アメリカニュース スポーツ

秋空のニューヨークと懐かしいタービーチ

記録的猛暑が続いた長い夏がやっと終わった。

記録的猛暑が続いた長い夏がやっと終わった。

今年の東京の暑さは本当に異常で、2年後の東京オリンピックに向けて外国人たちを気持ちよく迎え入れることができるのかどうか、今から心配になった夏でもあった。

異常気象はアメリカでも同じで、8月末からニューヨークのクィーンズで行われていた全米オープンテニスでも同じように猛暑が問題となり、熱中症で試合を放棄しなければいけない選手も現れたほどだ。

折角この時のために訓練を重ねて自分を試し選手としても経験を積むことになる一大イベントだったはずなのに、体調のせいでリタイアせざるを得なかった選手たちは、どんなに無念だっただろうか。

大坂なおみや錦織圭にも試合前の記者会見では、気遣う気持ちから猛暑の中で戦うことについて質問されており、各選手ともが

「暑いフロリダで育っているので大丈夫。暑さには慣れている」

とコメントし、ネガティブに懸念されるとも思える言葉を吹き飛ばしていた。

その後も「全米オープン時の猛暑に対する対策をUSTA(全米テニス協会)に求む」とスポーツ専門放送局の「ESPN」はテレビで特集をしていたが、南半球で1月の暑い最中に行われる全豪オープンでは既に適用されている「エクストリーム・ヒート・ポリシー(酷暑対策)」を全米オープンでもモデル化するべきだ、という意見も出ていたようだ。
 

View this post on Instagram

💪 missing a few people tho

A post shared by Naomi Osaka 大坂なおみ (@naomiosakatennis) on

 
全米オープン中に公開された大坂なおみのインスタにはこのような涼しげな写真がアップされていたが、開催当日28日の午後のニューヨークの気温は38度、会場内は41度に達したとニュースでも言っていた。

スポーツ選手は試合があるとその土地の気候にも慣れるために調整を行うが、外国人選手がベストな状態で試合に臨めない場所でオリンピックなどのスポーツの祭典が行われるのもどうかと思う。

東京オリンピックについても、なんとか専門家たちが頭脳を合わせて今後の猛暑対策を練って欲しい。

先週、ニューヨーク郊外のロングアイランドの子どもたちのグランパと話をしたが、秋分の日が近くになり、ニューヨークもようやく過ごしやすい気候になったと言っていた。

グランパはマンハッタンのアッパーイーストに生まれ育ったチャキチャキの元ニューヨーカーだ。

元夫の母親であるグランマと結婚してからはニュージャージーやクィーンズに引っ越しをしたらしいが、三人の子どもたちが思春期にさしかかる頃にロングアイランドの今の家に家族で引っ越しをしたらしい。

以来、ずっとそこに住んでいる。

「僕が子どもの頃は、ビーチとかにもあまり連れて行ってもらえなかったので、いつも夏はアパートメントのルーフトップで日向ぼっこをしていたんだよ。

タービーチって呼ばれてたんだ。

表面がタールで真っ黒でね。体を焼くには日光が吸収されやすくて最高だったよ」

とのことだ。

グランパが言ってた「タービーチ」とは「tar」でできた「beach」のことで、「tar」とは日本語のタールのこと。

黒いタールに焼け付くような太陽の熱が長時間当たると、かなり危険でもあるので、そんな長くはいられなかったらしいが、当時は、皮膚が薄くて敏感な白人の子どもでもサンブロックローションを塗ったりする子どももいなかったらしい。

しかも当時は、今ほど子どもに関する法律も厳しくなかったし、典型的な労働者階級で両親が共働きだったせいもあり放任主義で育ったと言うグランパは、小さい頃から学校から帰ってきたら真っ先に子どもたちだけでルーフへ上がり、寝っ転がったり駆け回ったりしていたそうだ。

「毎週ビーチなんかに行くお金も時間もなかったし、本当のビーチだと砂で体も汚れて後が大変だけど、タービーチはそういう面倒もないし、ティックとかもいないしね」

と、以前、今では消えつつあるタービーチの話を懐かしく話してくれたことがある。
 

 
上記は絵本。

下はインスタで見つけた人間バージョンのタービーチを楽しむ光景。「throw back」の投稿であることから、やはり現在はあまりもう見かけなくなっていることが伺える。
 

 
Embed from Getty Images
 
グランパが懐かしむタービーチがマンハッタンから姿を消しつつある理由はいくつかあるようだが、まず言えることはマンハッタンの家賃の高騰だ。

ビルディングによっては住居者にルーフトップのアクセス権利を売るというビジネスも当たり前のようになっており、今まではビーチに行けない労働者階級の家族の憩いの場だったところが、今ではアップスケールな特権階級の交流の場所となっている。

もう一つは、9・11以降の安全面の問題もある。

そう言えば、今から20年以上前、私は「Tudor City」内の2つのビルディングに住んでいた時があったが、そこのルーフトップはどちらも住民の出入りは禁止されており、いつも厳重にロックがかけられていた。

「Tudor City」ルーフトップで日光浴をする人たちの写真を見つけた。
これも!

わー、そうそう、時代はちょっと古い感じするけど歴史的遺産物として市からも守られていた建物は全く同じだ。

超懐かしい〜!

7月4日の独立記念日だけはルーフに出てもよい、と言うルールがあったので、みんなで毎年川沿いに上がる花火をルーフから間近に眺めるという特権を味わっていた。

国連ビルの近くでイーストリバー沿いに位置し、まだあの頃は不動産王だったドナルド・トランプが建てた高層ビルも周りにもなく、すっきり広がるスカイラインがルーフトップには広がっていた。

私が大好きな美しいクライスラービルディングもそこからは目と鼻の先だったし、ニューヨークの象徴であるエンパイアーステートビルディングもどーんと見えたそのルーフトップの光景は

「これぞ、ニューヨーク!」

と言う感じで観光ガイドブックや雑誌ではあまりお目見えしない当時はレアモノだったと記憶している。

映画の撮影にもよく使われていて、私が知っているだけでも「ゴッドファーザー」「スプラッシュ」「スパイダーマン」など、様々な舞台となっている場所でもあった。

「スパイダーマン」のノーマン・オズボーンと、息子のハリーは、私も住んでいた41丁目のウィンザータワーのペントハウスに住んでいたという設定だったと思う。

そうだ。思い出したが、上の写真に写っている44丁目のビルディングは、1997年の「The Peacemaker 」の撮影で使われて、直ぐ近くにニコール・キッドマンが2人いて驚いたんだった(一人はそっくりさんのスタント)。

あの頃からニコール・キッドマンの人生も激変したが、ニューヨークも時代と共に移り変わっている。

久しぶりにグランパのタービーチの話を思い出し、私が住んでいた頃の遠い昔のマンハッタンを思い出した。

秋は何かとノスタルジックな気分になる。

現実的には、温暖化はますます激しくなるばかりで、今後の気象や気候の変化についても心配だ。

それと同時に2030年までにミニ氷河期が来ると一部では噂されているようだし、一体、私たちの地球はどうなるのだろう?

世界で立て続けに起こっている震災被害の悲しみや復興の期待を胸に、あらゆる角度から世の中が少しでもよくなってみんなが一人一人幸せに無邪気に生活でき、スポーツを心から楽しめる場所の確保ができればと心から願う秋の頃。

上山仁子その他のサイトHP子育てブログノースカロライナ&その近郊情報集
Advertisements

0 comments on “秋空のニューヨークと懐かしいタービーチ

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out /  Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

Connecting to %s

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.

%d bloggers like this: