ブルックリンに住むアーティスト、篠原有司男と乃り子夫妻のドキュメンタリー映画「キューティ&ボクサー」が12月21日から日本全国で公開される。
これは米国人のザッカリー・ヘインザーリング監督が夫妻を追ったもので、サンダンス映画祭では監督賞を獲得し、米国で夫妻の生き方が大きな共感を生んだ作品だ。

篠原有司男と乃り子夫妻、まさにキャラ立ちの二人!
篠原有司男さんのあだ名はギューちゃん。
81歳になる今もばりばり現役の前衛アーティストだ。
妻の乃り子さんもアーティストであり、ひとり息子を育てた母であり、ギューちゃんの妻として怒涛の人生を生きぬいてきた。
この映画のおもしろさは、なんといっても二人のキャラが際立っていること。
分別くさいお年寄りを想像していたら、とんでもない。
型破りで、自由すぎる生き方をつらぬいているのがギューちゃんと乃り子さんなのである。

ザッカリー・ヘイザーリング監督は、ほとんど二人と同居するような密着ぶりでドキュメントしてきた
そんな二人が棲むブルックリンのロフトを訪ねてきた。
迎えてくれた乃り子さんは三つ編みで、いまだにかわいらしい少女の雰囲気がある。
いっぽうギューちゃんは日本で初めてモヒカン刈りをしたことで有名だが、今なお白髪のモヒカン刈りだ。

篠原夫妻のアトリエにて
デュプレックス(二階建て)になった広大なロフトには、二人の作品がぎっしりと並んでいる。
ベランダにもギューちゃんの代表作であるダンボールアートの巨大なオートバイがある。
いっぽう生活空間はごく小さい。トイレのドアもなければ、雨が降れば雨漏りがするのでバケツが必要だという。
まさにアート以外は二の次のライフスタイルだ。

アトリエのベランダにはギューちゃん作のダンボールのオートバイが置いてある。 Photo/Shino Yanagawa
映画では長年連れ添った夫婦として、歯に衣着せぬ発言をバンバン繰り出し、ことに乃り子さんのセリフがいちいち鋭いのに唸らされる。
映画のなかに出てくる乃り子さんの名セリフが、
「結婚とは、まったく違う二つの花をひとつの鉢に植えるようなもの」
という言葉だ。
うまく咲けば二倍に花が咲くけれども、そもそも生態系も種類も違う二つの花が共存するところにむずかしさがあるわけで、結婚している人ならば、誰もがこのセリフ、「ある、ある」と共感するのでは。

映画より。ブルックリンの川縁を歩く二人
そして二人は夫婦というだけでなく、一緒に住む二人のアーティストでもある。
このアーティストとしてのエゴのぶつかりあいも、また見どころ。
乃り子さんは2007年から「CUTIE&THE BULLIE」という連作を描くようになった。
ブリーというのは、有司男のブル(牛)とブリー(いじめっ子)という単語にひっかけたもの。
日本語に訳せば「かわい子ちゃんといじめっ子」といったタイトルで、乃り子さんとギューちゃんをモデルに、ユーモラスで官能的な世界が表現されている。

代表作である「キューティ・アンド・ザ・ブリー」の作品を描く乃り子さん
映画を観ての感想はどうだかと尋ねてみると、なんとギューちゃんからは「がっかりしたね」という返答(!)
有司男「映画がラブストーリーになっているからね。ギューちゃんのアートの秘密に迫るといった肝心のところがなくなっていたね、興味なかったね」
すると、すかさず乃り子さんから「興味ないのは、自分が主役じゃないからでしょ(笑)」というツッコミが。
この夫婦の掛けあいが絶妙で、おもしろい。

二人のやりとりが映画の見どころ
「映画を観て、あらためてなんて私の人生ってかわいそうなんだろうと思った」と苦笑する乃り子さん。
映画のなかでは夫妻が、今月の家賃が払えないといったリアルな苦労が出てきて、そのあたりの四苦八苦ぶりもすごい。
「夜逃げしようとしたことなんて何度もあったよ」というギューちゃん。
なんと家賃を八ヶ月ぶんも滞納したことがあったという。
それでも日本に帰ろうとしたり、乃り子さんが働きに出たりすることはなかった。

ギュー先生のアトリエ。所狭しと画材が並んでいる。 Photo/Shino Yanagawa
それはNYが世界中からトップのアーティストが集まってしのぎを削っている最先端だからだという。
「そしてキュレーターや評論家たちがものすごく勉強していて、厳しい評論をする。それはやり甲斐があるよ」
というギューちゃん。
「売れないというのが僕のエネルギーだね。売れたらだらしなくなっちゃうからね」

映画でアクションペイティングをするギューちゃん
そんな波瀾万丈の人生でいながら、やはりギューちゃんを創造のインスピレーション源にする乃り子さんには深い愛があり、そこがまた観客の共感を呼ぶのだ。
本棚には「少年探偵コナン」や「ワンピース」がずらりと並んでいて「マンガは真剣勝負だからいいよ」と熱く語るギューちゃん。
マンガをモチーフにした作品もあり、81歳のアーティストが「ワンピース」にはまっているのもすごいし、そこからまるっきり違うクリエイションが生まれてくる過程もすごい。
目の前でさっそくペイントしてくれるギューちゃんを見ていると、永遠の十代のように見えてくる。

その場でペイントしてくれるギュー先生、エネルギッシュだ。 Photo/Shino Yanagawa
いつまでも熱いスピリッツを持ち続けるギューちゃんと、いまなお愛らしく、辛辣な「キューティ」である乃り子さん。
この映画を観ると、年齢というのは実年齢とは関係なく、精神のありようなのだと感じさせられる。
型に囚われずに生きる二人は永遠の青春をいるかのようだ。
このおもしろすぎる、そして素敵すぎるカップルのドキュメンタリー。
ぜひ映画館で彼らに会ってみて欲しい。
「キューティ&ボクサー」
12月21日よりシネマライズほか全国ロードショー
キューティ&ボクサー公式サイト
http://www.cutieandboxer.com/
シネマライズ公式サイト
http://www.cinemarise.com/theater/archives/films/post-43.html
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(問)03-3477-5873
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