音楽 好きな仕事をしてNYで生きる

タイガーマザーに育てられた少女時代、そして子育てで癒された心〜NYで活躍するオペラ歌手田村麻子さん 後編

photo courtsey of Asako Tamura

「世界の歌姫」であるオペラ歌手、田村麻子さん。その裏には、たいへんな試練と苦労があった。前編に引き続いて、ライフストーリーを語ってもらった。

メトロポリタンオペラで歌うと誓う

ニューヨークに来て、麻子さんは初めて親元を離れて暮らし始めた。ルームメイトと暮らしながら、家族と一緒ではない暮らしは新鮮で楽しかった。
メトロポリタンオペラを訪れた時は、感激に体が震えた。その立派なファサード、そして外からも見える中二階に飾られた巨大なシャガールの絵。

「それを見たとき、絶対ここで歌いたいと武者震いしたんです」

オペラを天井桟敷で見たり、コーチングにも通ったりしながら、マネス音楽院ではずっと一番だった。著名な音楽家が訪れて、選別された学生にレッスンをつけてくれ、他の学生たちが観覧できるマスタークラスでは、必ずレッスンをつけてもらえる生徒の代表に選ばれた。

—それだけ天性の美声を持っていたということでしょうか。

「私くらいの持ち声の人は、たくさんいると思います。大切なのは、声はテクニックなので、どれだけ粘り強い努力で、声をトレーニングしていけるかですね」

オペラというと、生まれついての美声の人が選ぶ職業かと思うが、じつは技術が大きくて、その声を作りあげるには何年もかけての修行が必要だという。

「オペラでは、イタリアで生み育てられたベルカント唱法という、1000席以上の歌劇場でも、マイクなしで美しく響く発声法が用いられます。このテクニックを身につけ、歌劇場でも使えるようになるには、かなり時間がかかり、どんな美声の持ち主であろうが、一朝一夕に手に入れることは出来ません。
簡単にいうと、喉だけではなく身体全体を効果的に使って、声を出す発声法で、いわゆるスポーツに近いものです」

そしてマネス音楽院を首席で卒業する。成績トップで順風満帆に思われた。ところが卒業してからが、本当の試練だったのだ。

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2002年に3大テノールと共演。故パヴァロッティ、ドミンゴ、カレーラスと。Courtsey of Asako Tamura

日本人であるだけでオーディションに落選

「ある年のジュリアード音楽院の卒業式で、ドミンゴさんが、”卒業おめでとう。厳しいようだが、これからきみたちにはなかなか仕事がないだろう”という、祝辞を述べられました。

どれほど高い技術を持っていても、資本主義のなかでは、音楽とお金をコネクトさせることができないと仕事にはならないんです。その現実を、目の当たりにしましたね」

オペラ歌手として仕事を得るためには、エージェントと契約しなくてはならない。

「だけど、エージェントはアジア人が欲しくない、アジア人はなかなかキャスティングされづらく、結果お金にならないからです。学校やコンクールではうまければ一番になれる。実力があるのが評価される。ところがビジネスになったら、売れる歌手でなくてはならないんです」

ニューヨークでは世界各地から来たプロダクションのオーディションが行われるので、片っぱしからオーディショに出かけていったが、アジア人の名前であるだけで、はなから興味を持たれたなかった。

「オペラの中にアジア人が食いこむのは、歌舞伎のなかに入って来る外人というのと同じことで、ものすごくむずかしいんです。
オーディションに行っても、誰も歌なんか聴きやしないという感じでしたね。悔しくて、悔しくて、革パンツを履いていったり、金髪にしてみたり、カラコンいれたり、とにかく審査員のアテンションを引くようにあれこれと工夫したんですが、まるで興味も持ってもらえませんでした」

暮れも押しせまった頃、ある時『椿姫』のオーディションに出かけた。この年は帰省も返上して、練習に励んでオーディションに臨んだのだった。

そしてオーディション会場に行ってみると、誰も注意すら払ってくれない。まったく関心なさそうな審査員たちの前で歌いだすと、おや、うまいじゃないか、というように見直して、だんだん身を乗りだして聞いてくれた。

そして最後のむずかしいパートを歌い終えたら、ブラボー! とスタンディングオベーションになったのだった。

「この2日間のオーディションで、きみの歌がベストだった」と絶賛された。
ああ、ついに役を取れたか! と喜んだ麻子さんだったが、その先の言葉は予期しないものだった。

「今回は英語のプロダクションで、演出家のイメージが金髪なんだよね。でもきみはすばらしいから、どこに行ってもきっとオープンドアだよ」

そういわれて、あっさりと却下されたのだった。

ドアを閉めたとたん、涙が溢れてきてきた。涙は止まらず、ただ滂沱と流れ落ちた。
こんなのやめてやる、ニューヨークなんか大嫌い、こんな芸術をわからない街は去ってやると思った。いっそ日本に帰ろうか。

ぼろぼろの心のまま、どこを歩いていたかもわからない。いつの間にか2時間もさまよっていた。

ふと目をあげれば、タイムズスクエアのイルミネーションが輝いていた。

「ここであきらめたら、あんなに小さい時がんばっていたわたしがモノにならなかったら、自分がかわいそうだと思ったんです。自分に課したゴールをやりとげないと、自分が浮かばれないと思った。

それがなかったらとっくに日本に帰っていました。そういう意味では、子どもの時に鍛錬したことが、絶対にあきらめない不屈の精神を作ったともいえます」


ヨーロッパで役につく

そしてオーディションに挑戦しているうちに、イタリアの中都市にある歌劇場で公演される「エレクトラ」の端役に受かった。

いざ現地に行ってみれば、ドイツ語とイタリア語が飛びかうプロダクションで英語も通じず苦労したが、毎日劇場に通う生活が嬉しかった。

そしてイタリアに暮らしながら、ヨーロッパのオーディションをたくさん受けて、ルーマニアの国立劇場で、ドニゼッティの「ランメルモールのルチア」の主役デビューを獲得する。

出演料は現地価格としては決して悪くはないのだが、ドルに換算するとルーマニアへの旅費より安いくらいだった。

それでも全身全霊かけて、ルチアを演じると、公演が大成功した。その次はハンガリーでオーディションを受けて、一週間後に代役できるかといわれて出演した。

「そういう綱渡りをしていかないと、役がもらえなかったんです」

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ハンガリーで「ルチア」を演じる Courtsey of Asako Tamura

このハンガリー公演は大成功して、現地の新聞にも大きく取り扱われた。
そこから仕事が取れるようになって、活動の場はフランス、イギリスと広がっていった。
イタリアでは、「ルチア歌い」としてその名を轟かせた名ソプラノ、マリエッラ・デヴィーアとダブルで出演するまでに至った。

そしてビザの更新でNYに戻ってみると、ヨーロッパでのキャリアがものをいって、今度はちゃんとエージェントがつき、エージェントがついたら、役もつくようになってきた。

「オペラの世界では、ソプラノはたくさんいるので、激戦区なんです。
昔からソプラノ歌手が成功するためには、3つのどれかが必要だといわれているんです。ひとつが財力。ものすごい財閥のパトロンがついてくれる。

ふたつめが宗教や国といったコミュニティがついていること。たとえばジューイッシュコミュニティだったり、クリスチャンであったり、数を頼めるコミュニティがついているということです。

みっつめが権力者の愛人であること。この3つのどれかがないと出てきにくい。

私自身、いろんなオペラの話が来ても、途中で契約がなくなるたびに”きみは、この3つがない上にアジア人なんだから、仕方ないね”とエージェントに言われたりしました。その3つがなくて、ここまでやってきたんです」

そのシビアな現実のなかで、麻子さんは、ロイヤルアルバートホールで「蝶々夫人」のタイトルロールを演じ、「椿姫」をアメリカ・エルパソオペラ、カラマズーオペラ、「群盗」「真珠採り」をアメリカ・サラソタオペラで演じている。

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ロンドンで蝶々夫人を演じる。Courtsey of Asako Tamura

自分の人生に必要な幸せとは

そうやって音楽に打ちこんで、練習にあけくれてきた麻子さんだったが、30代後半になってから、ふとキャリア以外のことも頭をよぎるようになった。

「この世界は女性だったら結婚を選ばない人が多いんですね。結婚したり、子育てしたりすれば、時間を取られるから。それがいやで音楽と結婚した人が多いんです。
私も芸をきわめるために結婚している場合じゃないと思っていました。結婚する人がいたら、おめでとう、とは祝福するけれど、内心では、ああ、この人はレースから降りたんだな、歌をあきらめたんだな、と思っていました」

はたしてこのままの人生でいいのかと考えた時に、今度は「母として、どうしても子どもを持ってみたい」と思ったという。

「ピアニストやバイオリニストを目指して来て、子ども時代に存分に遊んで来なかった私のような人は、ひとつのことにずっと時間を費やしてきたためなのか、成人してから一般的な幸福感を感じにくいことが多い気がします。私もそうでした。がんばっているのが普通の状態であるため、遊んでいると不安になるというのか……。

子供時代を犠牲にするほど練習をしないと、クラシックの演奏家としてやっていくのに必要な技術は身につかない。それは、本当です。そして良い子ほど、親に褒められたいからがんばります。しかし一方で、犠牲にするものも多い。自分の経て来た経験、そして学生の頃に多くの子供にピアノを教えてきた経験を通して、いつもそう感じます」

人間としてふつうに幸せになるのとは違う、と麻子さんはいう。

「がんばってやってきて、音大を出たとしても、仕事があるとは限らない。
自分の専門をがんばってきたのに、人としてどうなのかと思うような男性と付き合ってしまうとか、それがどうよくないのかも解らないまま、才能をすり減らす人も見たことがあります。

なぜかというと、子どもの時に人間としてふつうに学ぶこと、必要なことを学ぶ時間が欠けてしまっている場合が多いから。

練習ばかりしてきて、人づきあいの部分が鍛えられていない演奏家も少なくないと思います。

もちろんバランスよくできている演奏家もいますが、なかなかライフワークバランスがうまくいかない人もけっこういます。

がんばって、がんばって研鑽を積んできても、いざ世に出てみれば、どうやって世渡りをしていいのかわからない。反対に、実力はさほどないけれども、パトロンをつかむ才能や人の心をつかむ才覚があって稼げる人もいます」

ある日のこと、マンハッタンの街を歩いていて、すばらしくうまいピアノの調べが流れてきた。ふと見てみると、ストリートで大道芸人となってピアノを弾いていたのは、かつてジュリアードで輝いていた知人の女性ピアニストだった。

「まさかあの人が、どうしてストリートで、と衝撃を受けて。とても声なんてかけられなくて、その場を去りました。なんといっていいかわからなくて、涙が出てきました。

子どもの時に遊びに行きたいといっても、練習があるからダメと親に叱られて弾き続ける。それもこれも大きくなったらスターになるためと思って我慢している。それが社会に出たとたん、実力以外のもので評価されるようになってしまう。あまりに犠牲にしてきたものが大きいと、なんともいえない思いがするんです」

30代後半になって、このままでいいだろうかと麻子さんは自問するようになった。

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Courtey of Asako Tamura

「それまで自分で課したゴールをやり遂げようと、ガチガチになっていた。それまで音楽のため、自分のためだけに生きてきたけれど、自分だけではない、自分以上に大切に思える存在が欲しい、そしてその存在のためにも生きたいと、思いはじめたんです」

子どもが欲しいと思い始めてから、麻子さんは相手探しに本気になった。そしてイタリア系のアメリカ人男性と出会い、41歳にして結婚して、すぐに出産を迎えた。

待望の子どもの存在は、麻子さんの人生を一変させた。


子育てで癒されたインナーチャイルド

「それまで私の人生でいちばん大事なものは音楽で、それはゆるぎないと思っていましたが、娘が生まれてからは、異次元の世界に連れて行かれ、今まで知らなかった世界を見せられ、人生でいちばん大事なものが娘に変わりました(笑)」

娘を育てることは、麻子さんにとっては「自分自身の子ども時代を生き直すことになった」という。

日が暮れるまで遊べることを子どもに許して、友だちと遊びに行くのが夢だった子どもの時の思い、自分がしたかったことを疑似体験することになった。

「昔から私にはいつも、自分に課したゴールがありました。それは大抵いちばん高く設定をされていて、それをゲットオーバーしなくては、自分はすごくない、がんばったといえないと長い間思っていました。
勝手に高いゴールを設定して、それに到達できないとダメだと思っていました。

でも子育てをしてみれば、たとえ自分が課したゴールに達せなくても、オーケイだと思えたんです。自分でがんばれなくても親は愛してくれているとわかった。理屈ではなくて肌で。
きっと私は子育てをしなくてはいけないから、子供を授けられたと思うんです。

子どもができてからも、ずっと自分のために子育てするとは口にしたらいけないと思っていたけれども、今ではいいと思っています。自分を癒しながら、子育てをしていると感じます」

子どもを生んでから、時間は当然、制限されるようになった。
エージェントからは「アサコ、メットのコーラスに入ったらどうだ?」と勧められたという。じつはメトロポリタンオペラの合唱団員は、年俸が非常に高く、安定した職業として人気が高いものなのだ。そのためレベルも非常に高い。

「子育てをしながらだったらコーラスのほうがいいのかな、と思う気持ちもありましたが、でも舞台に立ってライトを浴びてヒロインを演じた身としては、やっぱりどうしてもあきらめきれない。コーラスにならずに、がんばろうと思いました」

そしてコンサートで日米を往復する日々が続き、2015年4月には大リーグのナショナルズ対ヤンキースのオープン戦の試合前にアメリカ国歌を斉唱した。

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日本でも精力的にコンサートを。Courtsey of Asako Tamura

正しいタイガーマザーとは

現在、娘さんはマンハッタンにある「スペシャルミュージックスクール」にバイオリンで合格して通っている。ここは音楽に特別な才能ある子どもたちが勉強と同時に音楽のカリキュラムを受けられる公立校だ。

「ちょっと前まではこんなつらいこと、親になったら、絶対に子どもにさせないと思っていたけれど、今になってみればピアノを弾けてよかったとは思いますね。

子どもを音楽家にしたいなら、親は正しくタイガーマザーになるべきだと思います。
娘の学校でも、子どもをプロにならせたいと鼻息ばかり荒くなり、むだに厳しい親御さんを見ると、自分の子供時代を思い出して、胸が締めつけられる時があります。
厳しさはたしかに必要ですが、それと同量の優しさや愛情が必要不可欠だと私は思っています。

正しいタイガーマザーというのは、ふだんはお母さん大好き、遊びもある程度させてくれる、という母親でいながら、音楽の時だけは厳しく指導できる、それができた賢母だけが、のびのびとしたクラシック演奏家を育てられるのかな、と思います。

娘がプロの演奏家になるか、ならないはまったく気にしていませんが、私自身やはり音楽が演奏できて、自分の人生がより豊かになっていると確信をしていますので、音楽を楽しめるくらいの、技術は持ってほしいと思い、正しいタイガーマザーを模索しながら子育てを行っています。ある種の実験ですね(笑)」


幸せのライフワークバランス

「自分にとっては今や大舞台で歌うというのだけが、成功ではないと思うんです。
子どもを育てることで、自分がされたかった子育てをすることができた。
自分のなかのインナーチャイルドが癒されていないことに気づいたし、子どもを育てたことで、今になって,あの頃の親の気持ちもわかります」

—お子さんを持った体験は、演技にも反映しますか?

「周りの人から子どもを持ってから変わったね、といわれるのだけれど、自分では正直いってわからないです。演劇の時に習ったことは、人を殺したことがないから演技できないというのではなく、舞台の上で誰かを殺してやりたいというドラマを作りあげればいいこと

蝶々夫人を演じる時に、実の娘が子どもを演じる機会もあったんですが、舞台の上のリアリティは変わらないです。この子がやるときも、他の子役がやる時も気持ちは一緒なんですよ」

今後の夢としては、身近なところでは娘さんのバイオリンとの共演。それよりもう少し大きな夢としてはニューヨークヤンキースのスタジアムでアメリカ国家を歌うこと。

「メットで歌いたいと思った夢が、できればここ数年内にかなったら良いなと思っています。しかしながら、これがアジア人ソプラノにとっては、どれだけ難しいことなのか熟知しているだけに、叶わなくても昔のように私はダメだと思わないようにして(笑)叶えばラッキーぐらいに思っています」

オペラについても、今までとは少し違うアプローチをしていて、即興演奏のコンサートを行ったり、さまざまなジャンルの人とのコラボも行ったりしている。

「私の音楽のスタイルに定義を与えることなく、今までに存在しなかったような、何か新しいことが生まれてくればいいなと思っています」

オペラのなかのさまざまなヒロインの生き様を語り、アリアを歌う「オペラティックコンサート~オペラの中の究極のヒロイン達~」を各地で開催していて、人気を博している。

「これは私が自分で脚本を書いて、プロデュースから行ったこと。それも自分しかできないことではないかと考えています」

アメリカでも「オペラの中の究極のヒロイン達」は、同じ内容を英語版にして「Operatic Recital~ Ten Great Heroines of Opera」として、11月20日にカーネギーホールでリサイタルが行われる。

麻子さんの舞台の裏には人知れない苦労があったが、その歌声を聴く時、聞くひとは天上に誘われる。
麻子さんが演じるヒロインたちは、これからもさらに多くのひとを魅了していくだろう。

ニューヨーク、カーネギーホールにおけるリサイタルをを記念して、トークイベントも行われる予定だ。

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ソプラノ歌手田村麻子トークショー
歌に生き、自分を生きる
〜 私らしい幸せの見つけ方 〜

日程:10月15日(月) 開場 6:30p.m.  開演7:00p.m.
会場:日系人会ホール 49 West 45th Street, 11階
参加費(軽食付): 一般 $35 /学生 $30 (学生証提示)
受付時に現金払いでお願いします。
申込み・お問い合わせは、こちら
自動応答のなかった場合は、こちら

主催: Inspire Talk NY
Ellie Kurobe Creative / EXROYAL/ MEGUmedia / NY_Marketing Business Action, Inc.
協賛: NY Niche

11月20日(火)8:00pm開演、カーネギーホールにて「オペラティックコンサート~オペラの中の究極のヒロイン達~」を英語版で公演、究極のヒロインたちを歌い上げるコンサートを開催する予定です。

■プロフィール
田村麻子(たむらあさこ)
京都府出身。国立音楽大学声楽科、東京藝術大学大学院修士課程修了。ニューヨーク・マネス音楽院首席卒業。
1997年プラシド・ドミンゴ国際オペラ・コンクールに最年少での入選。2002年『三大テノール・コンサート』でドミンゴ、故パヴァロッティ、カレーラスらと共演。07年ニューヨークのリンカーン・センターでのデビューではニューヨークタイムズ紙において高い評価を受けた。
これまでにメトロポリタン歌劇場管弦楽団、BBC交響楽団、ローマ祝祭管弦楽団、LAシンフォニー、シカゴフィル、ハンガリー放送交響楽団等多くのオーケストラから招聘され共演している。
また世界各地でオペラに出演しており「蝶々夫人」をロンドン・ロイヤル・アルバート・ホール、ウルグアイ国立ソリス歌劇場、ボルティモア・リリックオペラ等で、「ランメルモールのルチア」をイタリア国立カリアリ歌劇場、ハンガリー国立歌劇場、ルーマニア国立歌劇場、「椿姫」をアメリカ・エルパソオペラ、カラマズーオペラ、「群盗」「真珠採り」をアメリカ・サラソタオペラ等に出演。
2015年4月「全米桜祭り」のスポーツイベントとして、大リーグのナショナルズ対ヤンキースのオープン戦の試合前にアメリカ国歌を斉唱した。

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