ところが!

どんよりしたインタビューが、いきなり生き返った。サムの顔に血の気が通り、彼の顔がパッと明るくなったのだ。彼の目と口が大きく開いた。

「ノー・ウェイ!! うそだあ!!」

と、私の年齢を教えた途端、彼は心底びっくりしてしまったのだ。

「エー、冗談じゃなくて? そんな、本当なのかい!」

と、身を乗り出して、じっくり私の顔を覗き込んできた。

時折、若く見えるねと言われることはあるけれど、こんなふうに「ノーォ!!!」と、低音響かせて叫ばれたのは初めてだ。

「彼ってイイ人ね」だなんて、いきなり私の気分は良くなった。

サムはニューヨーカーだ。
あの大停電の日はどうしていたのかと聞くと、キャンドルの灯火で営業していたバーを、何軒も飲み歩いていたという。

「君は何していたの」

「私は家でロマンチックなキャンドル・ライト・ディナーを子供たちと一緒に楽しんだわ」
「え、子供がいるの? へーえ、母親なんだ。そうは見えないね。ダンナも一緒に?」
「ええ。あなたには、もちろん子供はいないわよね」
「ああ」
「結婚もしてないわよね?」
「してない」
「いつか家庭を持ちたいと思ったりしますか」
「ウーン、そういう願いみたいなものは、ないね」
「まだ若いものね。幾つなんですか」
「34歳。君はいくつ?」

で、私の年齢の話になったのだ。
普段は子供中心の生活で、社交範囲も子供関係ばかり。そんな私にとって、親であることにビックリされることほど新鮮なことはない。
「彼って本当にイイ人よねえ」と、私はにんまりし続ける。

彼はというと、家庭を持つことに興味がないと言ったとき、少し吹き出すような感じで、とても考えられない、という表情を見せた。なので、そうは見えないけれど、もしかしたらゲイなのかな、とも思った。そんなのどちらでもいいことだけど。

役者として成功してからは、彼自身に魅せられてというよりも、彼が有名俳優だからという理由で、男や女が群がってくるんじゃないかと聞いたら、頷いていた。

「女も男も、僕が役者だから金を稼いでいると思って、僕に養ってもらいたいと思いがちになる。配給者として見られることには、どうもなあ」

と、彼は正直に語った。そりゃあ、苦痛だろうな。
彼の素顔、どうも人を養うタイプには見えない。

でも、そこがいい。
何をやりだすか分かったもんじゃない感じの役柄がムショーに似合う彼。素顔の彼も、将来、まだまだ危なっかしくて頼もしい。
落ち着きのオジサンになるのは後回しにして、これからも奇妙な役柄で楽しませてほしいものだ。

©2003 Yuka Azuma