ヒトコの小径

なんでこうなるの?:やっぱりアメリカは怖い国だった、の巻

おかげ様をもちまして、怪我は順調に回復しているようで、大げさに記事に書いたわりには、私の顔を見ても「手術したとは思えないぐらい、きれいになったね!」と言われるぐらいになりました。

手術から1ヶ月半が過ぎようとしています。

おかげ様をもちまして、怪我は順調に回復しているようで、大げさに記事に書いたわりには、私の顔を見ても
「手術したとは思えないぐらい、きれいになったね!」
と言われるぐらいになりました。

そんなわけないんですけどね(w)。
まだまだ左顔面は、腫れも残っていて、しびれている状態だし。

全治6週間って言われたのに、なんだか長引いてない?
それともこのしびれや腫れは、治らないということ?

などなど、心配はあるのですが、ドクターに質問を投げかける度に、

「大丈夫。でも、正直もう少し時間がかかるみたいね」

と言われます。

はぁ。
日にち薬というのは、こういうことね。

治るんだったら待つしかないな、と思いつつ、
私的には、左の眉毛の下の部分から目の横まで、縦に傷跡がくっきり残っているのが気になります。

あの片目の侍みたいな人、いたでしょう?
えーっと…
丹波哲郎じゃなくて、伊丹十三じゃなくて…

(検索中)

あ、丹下作善だ(w)!
本人的にはなんかもう、気分的には、そんなbadass的キャラになりきっているんですけど(w)。

しかも、母からは

「骨折でよかったね。
肉離れとかだったら、頬に切れた後の筋が残ってしまうから」

なんて言われていましたが、見る角度によっては、しっかりと頬にも、筋っぽく2つの縦線が出ているのがわかります(涙)。

肉離れもしちゃったのかな?

勿論ね、これで死ぬわけじゃないし、そんな細かいことを気にしているのは、きっと私だけなんだと思いますが。

現に、友人たちにそういう悩みを言っても
「え?全然大丈夫。いままでのヒトコとなんの変わりもないわよ」
と言われるのがオチ。

えぇー?
変わりないわけ、ないでしょうが?

と鏡を覗き込む。

ふーむ。
この縦線が見えないのかしらね…?

っていうか、所詮、人のことなんて、そんなもん(w)。

興味ないというか、そんな細かいところまで、いちいち気にして見ちゃぁいない、ということなんですね。

ということが判明しました(w)。

ドクター曰く、
「術後6週間が過ぎたら、100%今まで通りの生活に復帰してね。テニスだってまた始めないとダメよ」
と半分強制的に言われた次第。

え?テニス?
でも、患部はまだ腫れていて、走ったりしたらガンガン響いて痛いんですけど?

と言っても、アメリカでは、ある時期が着たら怪我人だって怪我人扱いしてもらえない。
痛みも忘れて「普通を装う」こと、これは大切なのかも、ですね。

キビシー(汗)。

ちなみに、スケートボードでひびが入った長男の腰の骨は、半年かけていろいろと治療していたのですが、ドクターからは
「もう治りません!」
と宣言されてしまいました。

つまり、骨のひびや接骨は、半年かけても治らない場合は、治らない、ということ。
さじを投げられたと思うかもしれませんが、そういうわけではなくて、「治療しなくても大丈夫」という判断です。

ある意味、スポーツ障害というものは、スポーツする人にとっては、免れないもの。

長男の怪我の正式名は「pars stress fracture」と言って、日本語にすると、「腰椎分離症」や「疲労接骨」というものになるのだと思う。

症状としては、我慢できない痛みじゃないわけだし(まあ痛みは本人にしかわかりませんが)、生死に関わるものでもないので、手術もなし。

ドクターからも
「You have to live your life. And skateboard with the pain.」
と言われました。

つまり、痛みと共に生きろ、ということ。
痛いからって、人生を左右されていてはダメだということ。

「スポーツ選手なら、誰だって、そうやって生きている」

と言うことになり、私がずっと言って来たこと(ど根性入り精神論)は無視し続けていたくせに、ドクターの口から聞くと、なんだかしっかりと説得させられている長男って、何?と思いましたが、何とかいい方向へ向かっているようです。

実際に長男は、それ以来、腰の痛みは一言も言わずに、スケートボードに励む毎日。

彼の場合、痛いのが辛かったのではなくて、スケートボードができなかったのが一番のストレスとなっていただけに、今はもうハッピーそのもの。

今までの苦しみは一体なんだったんだ?

と思えるほど、何もなかったことのように、生活しています。

勿論、ケースバイケースで、注意が必要な時もあり、何事も無理をせず、自分の体と相談しながら生活することは大切なのですが、彼の場合は、本人が、怪我人である、という負の意識を捨てたことが、いい効果に作用したのだと思います。

つまり、これも気持ちの持ち方次第で、どうにでもなるという証し。
長男も頑張っていることだし、春にもなったわけだし、私も、踊りに行ったりするぞー。

I will dance my heart out~ ♫

と、精神的にも怪我の痛手からやや回復していた頃。
一通の封筒が保険会社から届きました。

中を開けると、「アンケート(Questionnaire)」と書かれており、今回の怪我についての質問が5個ぐらいリストされた紙が入っていました。

ふむ?

そして、なぜこのようなものを送ったのかその理由もはっきりと書かれていました。

ほぉ。

保険会社としては、今回の怪我代である約12000ドル(1ドル120円としたら約150万円)のほとんどを払ってくれたわけで、私以外の関係者がいるのだとしたら、場合によっては、その人や団体に支払い義務があるものかどうかを調べる必要がある、ということ。

怪我をした理由は何か?
何処で怪我をしたのか?
一緒にいた人は誰か?
怪我をした場所はどこか?
弁護士がいる場合は、連絡先

などなど、細かく記すように書いてありました。

なんですか、これは?
かなり攻撃的な構えで、びっくりしてしまった次第です。

こんなこと、答えたくないな。
すっごい立ち入った話だし、こういう個人情報は、提供したくありませんっ、というのが、率直な反応でした。

私はなにも悪くないのに、何故かディフェンス態勢へとなってしまいました。

保険でカバーされるし、安心だわー。
なんてのんきに構えていたら、なんだか大間違いでしたね。
いきなり、いやーな気持ちになってしまいました。

さすが、訴訟の国、アメリカだったってこと(怖)。

平和主義で、もめごとが嫌いな私だって、過去2回、裁判になりそうになって弁護士を立てたことがあります。

ビジネスをしていたら日常茶飯事(で、むしろ、名誉なこと)だと慰められましたが、私生活においても、

1)離婚手続き
2)不動産購入関係
3)スピード違反時NC州独特の法律「Prayer For Judgement」対応

と、同時期に3人の弁護士に全く異なった事をそれぞれお願いしていた時期もあります(汗)。

(攻撃的な人が多い)ニューヨークに住んでいた時は、子ども同士の喧嘩や怪我が原因で、訴訟問題になる(なった)、という話もよく聞きました。

アメリカでは、子どもが遊ぶ施設やスポーツセンターでは、「同意書(waiver)」にサインをするのが常識だし、自分の家の敷地内で事故が起こった時に適応できる保険は、ホームオーナーでも賃貸者でも、例外はありますが、入るのが義務づけられています。

そのようなことを考えると、今回の場合も、事故の責任(つまり治療費支払い責任)を相手側に押しつけようと思ったら、可能な要素は充分にある、ということなんですね。

まあ、保険会社も、ビジネスですから、法的支払い責任者を見直すことは、会社としては正しい見解なのでしょうが、人間の個人的感情が入って来るので、コトは、多少ややこしくなるわけです。

テニスをしていた相手には、怪我をした直後に
「訴えたりしないから、大丈夫」
とは冗談で言った言葉でしたが、勿論、私自身はそんなこと、現実的にはこれっぽっちも考えていませんでした。

相手は、
「ほんとうにごめんなさい!」
と何回も言っていたし(← 誤るなんて無防備ですね。アメリカ人にしては珍しい!)

こういう時は、面倒だから、とんずらする人だっているでしょうに(← 友人と言っても付き合いはそんなに長くないし)、
「僕でよかったら毎日会いに来る」
と、私が家でゴロゴロしていた時も言ってくれていたし(← 勿論断りましたけど。こんな酷い顔、見せたくないもんね)

バラが好き、と言ったら、今まで見たことないぐらいの大きいバラの花束を送ってくるし(← その昔、バラ100本っていうのは、ありましたが)、
「どんなことでもする!」
と言っていました(← ふーん)。

相当私のことが好きなのね?

と思っていたのですが…

それはもしかしたらそうではなくて、
単に訴えられないように、ひたすら気を回していただけなのかも、と思えて来ました(w)。

(これについては、確認してませんが)

なるほど…

ある友人に言わせれば

「誠意のある人ならば、保険料ぐらいは、自分が払うとか、全額でないにしてもいくらか出すとか、言うんじゃない?
むしろ、険悪になって、裁判なんかになったら、もっと凄い額を払わされることになるかもしれないし、
そんなことになる前に、保険料ぐらいは払って和解しておく、というのが賢いやり方よ」

と言うこと。

確かに、私が逆の立場だったら、そうするかもしれない(少なくともそのようなオファーはするかも)、と思いました。

ああ、何だか面倒くさいな。
っていうか、もうどーでもよくなってきた。

これじゃあ、百年の恋も冷めるっていうものね(w)。

聞く話で言うと、私が払う分の料金や、仕事で休んだ分の日給なども計算して、相手側に請求する人などもいるらしい。

ふーむ…

でも、それって、どうよ?

(溜息)

明らかに酷い扱いを受けているとか、権利を踏みにじられているとか、交通事故など因果関係がはっきりとしている場合は、当然だと言えるけれども、コトあるごとに、話し合いをすっ飛ばして、法律の話やら弁護士を出して来る人たちは、やはり、どう考えても好きじゃない、かも。

個人同士だったらなおのこと。
だから、自分でもそういうことはしたくない。

「常識で判断すれば、何とかなるでしょうに。
しかも、そんなお金もらったり、勝ち負けをはっきりさせたりして、嬉しいのかな?
私だったら、自分の責任の元で納得して起きた事故として、とっとと自分でお金払って、テニス楽しかったね!またやろうね!とハッピーな気持ちでいる方がよっぽどいい」

と友人に言うと、

「アナタ、お人よしね。アメリカに何年住んでるの?」

と言われてしまいました(w)。

ということで、(自分のことなのに)変に巻き込まれたくないな、と質問状も一瞬無視しようかな?と思ったりしたのですが、こういう場合、保険会社に協力しなかったら、最終的には、払ってもらえるはずの保険料も払わない、ということになりかねないので、やはりここは、丁重に「ウソはつかず、多くを語らない」という方向で協力した方がいいという結論に達した次第です。

アメリカ社会で最も大切なこと。
それは「ウソ」をつかず、誠実である、ということですからね。

そして、「無視」もいけません。

アメリカは、住みやすくて、なんていい国なんだ、と今回の怪我で痛感していましたが、怖い部分もかなりあるということ。
そんなことは、前からわかっていたことでもありましたが、リマインドとして、思い出してよかったです。

アメリカは、言い換えれば、正義の国でもあるわけで、やはり何でも正しく「公平」に判断されるという意味では、正しいやり方なのかもしれません。
で、わかったことですが、保険会社のこの手の質問状は、よくあることなのだそうです。

「うちにもいつもそれ、来るわよ。私は、軽く受け流しているけどね」

家族が立て続けに怪我や病気をしたことがあるという友人は、そのように答えていました。

このことでまたいろいろ考えることはありましたが、判断がどういうものであれ、人生なんでも自分で納得して生きているのとそうでないのとでは、雲泥の差があるということは、実感しました。

自分の人生を生きるとは、正にそういうことかもしれないな、と。
簡単に言うと、人生を「理解」しながら生きているかどうかで、幸せ度が変って来るということ。

いろいろなことを理解する心があれば、大体人生どんなことでもオッケイになりますからね。
怪我をしたことにも、自分で理解し納得ができていて、本当によかった!

いろいろな考え方があるとは思いますが、私の場合、相手に責任があると疑った時点で、腹が立ってきて不幸に陥る自分の姿が見えてきますから。

自分が不幸になってしまうことは、本能的にも避けたいですよね。
だから、未だに顔が痛くても、幸せです(w)。

マジで…

これもおひとよしですかね?

まあ、何でもいいですが、心が平和であることが一番。

本当に、まだ麻痺していますが(汗)、このぐらいの怪我でよかった!と心から思ってます。
全く、もう、人騒がせな「質問状」ではありましたが、多分、一件落着したと思います。

PS: 野球選手のダルビッシュが右ひじ靭帯損傷のため手術をしたそうですね。

最近、手術をした人たちのことにやたらと反応してしまいますが、無事に終わったそうで、よかったな、と思っています。

それにしてもダルビッシュ選手が受けたトミージョンという手術、復帰まで1年半ぐらいかかるようで、ほんとうに、スポーツ選手というのは、常に怪我と向き合わなくてはならず、大変だなと思います。

手術も大変ながら、実はもっと大変なのは、手術をした後のリハビリなのだそうです。

同じ手術をしたというメジャーリーグの選手が言っていました。
長くて険しいリハビリに、「可もなく不可もない毎日の積み重ね」を淡々とこなせるかどうか。

投げられないもどかしさに耐え、我慢することができるかどうかで、このリハビリが成功するかどうかがかかっているのだとか。

「孤独な、不安と焦りとの戦いである」らしい。

ひゃーっ。
かっこいい!

っていうか、やはり一流のスポーツ選手となる人たちの言葉は違いますね。
今の長男にも是非言い聞かせたい!

私だって、レベルは全然違うけれど、毎日やはり我慢に我慢を重ねているわけで、こういう記事を読むと、頑張ろう、という気になるものね。

私はしたいことができないもどかしさがないだけ、救われているはず。

ダルビッシュ、頑張れ!
私も頑張るどー!

Photo Credit: William Murphy via photopin (license)

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