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スポーツ界の伝統と移りゆく時代の流れを感じる時

テニスの大阪なおみや野球の大谷翔平など、最近の日本人スポーツ選手の国際舞台での活躍ぶりに励まされる中、日本国内では国技である大相撲が何かと世間を騒がせている。

お騒がせな相撲協会と私が大相撲を好きなわけ

テニスの大阪なおみや野球の大谷翔平など、最近の日本人スポーツ選手の国際舞台での活躍ぶりに励まされる中、日本国内では国技である大相撲が何かと世間を騒がせている。

先日報道された、大相撲春場所巡業中に倒れた市長を巡っての女性に対しての協会側の対応云々は、私がここで改めて意見を述べる必要はないと思う。

伝統 vs 人命。
人命 vs 女性軽視。

いろいろな論議が交わされ、考え方もいろいろあるのだなと、FBやツイッターなど、ソーシャルミディアを観覧して感じた次第だ。

輪島と北の湖が横綱だった時からの大相撲ファンとしては、当時は、女性が土俵に上がれない、などと細かいことまでは理解していなかったし、相撲は男性同士のものであり女性は参加できないスポーツである、ということに対しても全く違和感はなかった(と言うか、そういうことさえも頭によぎったことがない)。

そもそもその頃はまだ子どもだったしね。

とにかく私は輪島の男らしいたくましさに憧れていたわけで(「黄金の左」はほんとかっこよかったし、イケメンだった寺尾も大好きだった❤️)、私にとっての相撲とは、女性には手に入れることができない「男性の魅力」だった。

個人的には、プロレスや相撲などについては男性競技として認識していたし、ビューティーペアなどの女子プロが世間で流行っていた頃も私の興味は断然、長州力や藤波辰巳だったもんね(今で言う筋肉男子が好き❤)。

そういう意味では、性別差別をしているのは観戦している側も同じだと言えるのかもしれない(← 私の場合)。

今よく考えてみると、当時バイトでやっていた「プロレスの花束嬢」の仕事にしても、プロレスファンとしてはとても誇りであり楽しみでもあったのだけれど、近代オリンピックの創始者であるクーベルタン男爵が言うところの「男性の勝者に冠を与えることこそ女子の仕事」でしかすぎなかったわけだ。


テニス業界に見たいろいろ

それが、確かに男女不平等だな、とスポーツにおける男女差別を子どもながらにも意識し始めたのは、ビリー・ジーン・キングが男女の償金額の差について訴え始めたことがきっかけとなってテニス界が大きく揺れ始めてからだった。

男子は5セットマッチで大変なのはわかるが、フェミニストとしての私のルーツはこの辺から始まった。

その後「キング夫人」とマルチナ・ナブラチロワが立て続けにレズビアンとしてカミングアウトした時はやはり驚いたし、まだそういうのに慣れていなかったので混乱もした。

そもそもテニス界は伝統という名の元でいろいろとあったなあ。

「Style is everything.」とか言って白しか着れないドレスコードのあるウィンブルドンをアンドレ・アガシが試合を辞退したり(そしてそのアガシのトレードマークだった長髪は、実はズラウィッグだと判明したり← これ、すっごい衝撃的だった)。

黒人選手としては珍しかったフランスのヤニック・ノアも、基本的にはかっこいいので人気はあったものの、負けたらすごいバッシングされてめちゃくちゃ言われていたらしい。


セクハラコーチ摘出と女性のスポーツ進出

日本でずいぶん前に明らかになっていたバレーボールの日立黄金期を築いた山田監督のセクハラ報道があった時には、とてもショックだった。

体操業界では、オルガ・コルブトを筆頭にナディア・コマネチを育てたカロリーコーチ率いるチームドクターによるセクハラ事件がアメリカチームメンバーにより次々に発覚している。

ファンを超えたところで、あり得ないと思うし、本当に腹立たしく残念でしかならない。

中学生の娘がいる手前、女性としてスポーツに関わる時にはいろいろと考えることも多い。

そもそもスポーツ自体が昔は「男性のもの」とされていたようで、1896年に行われた第1回アテネ五輪の参加者は男子だけだったという事実も残っているのだそうだ。

スポーツにおける女子競技の出現は、それぞれの競技にいろいろなエピソードがありとても興味深い。

例えばマラソンは、1966年のボストンマラソンでスタート直前まで木陰に身を潜めていた女性がスタートの号砲とともに飛び出し、途中妨害されながらも走り抜いてゴールまでたどり着いたことがきっかけとなって、1984年のロサンゼルスから正式種目に認められた、ということ。

木陰に身を潜めて突然飛び出すとは、ストリーキングじゃないんだから(← 70年代にありましたね?久しぶりに思い出した言葉。今は死語ですか?)笑

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その女性走者は、Kathrine Switzer氏。
昨年4月17日に開催されたボストンマラソンには
50年ぶりに参加し、70歳を超える年齢でも
見事完走を果たしたようだ。

しかも驚くことは、そのような「歴史的事件」はかなり最近の出来事である、ということ。

女子柔道にしても世界的試合が行われるようになったのは1980年代からで、その歴史をググって見るとなんと「柔道の父」と呼ばれた嘉納治五郎氏が「母体保護」を唱えたために女子柔道を禁止したという時期があるらしい。

つまりは、子どもを産まなくてはいけない女性には、柔道のような激しいスポーツは不適切である、と判断されていたのだそうだ。

そういう「母体保護」は、一瞬女性を守ってくれているようでありがたいようだが、共産圏の国じゃあるまいし、人から言われることではないと思う。

個人レベルで気をつければいい話だと思うし、例え危険が伴ったとしても、参加するしないは個人の自由であるべきだ。

そんなことにめげずに金メダルを取って出産もしたヤワラちゃんは、やはり偉い、ということになる。

っていうか、実は女性の体はそんなにヤワじゃないぞ、ということと、女性でも、やりたいことは全部できる、ということを証明してくれたようで誇らしい。

「ウーマンパワー」として今まで抑圧されてきた女性たちの怒りが各方面で爆発していることは、ある意味当然の成り行きであるようにも感じる。

アメリカの女子プロ野球チームは、1943年から1954年までの12年間運営されていた、とウィキピデイアには書いてある。

男性が第一次第二次世界大戦へと出向いたために人員不足となった男子メジャーリーグの穴を埋めるため一時的チームだったらしいが、その時の様子は、90年代初頭のジーナ・デービス主演の「A League on Their Own」という映画でもなんとなく想像することができる。

私はこの映画が公開された直後にニューヨークで映画のタイトルをデザインするポストプロダクションで働いていたことがあるのだが、この映画のエンドクレジットについてその時興味深い話を関係者から聞いたことがある。

それは、この映画は、男性社会で頑張る女性たちの様を描いた女性の映画であるのにも関わらず、脇役だったトム・ハンクスがクレジットではトップに出てくるという話だ。

勿論、出演時の役者側との契約がそうだったからであると言われたらそれまでなのだが、この手の女性が主役である映画にも関わらずしかも脇役なのにトップに記載されるのが男優だったということに、ハリウッドの性差別がうかがわれる、という話で、業界ではちょっとしたニュースとなっていた。監督も女性であるのにやや残念だ、という周りの反応だったと記憶している。

映画の内容としては、戦争で男性不在だった野球に女性選手たちが頑張る様が描かれているわけだが、この頃の女性アスリートの扱いは、所詮、男性の目を楽しませるためのキレイどころといった感じであり(日本の邦題は「プリティーリーグ」)、野球選手として守るべきルールに「長い髪が好まれ試合中は口紅を欠かさないこと」などがあげられたのだそうだ。

しかも「全米女子プロ野球リーグ」のウィキピデアには

「創設者のリグレーは、リーグが付加価値を持つためには、プレーをする選手達の「女性らしさ」が重要だと考えていた。そのため創設時のスプリング・トレーニングの際、リグレーはヘレナ・ルビンスタインのビューティーサロンと契約し、選手達に練習後のチャームスクールへの出席を求めた。」

と出ている。


アメリカでフランチャイズ化したフィニッシングスクールとアメリカの大学の男女共学の浅い歴史

チャームスクールとは、フィニッシングスクールのことで、もともとはヨーロッパの貴族の子女が社交界へデビューするために身につけるエチケットやマナーを学ぶエリート学校だ。

アメリカでは貴族がいないために、ヨーロッパからの移民で比較的裕福な良家の令嬢の花嫁修行をするマナースクールとして始まった。

そして、アイビーリーグなどの名門大学が昔は全部男子校だったために、女子でも入れるために創られたのが、今でこそ学業が優秀な名門女子大学と言われているセブンシスターズであるが、これらの女子校もフィニッシングスクールに大きな影響を受けている。

コロンビア大学に入学を拒否された女子が通うために同敷地内にできたのがバーナドカレッジだが、現在でも両校は密着な関係にあるらしい。

日本の女子大も最初は多分そうだったのではないかな。コロンビア=バーナードの関係は一橋=津田塾に似ているように思える。

調べてみると驚くが、ハーバード大学が共学になったのは、1977年。
コロンビア大学はなんと1983年までは女子生徒は禁止されていた。

今でこそ、アファーマティブアクションにより、人種的に多様化した生徒たちの入学に力を入れている大学陣だが、女子が入学を許されるようになったのも、ごく最近だということ。

人種に関する差別に対しては、増えすぎたアジア人生徒を阻止するためにハーバード大学ではテストスコアーは他の人種よりも高く条件付けられているらしい。

コロンビア大学の生徒の多様化は数字ではかなり改善されているにも関わらず、つい最近まで白人しか受けられることができなかった奨学金などもあり「白人の」大学というイメージを取り除くことができていない。

アメリカでは1960年代に第一次ウーマンリブが巻き起こったが、女性がアメリカの大学でトップクラスの教育を受けられるようになったのは、そこからかなりな時間がかかった、ということになる。

そもそもその時代の女性は、大学へ行く、という意識さえもなかったのだろう。

ヒラリー・クリントン氏がセブンシスターズの一つであるウェルズリー大学に入学したのは1965年だったそうなので、彼女もアイビーリーグの選択がなかったわけだ。

そして、そのような女子大学は、当時は「良妻賢母」になるための意識を磨く学校であり、ウェルズリー大学にしても1950年代には在学中に結婚する女子学生が多かったということらしい。

その後、フィニッシングスクールのコンセプトはフランチャイズして、モデルや俳優たちを養成するアクターズスクールなどにも浸透していった。

実は、長女が所属していたモデル事務所ももともとはフィニッシングスクールで、たまに親子で(← 私も w)参加していたモデルのレッスンも花嫁修行か?というようなマナークラスを思わせるような内容だった。

保守的な南部のモデルエージェンシーだからかな、と思っていたが、昔住んでいたニューヨークのウェストチェスターにも、そういうものが学べる学校があったのを思い出す。

それは、女子だけでなく小学校3年生以上の男女の子どもたち対象にマナーやダンスのレッスンが受けられる「バークレークラス」というアフタースクールの学校だ。

ニューヨーク市内だとアッパーイーストサイドにある、社交界デビュー前の選ばれた子どもたちだけしか通えない「Knickerbocker Cotillion」が有名だと思う。

男の子は紳士的に女の子は淑女らしい伝統的マナーやボールルームダンスの作法や技術を学ぶクラスだった。男子も女子も正装して出かけないといけない。楽器の演奏も学べるし、お料理についてのちょっとした知識も得ることができる。

私はそういう「伝統」は悪いものではないと思っているし、本場スイスのフィニッシングスクール同様に国際マナーやプロトコールなどが学べるのだったら、とてもいいことだと思う。

クラスが行われていた場所は前住んでいた自宅からも歩いて行ける距離だったし通わせたいなと思っていたらいきなりノースカロライナへ引っ越ししてしまったのだけれど。

そして引っ越しした先の学校では、国際マナーからは程遠い、先割れスプーン(=spork)がカフェテリアで使われていたので、びっくりしたんだった(w)。

ニューヨークでは、今まではヨーロッパの由緒正しいハイエンドな社交界デビューをホストしていたウォルドルフアストリアホテルもすでに中国企業に買収されてしまったし、今やそのような良家の伝統的イベントも、バー&バトミツバーやスィートシックスティーン同様「成金の親の見栄(=Gilded Age competition)」でしかなく、子どもたちはむしろ無関心。かなーり「時代遅れ」感が漂い人気も衰えていると聞いている。

ボールルームダンスにしても、伝統的にはダンスは男性から女性を誘うものであり、終わったら必ず女性をエスコートし席まで送り届けるのが礼儀とされているが、現代社会では、女性から誘う場合もオッケイだし、フロアーをエスコートなしで「一人で」歩く女子の姿もありだとされているようだ(サルサダンスの世界でも壁の花になることないように女性も自分から誘います← 私の場合)。


保守的伝統を強いられるアメリカのチアリーダーたち

時代はどんどん移り変わっているなと感じる。

そして、先週の土曜日(4月7日)のニューヨークタイムズには、こんな記事が載っていた。

Is It Time to Rethink the Rules for N.F.L. Cheerleaders?

今週はアメリカで最上位に位置するプロアメリカンフットボールリーグ「NFL」のチアリーディングのオーディションが始まっているらしいが、昨年秋から社会現象となっている#MeTooタグや各業界でのセクハラ告発事件に対してNFL側も過敏にならざるを得ないと書いてあった。

世界は進化しているのにも関わらず、チアリーディングの世界では、そのルールと規約は1960年代にダラスカウボーイズ・チアリーダーズが結成された時のままだとし、スポーツとしての技はもちろんのこと、女性としての「見た目」の美しさも問われるものであり、何かにつけて時代錯誤に陥る、というもの。

私は決してタトゥーは好きではないのだけれど、もはやオリンピックアスリートでは男女関わらずタトゥーをしていない人はいないと思われるほどなのに、チアリーダーたちはそれが許されず、タトゥーがある場合はテープで隠さないといけないらしい。

しかもフットボール選手が輝かしい名誉と共に驚くほどの高い契約金が支払われているのに対して、同じぐらいに過酷な練習と訓練、さらにはボディーシェイプを保つための食事制限などに耐え抜いているチアリーダーたちへの報酬は驚くほど低いものらしい。

チアリーディングは、長女も昨年から中学校のチームに参加していたが、本人が好きでやっていたので何も言わなかったが、実は私的にはいろいろと思うところがあった。

チームメンバーとして守らなければいけない掟があったのだが、それが彼女の場合、守れなくて私はよくコーチからお叱りの連絡を受けた時、コーチの言うことはもっともでわかるんだけど、でもちょっと違う、と感じることが何回かあったのだ。

試合中、座っている時は膝をつけて下着が見えないように座らなければいけないのに長女は大股開いている、とかね(💦)。

非常に当たり前と言えば当たり前のルールであり、躾の一部でもあるわけで、親としては全く恥ずかしい限りなのだが、そこで「女の子としては」と言われるとちょっと引く。

コーチ曰く「プリンセスは胸を張って誇り高く、そして淑女であるべき」だと。

髪の毛につけなければいけない大きなリボンにしても、私的にはややひっかかった。

確かにその通りだし、みんなとっても可愛いのは確かなのだけれど…

NFLのチアリーディングのルールの中には「no slouching breasts」とか「no panties」というのがあり、大きい胸でも小さい胸でも姿勢を正すことはいいことなのだけれど、なんかその言い回し、変えてくれないかなあ(w)。

練習中でも下着の着用はなしって、どういうこと?

確かにダンサーは、自分自身を「セクシー」に感じることがうまく踊れる条件にも直結しているので、下着など身につける(またはつけない)ものが重要になってくるのはわかるのだけれど「母体保護」同様、人から言われたくない。


女性も応援する側から自ら活躍する場へ移動している

長女は、冬シーズンのチアを無事に終えたところで、興味はチアリーディングからバレーボールとラクロスへと移っていっている。

今の春シーズンは、ラクロスのチームに参加しており「Lacrosse is the best thing that happened in my life!」とまで言っている。この秋から始まる高校生活でもチアリーディングはもう辞めて、ラクロスとバレーボールをするのだそうだ。

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長女が通うことになる
地元の高校でのラクロスとフィールドホッケイチーム。
実力もあり州の地区大会でも優勝している。

今まではチアリーダーだったブロンド女子が、応援する側から自分たちが自ら競技に参加し活躍する場を選び始めた、と思えてくる。

ちょっと前までは、アメリカのプロチームの活躍と共に女子サッカーも人気だったが、現在の若い女子たちにとっての花形スポーツは、ラクロスやフィールドホッケイ、バレーボールなどになっているようだ。

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その証拠にブロンド女子に押されて
トライアウトで入れなかった
マイノリティーの生徒たちが多数派になっている
現在のイーストチャペルヒルハイのチアリーディングチーム。
特に今年のコーチはノースカロライナ州で
初めて黒人が通えることになった
NCセントラル大学出身のコーチを起用しているようで
(写真最後列左)、特に黒人チアリーダーの養成に
力を入れているらしい。
写真撮影:上山仁子
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大きいなあ!そして美しい。
これで高校生なのだから将来が楽しみ!
そういえばちょっと前に
「美しすぎるバレーボール選手」
っていましたね?

これらの競技は、暗黙に体重や身長制限があるジムナスティックス(体操)に比べて、体が大きいこと(特に思春期に太ってしまうなど)がマイナスにならない競技なので、人気の理由はその辺にもあるらしい。

モントリオールオリンピックで活躍したバレーボールの白井貴子さんもなんと180センチあったらしい!あの時代の女性で180センチってどんだけ大きいの?という話だけど。

大学が男子校から共学へと変わって行ったのと同様に、スポーツ界でもこれからどんどん女性が受け入れられるようになるだろう。


時代の流れとともに

そして次に起こる課題としては、性転換した選手はどうなるのか、ということなんだけど。

世の中はどんどん時代と共に柔軟に変化しないといけないと思う。

アメリカでは、男性限定社交の場だった格式高いゴルフ場や競馬場なども昔は女人禁制だったところもあるが、現在では多くが女性にも解放されている。

そして風習がなかなか変わらないなら、逆に人が離れていくわけで、そうなると伝統を維持するという意味が問われることになるのだろう。

特定の仲間だけで構成される排他的な「exclusive」から多様的で全ての人を包含する「inclusive」に社会そのものが変わりつつある時代だ。

伝統を守ることは大切だが、継続するのが難しい状態なら、やはり改革は必要だ。

3月のアカデミー賞受賞式で主演女優賞を獲得したフランシス・マクドーマンがアクセプタンススピーチの最後に言い残した「inclusion rider(包摂条項)」とは正に優遇される人種や性別を取り払い、無条件で人間が平等に与えられるべき権利のことではないかと思う。

ニューヨークタイムスがチアリーディングの伝統に問いかけているように、明らかにいろいろな場所で古いしきたりが見直される時期が来ているのだと思う。

話を相撲に戻すと、外国人力士が増えてきて(ある意味増えすぎて日本の国技としての疑問視はまた別問題であるが)、そういう意味では相撲協会もかなり前からずいぶんと柔軟に対応していたと思う。

そのうちに胸にさらしを巻いた女性の力士が出てきてもいいではないか?と個人的には思う。
というか、胸を小さく見せるためのさらしだったら、別にしなくてもいい。

いずれにしても相撲はアメリカでも人気のスポーツであり日本独特の文化であることには変わりはない。

毎年ハロウィーンになると、相撲レスラーのコスチュームはアメリカの老若男女に人気だし、格式と誇り高い日本の国技ではあるが、海外ではむしろ親しみ易いフレンドリーなスポーツだ。

今回の土俵上の女性に対するアナウンスのニュースは海外でもするどく批判されていたようだ。

角界で、女性に対する考え方が今後どのように変化していくのか。
昨年から引き続いている一連のスキャンダル含め、今後の日本相撲協会の対応が気になるところだ。

上山仁子その他のサイト・HP子育てブログノースカロライナ&その近郊情報集
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