アメリカのコーヒーといったら、なにを思い浮かべるだろう。
スタバ、と答えるのは以前の話で、じつはいまアメリカではコーヒーに第三の波が押し寄せている。
歴史をふり返ると、第一の波というのはアメリカにコーヒーが浸透した50~70年代の大量消費時代。
アメリカンコーヒーといえば薄くて味がなくて、何杯もタダでおかわりをするものを指していたのがこの時期。
それが70年代になって第二の波が到来。
かのスターバックスが起業したのが1971年。
スタバのおかげで、それまでにアメリカ人にはなじみのなかった深い味わいのあるコーヒーと、ラテやマキアートやフラッペチーノといった小洒落た飲み物が紹介され、たちまち時代を革新。世界中を緑色の人魚が席巻した。
そして2000年代になって西海岸で生まれたのが第三の波。
スタバがもたらしたのは味のバラエティやパソコンを持ち込んで書斎がわりにできるカフェ文化だったけれども、今世紀になって現れたのはさらに「豆」そのものにこだわるムーブメント。
豆の産地にこだわり、フェアトレード、エコ、あるいはブレンドしないシングルオリジンの豆、さらに煎り方から淹れ方までこだわるコーヒー文化が、いまや第三の波となっている。
その代表のひとつが、ブルーボトル・コーヒー。
2008年にサンフランシスコで誕生したブルーボトルは、NYでもブレイクして、ついに2014年には日本にも上陸をはたしたコーヒー界の新星だ。

ブルックリン、ウィリアムズバーグにあるブルーボトル・コーヒーの店内。いつも賑わっている。
ところがこのブルーボトル、じつはもともとは日本の純喫茶文化に影響を受けていて、いわば日本文化の逆輸入であるのが、おもしろいところ。
創設社のジェームズ・フリーマンさんはもとミュージシャン。
長いツアーの合間に、自分で豆から粉を挽いて、おいしいコーヒーを淹れるのを趣味にしていたとか。
当時のジェームズさんの仲の良い人が日本のUコーヒーの関係者だったそう。
そして日本のコーヒー文化に興味を抱いたジェームズさんは、コーヒー研究のため日本を旅して、銀座のカフェ・ド・ランブルや渋谷の茶亭羽當といった純喫茶を訪れ、そのこだわりあるコーヒー文化に感銘を受けたという。

ブルーボトル創設者であるジェームズ・フリーマンさん。 長年のコーヒーに対するこだわりが店舗として開花した。 Photo Credit : Blue Bottle Coffee
そしてまず02年にコーヒーの焙煎から着手してブルーボトル・コーヒーをローンチし、08年に店舗をオープン。
「喫茶店の職人芸的な淹れ方を尊重しつつ、モダンでフレッシュな空気を取りこみたかったのです」
というジェームズさん。
「初めてサンフランシスコに店を出した時は、誰もシングルオリジンの豆なんて気にしなかったし、ドリップ式にもなじみがなかったんですよ」
ブルーボトルにはサイフォンやネル・ドリップ式のコーヒーもあって、ケトルもネルもすべて日本製。
チェルシー店の二階では、昔懐かしいサイフォン式で、本格的なコーヒーも楽しめる。

チェルシー店の二階ではサイフォン・コーヒーも楽しめる。 まさに日本のかつての純喫茶のよう。
そして第三の波のもうひとつの大きな特徴は、豆の産地を大切にすること。オーガニック、フェアトレード、エコにこだわるのも特徴だ。
生産者は小さな村、あるいは一家族であることも珍しくなく、ブルーボトルの豆には、細かな産地から標高まで書かれている。
「小さな生産者の美味で稀少な豆を味わってもらえるのは私たちの誇りです。
シングルオリジンの豆は、いわばグランクリュ(畑の格付けの特上)のワインを揃えたレストランのようなもの。
いっぽうブレンドも大事です。その店だけの独自の味を出すことができ、コンスタントに美味を保てますから」
とジェームズさん。

小ロットのコーヒー豆も扱う。左がパナマ・ゲイシャ、右がパナマのマラゴジッペ。
たとえば写真右のパナマ産ゲイシャ種のコーヒー。
これはエチオピアが起源の野生種で、生産性が低いためにあまり出回っていないものの、まるで花や香水のようなとても豊かな香りがするコーヒー豆として、世界でももっとも高価で稀少とされているもの。
ことにエスメラルダ農園のゲイシャは、数々のコンテストで一位を取っている伝説のコーヒーだ。
左はハートマン農園のハニー製法で作られたマラゴジッペ種。
パナマの小さな家族経営の農園で、エコツアーやバードウォッチングツアーも行っている。
豊かな自然環境で育てられて、手間ひまをかけた製法で乾された小生産の豆を味わえるのは嬉しい。
ブルーボトルでは豆のローストも自家焙煎。
ウィリアムズバーグ店の奥には焙煎器械があり、ここで週に6日焙煎されていて、NY店舗で売る豆はすべて焙煎から48時間以内のフレッシュなものだ。

自家焙煎を徹底して、焙煎してから48時間以内の豆を使用。 若いながらも焙煎歴10年というデビッドくん、カーハートのつなぎと耳のピアスがヒップです!
またブルーボトルのウィリアムズバーグ店では、「カッピング」という、ちょうどワイン・テイスティングのようなコーヒーの味見を、一般の人たちも体験できる機会を設けている。
カッピングでは挽いた豆のまず香りを嗅ぎ、その次にお湯を注いでから香りを再び嗅ぎ、スプーンで啜って味わいを確かめ、プロは一度に25種類ほどを試す。
トレンディなエリアにあるウィリアムズバーグ店には、ヒップな客たちがひっきりなしに訪れていて大賑わいだ。
ここではほとんどが立ち席で、客たちはあまり長居をしない。
カウンターにはドリップ式のカップをずらりと並べて、お湯を注いでいき、短時間で多くのオーダーをこなせる方式もスピーディで回転がいい。

カウンターにはずらりとドリップと、その下に紙コップが並んでいて、合理的かつスピーディ。 細い注ぎ口のケトルで湯を注ぎ、ふっくらと豆を膨らませる。
しかもブルーボトルのドリップ式で淹れたコーヒーは、濃い味と、目が覚めるカフェインの強さがガッツーン!と来る。
カフェインに弱いひとだと「指先に震えが来る」というくらい強いアップリフトなコーヒーは「ここでないと満足できない」という常連客も多く、ずばりカフェイン・ラバー向け。
純喫茶のこだわりを生かしつつ、そこに風通しのよさ、モダンさ、スピード感、ヒップな雰囲気を持ち込んだのが、ブルーボトルのセンスのよさだろう。
ブルーボトルの従業員は「ヒゲ」「帽子」「タトゥ」「メガネ」が多いあたり、いかにもヒップスターという感じ。
この手のヒップスターなスタイルはブルックリンやNYのダウンタウンではもはや定番になっているが、ブルーボトルのNY店では帽子とヒゲ率がめちゃくちゃ高い。
店に入った瞬間に、あああー、ここはヒップな感じの、エコとかフェアトレードとかにこだわるピープルの店なのだなあ、という雰囲気が漂ってきて、生まれた時からスタバがある世代が次に求めるカフェの形態なのだなとわかる。

チェルシー店でドリップ式コーヒーを注ぐ店員。ハンチング、メガネ、ヒゲ、タトゥと今どきのNYスタイルどんぴしゃ。 こうした若い世代にフィットしているのが第三の波。
「日本を真似たというよりも、純喫茶文化にインスピレーションを受けたとカフェを作りたかったのです」
とジェームズさんはいう。
良い伝統、こだわり、味わいをいかに現代に合うようにアップデイトしていくかがトレンドを生み出すカギとなるもの。
蝶ネクタイをつけた純喫茶のマスターの代わりに、ヒップスターをカウンターに持ち込んだブルーボトルのセンスはおみごと。
そのこだわりある味わいは、たしかに癖になる強さがあって、ここのコーヒーを飲むと、フツーのチェーン店に行けなくなる中毒性がある。
そして第三の波のポイントは、先ほども述べたように豆の産地とフェアトレード、エコ、オーガニックにこだわること。
自分が飲んでいる豆が地球のどこでどう作られて、どう運ばれてきているのか、どう焙煎されているのか。
これからの時代、飲み手のほうもコンシャスな消費者になりたいものだ。
Featured Photo Credit : Blue Bottle Coffee
住所:450 West 15th Street New York, NY 10014
営業:月~金 7:00am-7:00pm 土日 9:00am~7:00pm
ウィリアムズバーグ店
住所:160 Berry Street Brooklyn, NY 11211
営業:月~金7:00am~7:00pm 土日 8:00am~7:00pm
ロックフェラープラザ店
住所:1 Rockefeller Plaza Concourse Level, Suite D New York, NY 10020
営業:月~金7:00am~7:00pm 土日9:00am ~7:00pm
ヘルズキッチン店
Gotham West Market
住所:600 11th Avenue New York, NY 10036
営業:月~日7:00am ~7:00pm
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