ヒトコの小径

特別秘密保護法案:アメリカにおける2つの世界と、そこで私が愛が足りないと思うわけ

さて、このところいろいろとニュースになっている「特別秘密保護法案」について、むずかしいことはわからないけど、個人的には、ちょっとそれ、やめてほしいなと思っている。 一応、私だってアーチストの端くれ。 表現の自由や言論の自由を信じている。

さて、このところいろいろとニュースになっている「特別秘密保護法案」について、むずかしいことはわからないけど、個人的には、ちょっとそれ、やめてほしいなと思っている。

一応、私だってアーチストの端くれ。
表現の自由や言論の自由を信じている。

それに、ジャーナリストというわけではないけど、「情報」を伝える仕事にも携わっているので、人々の「知る権利」はどうなるんだ?と非常に納得がいかない。

逆にもっと情報は公開して欲しいと思うし、したいと思う。

この世の中で、一番大切なのは、なんと言っても、やっぱりコミュニケーションなのだから。

アメリカ(ニューヨーク)に最初に来た時に、アートスクールでエディトリアルデザインというクラスを取っていた時。

ユダヤ人のいかにもニューヨーカーというアートディレクターの先生に

「ヒトコ、あなたは、もっと自分のことをさらけ出さないとだめよ。
日本人は、シャイなのか、何を考えているのかわからない。
とってもミステリアスで、ある意味興味をそそられる部分もあるけど、とっても危険。
この国ではね、そんなことでは生き延びられないわよ」

と言われていた。

後に、彼女とのインディペンデントスタディーの単位用に、私は自分についての本をデザインすることになったのだが、それが、数年後に日本語で出版されることになった私のエッセイ本の原型になったのだ。

ニューヨークでは、自分のことを本当に上手にアピールする人たちがたくさんいる。

地下鉄で物乞いするホームレスでさえも、レトーリックなスピーチで、なぜホームレスになったのか、なぜお金が必要なのか、自分にはどのような夢があるのか、などなど自分のことを永遠に語っていたりする。

そういう人たちを横目で見ながら、自分の殻の中に閉じこもっていた時に、よく彼女がこう言っていた。

Reveal yourself.
Express yourself.

それ以来、その言葉が私の頭の中で、ずっとこだましていたわけで、彼女は、そういう意味でも、私のメンターとなった。

コミュニケーションは、この国ではとっても大切。
というか、これは全世界共通なんじゃないか。

日本では、夫婦は「空気のような存在」と言うけれど、アメリカ人にはこの感覚は通用しない。

大抵みんながまず第一声として

「空気だなんて、そんなの酷い!」

と言うし、夫婦でも他人なんだから、思っていることなどは、言ってくれないとわからない、と言う。

空気を読む、読めないなどと、日本では言うらしいが、この国では、「詮索(assume)」することは、どんな人間関係においてもやってはいけないことだと認識されている。

詮索なんてしてないで「Ask me.」である。

Let me know what you think.
Let me know what happened.

などなど。
アメリカ人との会話ではよく出てくるフレーズ。

あれ?どうしてかな?

と思われる前に、先回りをして充分な情報をしっかりとこちらから与える。
これは、この社会での原則のように思える。

特に、どうってことないので言わなかったことでも、逆に相手に伝えなかったことにより、「隠していた」と怪しまれ、黙っていたこちらが悪い、と批判されてしまうことも多々あるわけだ。

それは、ビジネスでも同じこと。

だから、アメリカでは、何でも言わないといけない、と私は思っていた。

(勿論、「考えることは同じ」と言う意味での Great minds think alike. とか Are you thinking what I am thinking? などと、親密な間柄になると、言わないでも通じる「阿吽の呼吸」というのも存在するけど。)

その反面、とっても秘密めいた世界がアメリカにも存在するという事実も、かなり前から感じていた。

そもそも、今回の「特別秘密保護法案」についても、そのモデルとなっているのが、やたらと「国家機密」を生み出すアメリカ政府ではないか。

勿論、企業にだって、「企業秘密」と言われるものはあるし、それが、一つの国の政府レベルになるといろいろとあるのだろう。

と言うことは充分に理解できる。

しかし、アメリカには排他的な秘密クラブとか、プライヴェートクラブは、一般市民のレベルでも存在するのだ。

至る所で、階級や差別などによる閉ざされた世界があるわけで、みんなが平等だなんて、絶対にウソ。

一方ではコミュニケーションが最も大切だと言うオープンな社会があり、そのもう一方では、とってもプライヴェートなある特定の人しか入ることができない閉ざされた社会が存在する。

これも、アメリカ社会の矛盾かな。

そういう人生最初の「クラブ」とは、アメリカの大学によくある、フラタニティとかソロリティと呼ばれる社交クラブだと思う。

聞くところによるとそのようなクラブに入ると会員にしか教えられない秘密の暗号や握手などがあり、そこでのルールなどは、会員にしか共用できない「秘密」であり、外部者には絶対にもらしてはいけないという鉄則があるらしい。

この辺の地元の UNC にもそういうクラブがたくさんあって、ドミトリーや校舎には、クラブのシンボルが目立っていたりする。

真意の程はわからないけど、そのシンボルには、会員にしかわからない秘密の意味が含まれているのだとか。

hitoko_dec2013_1

hitoko_dec2013_2

UNC内の社交クラブの建物。

フラタニティやソロリティは、ほとんどがグリークのシンボルを使用していて、建物にもグリーク文字が書かれている。

最近は、学生の「飲み過ぎ」や「ヘイジング(新入生に対するしごき)」などキャンパス内で問題が起こる場合が多い。

週末に、フランクリンストリートへ行くと、このようなベンチに生徒たちが集まって「交流」している姿が多く見られる。

屋根の上に何故椅子があるのかは、疑問(w)。

保護者的には、「危ないなー」っていう感じ(?)

まあ、そのようなクラブは、「友愛」クラブなどとも呼ばれていて、会員同士は「ブラザー」であり「シスター」となる。(そういうクラブのあり方は「フリーメイソンリー」が原形となっているらしい。)

大学の社交クラブは、他にもいろいろとあって、秘密クラブでないにしても、かなりな排他的要素を含む独特の雰囲気があるわけだ。

今や世界最大のソーシャルネットワーキングシステムとなったフェイスブックは、当時ハーヴァード大学の学生だったマーク・ザッカーバーグが、同大学の「ファイナルクラブ」に入れなかったその腹いせで作った、という噂も有名。

イェール大学などになると、「スカル&ボーンズ」というエリートしか入れない「秘密結社」へと世界は広がる(と言うか、閉ざされると言うか)。

秘密結社?
まるでそれは映画の世界(w)。

一般庶民には程遠い、と思っていても、結構、こういう人たちは、身近にいるかもしれないわけで、何しろ「秘密」なんだから、知る術もない。

オープンな様で、閉ざされているアメリカ。

… と、面白く書こうと思えばそうなるが、「スカル&ボーンズ」の会員名簿なども公開されているし、活動内容は明かされていないにしても「秘密結社」と言う程のものではないのかも。

個人的には、「秘密結社」とは、なんとも時代錯誤だなというふしもあるし、「スカル&ボーンズ」に限って言うと、多分、英語訳にも問題があると思う。

英語では、「Skull and Bones」とは「Senior Secret Society」であって、閉ざされた秘密の世界であるにしてもあくまでも学生の「社交クラブ」だ。

それが、日本語になると「秘密結社」となってしまうのは、その辺が、日本とアメリカでの受け取り方に、やや違いがあると思う。

そういう捉え方は、フリーメイソンリーにも言えることだと思う。
いろいろなことを言われているフリーメイソンリーだって、今やウェブサイトやFBのアカウントを持つ時代。

というか、この団体は、よく知らないけど、決して秘密結社ではないと思う。
時代が変って来ているのだと思うけど、結構オープンにしているメイソンたちも多いのだから。

グランパがメイソンだったという友人によると、勿論、一々詳しいことは家族にも話さない、というのが鉄則らしいが、それは、「男が仕事の話を家庭でしない」というのと同じレベルだったりする。
(でも、細かく 話をする人もいるらしい、笑)

つまり組織のあり方としては「殿方娯楽クラブ」という感じで、会員は、それはそれはいろいろな人たちがいるので、考え方も様々、と言ったところなのかな。

私が感じているところでは、アメリカでは、むしろ就職の時にも有利なネットワーキングシステムだとか、ただの親睦会だとか、志の高いおじ(い)さんたちが集まる比較的、明るい慈善事業団体だと思われているように思う。

世の中には、話をいろいろと面白くしてくれる人たちがいるわけで、内部で行われる秘密の儀式などは、確かにちょっとオカルト的で気持ち悪いものらしいけど、それも受け取り方次第。カルトだと言う人もいるし、そうじゃない、と言う人もいる。

あくまでも人から聞いた話なのでなんとも言えないが、敢えて、言論の自由の下で、言わせてもらうと、こういう類いの話は、もともと情報が乏しいだけに、いろいろな想像で、話が膨らんでいるだけにしかすぎない、と思う。

それは、自分たちのことをあまり語らない会員たちにも責任があるわけで、実際に会員が減って来ているという事実も、蓋を開けたら思っていたのと違ったと失望する人も多いからだとか。

必要以上に謎めいたものにしておいて、自分たちは「特別」だと少数派で密かに楽しんでいるだけじゃない?という人もいる。

そして、外部の人には、上から目線。

もしそうだとしたら、それって、アホらしいっ。

そう言うことを言うのは、妹がフリーメイソンと婚約していたという友人だ。
彼女の妹は、

「Boys are silly!(男って、バカみたいね)
何だか本当に、不可解なところが多くて、わけわからないわ」

と言うことで結局、別れてしまったらしい。

友人はそういう妹をかばいつつ、

「でもね、きっと男性たちも、私たち女性のことをそう思っているのよね(w)」

と言っていた(w)。

フリーメイソンリー云々よりも、やっぱりコミュニケーション不足というか、つまり、愛が足りなかったと言うかね。

お互いに「違った」と言うことだ。

ただいずれにしても「招待制」というステータスのある特別な「クラブ」であることには変わりなく(←多分)、私たちが決して知ることのない「秘密の結束」があり(←多分)、会員同士はどんな時にでも忠誠を誓った「家族」であるわけで(←多分)、そういう人たちが、もしかしたら1%と言われている人たちでもあり(←多分)、アメリカを操っているのかも、と思うと、確かにちょっと怖い気もする(w)。

個人的には、そういう「楽しいクラブ」なのだったら、なんで秘密にしておく必要があるのか?
それがやっぱりどう考えてもよくわからない。

秘密があるところ(隠そうとする態度)には、絶対に問題が生じて来る。
そういう基本的なことがわからないのかな?

今回の「特別秘密法案」の安否にしても、反対派は、秘密にするから、ますます私たち国民が政府に対して不審を多く持つようになるわけで、ただでも何をやっているのかわからない日本の政治なのに、ますますわけがわからなくなる、ということでしょう。

一言説明してくれたら、それで済むことも、下手に隠すから、無駄な想像を膨らませる。

これは、個人的な人間関係においても、国同士の政治的関係においても、どんなものでも同じだと思う。

どうでもいい。
面倒くさい。
言ってもきっとわからない。

と思うのだったら、それは、いかなる関係においても、愛がない証拠。

どう説明したらいいかわからない。

と思う場合は、コミュニケーション能力がない、ということ。

そのようにコトが大きくなる前に、しっかりと説明しておけば、そもそもそういうことにもならなかったはず。

でもって、そういう態度でいると、コミュニケーション能力は、ますます衰退していくばかり。

大人版ソロリティ(婦人クラブ)に入っている友人によると、反会員である恋人に対して「コソコソ」としているように思われないように、やっぱり気を遣うことも多い、と言うことだ。

「だってね、ミーティングとかボランティアとか、いろいろと時間が取られることが多いしね。
一々説明するのが面倒な時になると、そりゃあ喧嘩の原因になったりするわ」

日本の場合だと、詳しい説明を妻にしないで「男同士」の夜の飲み会や週末接待ゴルフに出かけて行く旦那に妻が怒って険悪になる、という状況かな。

やっぱりねぇ。

そういうところでもめている関係は、なんだかんだ言っても、愛の深さの問題なんじゃないかな、と思うわけ。

お互いのことを思いやる気持ちがあったら、全然問題なんて起こらないのではないかな?

人生って、人が思っているよりも、全然シンプルなんだから。

国際問題に対応し、自国を統括する政治となると、そう簡単ではないのかもしれないが、コトを難しくしているのは、むしろそれを扱う政治家であり、自分で自分の首をしめているのではないかなと思う。

だから、面倒になって「秘密」にしたくなるのでは?

とまあ、 「特別秘密法案」のニュースから、いろいろなことを考えた、ということ。

そして、結論として思ったことが、全然政治とは関係のないところの話になってしまったのは、所詮、私は、子どもを育てることに精一杯の母親だから、ということと、愛こそ全てだと思っている乙女な女であるからだ(w)。

やっぱり私は、秘密は嫌い。
(だからと言って、全てを知りたいだなんて思わない)

そして、男だったら、堂々と生きろ。
(日本の政治家をはじめ、なんかうさんくさい人たちへ)

どういうことであろうと、私は自分の人生の生き方として、子どもに恥じない人生が送れているか。
どんなことが起こっても、子どもに対して、堂々と胸をはっていられるか。

それが、親である私にとっては、一番大切なことであると確認した。

そういうことが、子どもを立派に育て上げることができる重要な要因なのではないかとも思う。

愛をもって
コミュニケーションを大切に
人生、誇り高く、そして、シンプルに生きる。

それが、私が大切にしている人生の約束だ。

Featured Photo Credit: -Reji via photopin cc

「約束」って、「秘密」よりも、断然いい響きがある。

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3 comments on “特別秘密保護法案:アメリカにおける2つの世界と、そこで私が愛が足りないと思うわけ

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