この夏、ニューヨークで日本映画『花筐/HANAGATAMI』がU.S.プレミア上映された。7月29日、日本映画祭「ジャパンカッツ!」のクロージングナイトを飾ったのだ。
「こんな映画は、いままで観たことがありません」
と、アメリカ人観客が、上映後、声を放った。こんなすごい映画があったなんて!
末期がんで余命3カ月と宣告されながら大林宣彦監督が完成させた新作。
檀一雄の短編小説『花筐』(1936年)を基に、そこから大林監督の独自の世界が広がった。
大林 宣彦監督ワールド。だいたい、主人公となる16や17才の男子たちを30代、40代の男性がすんなり演じられる、ということからして比類のない世界。
どのキャラクターも、境界線なしに、そのキャラクターにまさにぴったりの役者がしっかりと配置されていることに驚かされる。
この映画はどこに向かうのだろう。鑑賞中、次に何が起きるかわからない”不安”が、私をじわじわと襲った。でも、窪塚俊介さん演じる17歳の主人公・俊彦の持ち前の明るさが、その不安を調和する”安心”となって、私を楽しませてくれた。

『花筐/HANAGATAMI』U.S.プレミア。Q&Aに応じる主演の窪塚俊介さん Photo by Yuka Azuma
U.S.プレミアには窪塚俊介さんも参加して、上映後、質疑応答に英語と日本語を交えながら対応。
「みんなイマジネーションを使わないとできなかった。僕が監督に、
”ここは、こんな感じですか?”
と聞きに行ったときも、
”いや、それは僕も分からない”
という答えが返ってきた。監督も探しているし、みんなが模索しながら、出来上がりが分からないものをみんなでやっていた」
と、窪塚俊介さん。
戦争が勃発していく時代を生きる当時の若者の青春。
この先、どうなるのか、わからない。実は、フィルムメーカーたちもわかっていなかったことだった、というのが興味深い。
先が見えないものは怖い。私の場合、なぜか、常盤貴子さん演じる美しい叔母さんの演技が怖かった。彼女の瞳。
彼女が次に何をやらかすか、狂気か正気かわからない鬼気迫る気配に震えた。
そして、幻想のような世界に生き続ける彼女の夫、という役どころにも、まさしく適役がキャストされたが、それが、なんと、岡本太陽さんだったとは!
ハリウッド映画スターのインタビューの仕事で、同僚としてよく顔を合わせる太陽さん。その彼が、役者として抜擢されてたなんて!
セリフはないものの、無意識というものにさえ語りかけるような彼の演じた人物の強烈な存在感は、映画にとって重要な一部となっていた。それを見事に演じきった。
上映後、プレミアに参加していた岡本太陽さんを見る私の目が変わった。思わず、太陽さんに抱きついた。
「すごいじゃない! 素敵だったわよ! あなたにぴったりの役柄だった!」
と、興奮しながら。
アーチスト、映画ライター、そして永遠の好青年。そんな彼の側面は知っていたが、まさか、素晴らしい役者でもあったとは!

『花筐/HANAGATAMI』U.S.プレミアにて。主演の窪塚俊介さんと岡本太陽さん。Photo by Yuka Azuma
思わず、役者・岡本太陽さんへインタビュー!
Q: 私個人としては、この映画を見て、2度と戦争のできる国にしてはならないというメッセージを受け取りました。そのようなメッセージは込められていたのでしょうか。
「僕が大林監督と初めて会ったのは、2015年11月末のニューヨーク。そのとき監督は戦争や平和への想いを熱く語ってくれました。
「ここで俺たちが身を張って言うべきことは言わなきゃいけない」という彼の強い意志と、敗戦少年としてのフィロソフィーに、僕は心を打たれました。
でもなぜ戦争を知らない僕が、あのとき心を打たれたのかというと、日本の衆院で安全保障関連法案が可決され、アメリカでは大統領選が過熱の一途を辿り、国が思想的に真っ二つに分かれていたからです。
だから戦争は知らないけれど、なんとなく「こういうことから戦争って始まっていくのかな」と、不穏さをひしひしと感じていたのを覚えています。
大林監督は、これは「反戦映画」ではなく、「厭戦映画」だとおっしゃいます。戦争は嫌だ、戦争にはもう疲れたよ、そういう意味が込められているのだと思います。
戦争が起これば、それはずっと続いていくものだし、世界では常にどこかで戦争が繰り返されています。だから僕はこのタイミングで改めて、戦争や平和についてじっくり考えたいと思っていたんですね。
これは普段やっていることを休んでまで、やるべきだと思って、僕の出身地である佐賀県は唐津に帰って、2ヶ月弱の撮影に参加させてもらったのです」
Q:50日間、大林監督と撮影隊と過ごし、あなたが得たものは何でしたか。
「得たものはとても漠然としているように思います。ただ、僕の役は常盤貴子さん演じる叔母の夫で、彼は肺結核を患いながらも満州に行って戦死した、という背景があります。映画の舞台もそうですが、役の背景もあって、撮影期間は常に戦争のことが頭にありました。
それに、撮影ロケ地が地元だったので、僕はずっと実家に滞在していた。だから戦争が起こったらこの家族はどうなってしまうんだろう、僕が戦争に行ったらこの人たちは一体何を思うのだろう、この町はどうなってしまうのだろう、そんな思いがいつも頭を巡っていた気がします。
そんなこと、普段はじっくり考えませんからね。しかも何ヶ月も。
でも今でもそれは考えています。僕はニューヨークでアーティスト活動をしていますが、やっぱり芸術は平和でなくてはやれない。その意識はいつもあります。
社会に流されて、義務教育を終えたら戦争や平和について考える時間はなかなか持てませんから、1度その流れを自ら断って、この映画に携われたことはとても貴重な時間になりました。僕にとっては映画の撮影現場は学校だったように思います」
Q:スカウトされて役者デビューすることになったあなたですが、最初はどのように反応したのですか。役者になろうと思ったことはあったのですか。カメラの前に立ったときの気持ちは?
「中学生の頃は英語も好きでしたし、どっぷりハリウッド映画に浸っていましたから、海外で活躍する俳優になりたいなと思っていたこともあったんです。東京で1度オーディションを受けたことも。2次で落とされましたけど。
この映画に関しては、そもそもエキストラでも何でもやります、という姿勢でいましたが、お話をいただいた役がキーパーソンの役だったので正直驚きましたし、初めてでしたから不安もありました。でも何よりうれしかったです。
初めての映画出演が大林映画ってすごいことだなと、今でもそれを考えると鳥肌が立つことがあります。
カメラの前に立ったときはもちろん緊張もしていましたが、僕の撮影初日は映画の撮影が1ヶ月くらい経った後で、監督はもちろん、スタッフさんや相手役の常盤さんとも信頼関係は築けていたと思います。緊張しながらも安心感はあったというか。
あと、結構無心でそこにいたので、監督の演出が全てでしたね。チェロはすごく練習しましたけど、そもそも演技の素人なので、その場に持っていくものが全然なかったんですね。
ですから「ヨーイ、スタート!」の掛け声の前に、監督がくれた「ここから映画『花筐/HANAGATAMI』の物語は始まる」というような想像を刺激する言葉を頼りに、カメラの前に立っていました。今回の体験で、自分の肉体を使う表現というものにすごく興味を持ちました」

『花筐/HANAGATAMI』撮影現場にて(©大林千茱萸 / PSC)
Q:『花筐/HANAGATAMI』は、あなたにとってどんな作品でしょうか。
「撮影中は全くどんなシーンになるのか出来上がりが想像できないのも面白かったですし、監督自身も撮影中は出来上がりがどうなるのかわからないほど実験的です。
おそらく今こんな映画を作れるのは世界でも大林監督だけなんじゃないでしょうか。
僕が初めて大林監督とお会いしたとき、監督は「ナンバーワンを願えば戦争になる。でも芸術はオンリーワンを願う」とおっしゃいました。
「唯一無二」。
まさにこの映画、そして大林宣彦という映画作家を表現する言葉だと思います。
僕もいろんな経験を通して、アーティストとしてそこを目指していますし、それを心に抱いて制作活動を続けています。今アメリカはずっと思想的に分断しています。世界を見ても不穏な空気は誰しもが感じるでしょう。
今こそ本気で「オンリーワン」を願うときなのではないでしょうか」

『花筐/HANAGATAMI』(©大林千茱萸 / PSC)
カバー写真:軍服姿でチェロを構える役者・岡本太陽
『花筐/HANAGATAMI』撮影現場にて(©大林千茱萸 / PSC)
「セレブの小部屋」No.105
copyright: Yuka Azuma 2018