<Set Visit Report > Stayed up All night with Ang Lee & Will Smith
夜通し、ウィル・スミスが働きづめる姿を見つめた。夜間撮影とは聞いていたが、まさか私まで朝帰りになるとは。
でも、アン・リー監督から「セットに来てくれて、ありがとう」と、一晩に2度も誠意を込めて言われて、心を温めた。
米国ジョージア州で撮影されていた近未来SFアクション『ジェミニマン』(原題:Gemini Man)の撮影現場でのこと。いまのウィル・スミスと若いウィル・スミスが戦うことが話題になったが、若いバージョンは彼の演技をベースにしたフルCGのキャラクターで、画期的な新技術が駆使された大作(日本公開2019年10月25日)。
主演のウィル・スミスは、撮影初日、インスタグラムに虫除けネットを被って登場し、今いるロケ地は虫の飛び交う沼地だと報告。そんな南部へと私は旅発った。
4月でも初夏の気候の古都サバンナは、美しい街だった。そして宿泊ホテルのお洒落な街から1時間半、西へ車を走らせて、私たち世界各国からの記者が到着した撮影現場が、田舎町Glennvilleだった。工具店など閉鎖した店ばかりが並ぶ小通り。そんな店舗に看板をつけて、そこが映画の舞台となった。2日前の撮影で爆発させて焼けた車が、小通りの真ん中に放置されている。映画では、謎の秘密機関”ジェミニ”に仕切られた町として映し出される。
そんな説明を聞きながら、小通りに立っていると、キャップ帽を被ったかわいらしい気さくな感じの男性がニコニコして手を振りながら、こちらに歩いてきた。近づくと、アン・リー監督だった。
『ブロークバック・マウンテン』『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』で、2度のアカデミー監督賞を受賞した巨匠である。
「ウィル・スミスが演じる男が、クローンされた。
それで彼は、若い自分と向かい合い、戦うことになる。
このコンセプトを聞いただけで、僕はこの企画に惹かれてしまった」
と、アン・リーが語る。
「つまりそれは僕にとって、自分とどう向き合うか、ということなんだ。
もう一度、生き返ることができたら、あなたは何をするか。
もし自分の未来を見れるとしたら、アドバイスを聞きたいか、それともそれを聞かずに生きたいか」

(C)2019 Paramount Pictures
そしてアン・リーは、若い頃は夜間撮影も平気だったが、と笑った。年をとったいまは昼間の撮影の方が好きだねと。そして彼はにっこり笑って、言った。
「では、僕には撮る映画があるので」
彼は、深夜の撮影現場へと吸い込まれていった。
夜中の11時半。ウィル・スミスとメアリー・エリザベス・ウィンステッドの銃撃シーンのリハーサルが始まる。銃を手に店の裏口から路地へ滑り出るシーンを繰り返すウィル・スミス。彼の横には毎回、アン・リーとプロデューサーのジェリー・ブラッカイマーとスタント・コーディネーターがぴったりひっついて小走りし、ウィルのアクションをリアルに体験しながら検討している。
スタッフは全員、黒づくめで黒のキャップを被っていて同じに見える。アン・リーは腰の低い人なので、みんなと一緒に動くと埋もれて、どれが監督なのか、全くわからない。

撮影現場付近に集まる町の住人たち Photo by Yuka Azuma
現場の全員に、耳栓が配られた。ジェミニのソルジャーが武器を連射するときに、凄まじい爆音が放たれたからだ。でもこの小さな町は、そんな騒音にも文句なし。
撮影現場から半ブロック先の交差点では、地元の人たちが集まり、反対側の道路からこちら側を見て立っていた。夜中の2時を過ぎて、さすがにもう家に帰っただろうと覗くと、まだ彼らはそこにいた。町をあげて、撮影を見守っているのだ。
ウィル・スミスはそんなファンたちに挨拶にいったり、一緒にセルフィーを撮ったりと親切なので、待ち甲斐もあるのかもしれない。それに『スター・ウォーズ』のユアン・マクレガーが訪問したりと、話題に欠けない撮影現場だ。
インタビューに応じた後でも、セットの準備を待つ間、30分も路上で私たちと世間話をしてくれた優しいアン・リー。まだ地元の人々が道路で待機していると伝えると、「このロケーションをとても気に入っている」と、彼は微笑んだ。
「例えば『アイス・ストーム』を撮影したときは大変だった。リッチな町でね。僕たちを追い出したがった。(笑)天気の良い日は撮影させてもらえなくてね。
でも、この町は最高だ。市長まで来てくれるし、なんでも好きなようにと言ってくれる」
この日も、この町Glennvilleの市長が撮影所に来ていて、私たちと挨拶を交わした。
「このセットで使った看板を、撮影後もそのまま残して、人々が訪れる観光地にしたい」と、市長は希望を語っていた。
この小通りで健在なのは、教会だった。町の住民のコミュニティセンターの役割を果たす場所になっているようだ。撮影期間中は、スタジオスタッフたちがそこのトイレを使い、作業場にしていた。取材インタビューもそのチャペルの建物の1室で行われた。
その建物に入るとき「私たちのチャペルにようこそ」と入り口で、教会の関係者と家族たちが背筋をしっかり伸ばして誇らしげに私たち記者を迎えてくれた。3~4人の子供たちもドアの横に並んでハローと言ってくれる。後で知ったが、彼らはそこで忍耐強く待っていたのだ。このチャペルの廊下をウィル・スミスが歩くのを見たい、と目を輝かせて待機していたのだ。
そんな子供たちも廊下で寝だした。ウィルは撮影にかかりきりで、夜中の4時になっても、インタビューにこれなかった。私たち記者は外の現場で、彼がアクション撮影に臨み続ける姿を観察し続けた。

Director Ang Lee and Will Smith on the set of Gemini Man from Paramount Pictures, Skydance and Jerry Bruckheimer Films.
ウィル・スミスに撃たれたソルジャーが路地の向かいの建物の屋根からコロコロ転がり落ち、車の上に墜落してバンス、地面に伏す、というスタントが繰り返される。この痛そうな落下スタントを、一人のスタントマンがやり続けていた。
一度は、落ち方がひどかった。怪我したのではと、みんなが息をとめた。地面に落下後、男はビクとも動かなかったのだ。みんなが青い顔になった。「カット!」という声が響いた途端、係員4~5人が彼に駆け寄り、頭からマスクを剥ぎ、「大丈夫?」と声をかけ、ロボコップのような衣装に包まれた足をチェックしている。緊張の中、スタントマンが笑顔を見せた時には、私もホッと胸をなでおろした。もう止めて欲しいと思ったが、この男はまた同じシーンを繰り返した。
まさにそんなアクションシーンの撮影の合間に、いきなりウィル・スミスがさっと目の前に現れた。ハードなアクションシーンから飛びだし、いきなり、驚くことに、いつもの人当たりの良い素敵なウィル・スミスとして。
「朝の支度は簡単だよ。なにしろノーメイクだからね。(笑)
4K解像度の3Dの技術、1秒120フレームの高フレームレートなのさ。あまりに鮮明な映像で、ちょっとのメイクでも、メイクしてるってことが鮮明に映ってしまうから、この作品では化粧もできないんだ」
と、ウィル・スミス。
この映画で、若い自分と出会うのは、どんな感じなのかー。
「役者として、参考にできるものがなかったから、僕たちはいろいろ話し合い、”自分と全く同一の者を目にしたとき、どう感じるだろうか”ということにフォーカスした。自分の若いバージョンを見て、僕はどう感じるだろうか。
僕が最初に感じたのは、ジェラシー!そう、嫉妬だ。
だって、そこにはパーフェクトな25歳の自分がいるわけだよ。欠陥を取り除いた自分がいるわけだ。彼は性的にも自信喪失になっていない。わかるだろう」
ハハハと明るく笑うウィル・スミス。
「だけど、違う側面から見るとね。
若いバージョンのキャラクターから、年を重ねたバージョンの自分を見つめるとき、そこには、賢明さが存在することも認識するわけだ。
これは、自分の息子に、僕がいつも言っていることだ。
若い者たちが体力的に僕を負かそうとしても、まだお前は”年取った男”の力に匹敵する準備はできてないぞ、ってね。(笑)
年老いた男の力ってのは、すごいもんがあるんだ。それは彼が簡単に分類できるもんじゃない、ってね」
ハードなアクションシーンの真っ只中でも、ちゃんとユーモアを含めながら取材に応じるウィルのプロぶりは驚異的だ。
そして、現場の雰囲気を肌で感じ取る彼は、セットがすでに準備万端となったのを感じとり、「僕の出番かい?」と声を上げる。そして、さっと銃を構えてまた同じアクションに戻った。
朝の6時を過ぎていた。私はこのウィルのインタビューが終わるやいなや帰途に着いたが、まだ撮影は続いていた。空が明るくなるまで撮り続けるのだという。
徹夜はきつかった。でも撮影クルーは全く弱音を吐かず、きびきびと作業に集中していた。なんでも簡単に自然にやりこなすように見えるウィルだって、その裏には惜しみない努力がある。誰も彼もが、真面目に専念していた。
深夜の路上で、アン・リーが話してくれたことを思い出す。
「何をやるんでも、自分が信じられるものを手がけること。
自分の信念を貫いていけば、それらはすべて大切な宝となるから。
僕が今まで手がけてきた映画、それらは自分が持っている全てを打ち込んだもの(宝)だ。だから、いまでも、それらの映画を観るのは楽しみだ。
僕は信じている。人が何かに専念して打ち込んでいけば、それは貴重なものになっていく、とね」
『セレブの小部屋』No.111
© Yuka Azuma 2020 / あずまゆか
photo : (C) 2019 Paramount Pictures 配給:東和ピクチャーズ