photography by Bryan Huyhn
ニューヨークのメトロポリタン美術館のCostume Instituteでは「Manus x Machina : Fashion in an Age of Technology(テクノロジーの時代におけるファッション)」が8月14日まで開催されています。
「マヌス×マキナ」とは、ラテン語で「手と機械」の意味で、手作業と機械縫製で発展してきた「ファッションとテクノロジー」にフォーカスした展覧会となっています。
20世紀初頭のフォルチュニーやマダム・グレ、ポール・ポワレから、クリスチャン・ディオール、イヴ・サンローラン、ピエール・カルダン、ミュウッチャ・プラダ、アレキサンダー・マックイーン、ジョン・ガリアーノ、マルタン・マルジェラ、マーク・ジェイコブス、ラフ・シモンズ、フセイン・チャラヤンといったそうそうたるデザイナーの作品を展示。

Karl Lagerfeld (French, born Hamburg, 1938) for House of Chanel (French, founded 1913) Wedding ensemble (back view), autumn/winter 2014–15 haute couture Courtesy of CHANEL Patrimoine Collection Photo © Nicholas Alan Cope
日本からもコム・デ・ギャルソン、三宅一生、ヨージ・ヤマモトらの作品が飾られています。
そのなかに、じつは日本人の、それもまだ日本ではほとんど知られていない若きデザイナーの作品も選ばれて展示されているのです。
こちらがデザイナーの武田麻衣子さん。
最初見かけた時はいったいどうなっているのだろう、と目を疑いましたが、展示物のなかに彼女の作品が飾られていて、衝撃と感銘を受けました。
武田さんの作品が飾られているのは、Feather(羽飾り)のコーナーで、ここには伝説的なイヴ・サンローランのシルクで鳥の羽を模したドラマチックなドレスや、イリス・ヴァン・ヘルペスによるレーザーカットしたシリコンで羽を模した最新テクノロジーのドレスが飾られています。
武田さんの作品タイトルは、「Atmospheric Reentry」
日本語に直すと、「大気圏再突入」という意味です。
作品は展覧会のカタログにも選ばれて収められています。

メトロポリタン美術館発行 「Manus X Machina」 Andrew Bolton
Photographs by Nicholas Alan Cope
繊細で、SF映画に出てくるようなフューチャリスティックさと、針とも羽ともつかない奇妙な形が幻想的です。
権威あるメットの展覧会に選ばれるとは、いったいどんな経歴を持つ若手デザイナーなのでしょう。
—武田さんは日本ではデザイナーをされていたのですか?
「いいえ。日本で学校を卒業してから、すぐにイギリスに留学したんです。セントラル・セント・マーチンズ(ロンドン芸術大学)で、ジュエリーデザインの学士課程を学びました。それからロイヤル・カレッジ・オブ・アート(以下RCAと略)のミリナリー(帽子デザイン)の修士課程という、かなりマニアックな学科で学びました。
このコレクションは、2013年に卒業制作として作ったものなんです」
なんと卒業制作作品だったとは!
メット美術館に飾られた歴史的価値ある90体のうち、卒業制作作品が展示されたのは武田さんだけでしょう。

photography by Bryan Huyhn
—とてもふしぎでシュールなヘッドピースですが、いったいどういうふうにできているのか教えてもらえますか?
「これはグラディエーション・カラーになっているフィルムを手でひとつずつ細く切り、それをクリアなアクリルのディスクにセットして、ディスク同士をメタルのジャンプリングでつなげています。方法については試行錯誤しましたが、セント・マーチンズでジュエリーデザインを学んでいた時の彫金の経験が役にたったと思います」
見た目はフューチャリスティックですが、じつはかなり忍耐強い手作業で出来上がっていることに驚きます。
作品はアクリル小片をつなげあわせた構造となっていて、ちょうど中世の騎士が着るチェーンメイル(鎖かたびら)がアクリルでできていると想像するとわかりやすいかもしれません。
ヘッドピースはすぽり、とマスクをかぶるように頭からかぶることができるようになっています。
とても軽く、アクリルが透明で、継ぎ目には隙間があるため、着用しながら外を見たり、話したりすることもできます。
では、マスクを取ってもらいましょう。
現れたのは、きれいな女性です。武田さんの手にしているマスクが脱いで、裏側に丸めた状態です。
−作品のインスピレーションはどこから得たのでしょうか?
「ロンドンで『海辺のアインシュタイン』(フィリップ・グラス作曲、ロバート・ウィルソン劇作のオペラ)の再演があって、その舞台の宇宙的な雰囲気や色彩にインスピレーションを受けました。空気のように軽い、エーテルのようなもので装飾品を作りたいと思ったんです。
大気圏再突入というのは、宇宙飛行士が大気圏に戻ってくる時の、炎に包まれて燃えるようなイメージであり、境界線がはっきりしないで、曖昧に見えるものを作り出したいと考えて製作しました。
ずっと影とか風とか重力といった、形のないものを惹かれていて、見た目がぼやけているような装飾品を作りたかったんです」

photography by Bryan Huyhn
たしかにこのマスクは、なんともいえずシュールレアリスティックで、光が美しく揺らぐいっぽう、顔が見えない曖昧さが、フランシスコ・ベーコンの絵や、ジョルジョ・デ・キリコの顔のない人物像のような不安感をもかきたてます。
「Atmospheric Reentry」コレクションの他のピースもいくつかご紹介しましょう。

photography by Bryan Huyhn

photography by Bryan Huyhn
—メット美術館のコスチューム・インスティチュートに展示されるのは、たいへんな名誉ですが、どのようにその話が来たのですか?
「それがナゾなんですが、いきなり向こうからEメイルが来たんですよ」
—え、ランウェイで発表したとか、そういったことはないまま?
「なにもこちらからはプロモーションしていません。どうやって調べてリーチしてきたのかわからないのですが…。
RCAの卒業作品なので、イギリスでは記事に取り上げられましたが、だからといって世界的にニュースになったわけではないです。
メトロポリタンのような一流の美術館はリサーチもすごいのだと驚きましたし、私のように無名のデザイナーの作品を選んでくれるのもすごいと思いました」2013年に卒業制作で発表してから、ビヨークからも連絡があって使わせて欲しいという依頼を受け、2013年のステージで使用されたり、新しいアルバムのカバーに使用されたりしました」
卒業作品がいきなりビヨークに使われるというのは、まさにミラクルな出来事。
この通り新作「Vulnicura」のジャケットでも使用していて、まさにビヨークらしい、というハマリ具合です。
ビヨークと武田さん
ステージで歌うビヨーク。
ヘッドピースをつけていても歌うのには支障がないようです。
メトロポリタン美術館といい、ビヨークといい、世界の一流には一流のリサーチャーがついていること、そしてデザイナーが有名無名を問わずに、作品がよければゴーサインを出す、その速さに感嘆するばかりです。
現在は東京のアパレル会社に勤めてアクセサリー部門で働いている武田さん、企業人として仕事に係わっていく傍ら、自分のアート活動も少しずつ続けていくつもりだといいます。
—今後の目標はなんでしょう?
「このシリーズも続けていくつもりですが、ここに留まることなく、新しいものにも挑戦していきたいです」
世界が認めた、ずばぬけた才能の持ち主である武田麻衣子さん、これから大きくファッションの世界で羽ばたいていくのが楽しみです。
Maiko Takeda website
http://www.maikotakeda.com/
Manus x Machina The Costume Institute
The Metropolitan Museum of Art
会期:2016年5月5日〜8月14日
住所:1000 5th Ave, New York, NY 10028
www.metmuseum.org/exhibitions/listings/2016/manus-x-machina
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