おひとりさまが行く!NYお気楽サバイバル日記

ハリケーン・サンディー被災地、地域ぐるみで頑張るブリージーポイント

マンハッタンから車で約一時間、JFK空港の南西に長く伸びたロッカウエー半島の先にブリージーポイントがあります。 普段は大西洋に面して長く続く砂浜、海からの風を満喫できるリゾート地のような住宅地です。

マンハッタンから車で約一時間、JFK空港の南西に長く伸びたロッカウエー半島の先にブリージーポイントがあります。普段は大西洋に面して長く続く砂浜、海からの風を満喫できるリゾート地のような住宅地です。

住民はアイルランド系が多く、アイリッシュ・リビエラと呼んで、海沿いの暮らしを満喫しています。

以前にも紹介した友人のマリリンは、このブリージーポイントに住んで、トラベルショップを経営しています。

ここは、ハリケーン・サンディーで水害と火災のダブルパンチで被害がひどかった地区のひとつです。
ハリケーンの夜、ニュースから流れる画像にハラハラさせられるばかりでした。

地域にはボランティアの消防組織がありますが、一階部分が浸水してしまい、消防車どころかスタッフも取り残されてしまったそうです。
100棟以上が焼失していくのになす術がなかったのは悔しかっただろうと思います。

去年のハリケーン・アイリーンの時と違って、避難勧告にもかかわらず、今回は逃げなかった人が多く取り残されました。

去年の被害が思ったほどでなかったのと高齢者が多いのが理由で、マリリンの弟のケビンは取り残された人たちを救助しに行ったと話していました。

「手伝いに行くからいつでも連絡してよ」と言っておいたので、3週間近く経った週末に、「片付け手伝って~」コールがありました。

とにかく現地がどうなっているのか皆目見当がつかないので、防寒対策した上にレインジャケットを着て、長靴を履き、バックパックにマスク、ゴーグル、使い捨て手袋、水、温かい紅茶、おにぎりを背負って出かけました。

がれき回収車が行き交う両側の家は建物自体は何事もなかったように見えますが、すべて床上浸水しています。

yvonne34_1

家は被害の度合いでレッド、イエロー、グリーンのタグで分別されています。
レッドは立ち入り危険、イエローは立ち入り制限付き、グリーンは立ち入りOK。

友人宅は幸いにもグリーンタグでしたが、一階部分は完全に床上浸水でした。
家は1メートルはかさ上げして建ててありますが、写真の階段上、壁板三枚目のところくらいまで水が来たそうです。

窓に水の後が付いていますが、これはかさ上げしたポーチの上ですので、アメリカ男性の胸くらい、私の身長くらいまで水が上がったのです。怖いです。

yvonne34_2

yvonne34_3

一階のリビング、キッチンの家具や電化製品、キャビネットなどは水浸しになったので、ボランティアや消防の人たちの協力で運び出してもらったそうです。

まだ湿気を帯びているので、プロパンヒーターで室内を乾かしながら、床と壁の下半分をはがしていました。

この日は弟のケビンを「おじさん」と慕う近所の少年が手伝いにきていました。
遊びたい盛りの少年がTシャツ一枚になって後片付けを手伝う姿には感心させられるばかりでした。

テレビだけは助かったそうで、何と空しいコントラスト。

yvonne34_4

この日もまだ電気は来ていませんし、水もガスもありません。

どうやって暮らしているのかと心配していたのですが、トレーラーハウスを借りて駐車場に置いて仮設住宅にしていました。賢い!
小さいながらも、キッチンもトイレもシャワーもベッドもありました。

yvonne34_5

地区の中心にできたセンターには支援物資が外まで高く積まれていました。

片付けに必要なゴミ袋、ペーパータオル、ウエットタオル、マスク、手袋をはじめ、懐中電灯ほか生活用品はここで調達できます。
特に個数制限もありませんでした。

yvonne34_6

隣には温かい食べ物のテントが作られていて、長い列ができていました。
アメリカ版炊き出しのメニューは、ホットドッグ、ハンバーガー、チリ、パスタです。

作っているのは男性陣。
なんと言ってもバーベキューで鍛えた腕前ですので、お手の物です。
配るのは女性陣です。

yvonne34_7

私も、ボランティアの消防士チームのハンバーガーとホットドックのお相伴にあずかり、トレーラーハウスの中で私が持参したおにぎりと一緒に「インターナショナルミールやねぇ」と言いながらみんなでランチブレークをしました。

yvonne34_8

この日は、NYUの学生達がソーラー式電灯を各戸を回って配っていました。

yvonne34_9

マリリンともう1人の助っ人デビーと私は、日が暮れるまでデッキに運び出された家財道具の廃棄や仕分けに明け暮れ、がれきの前で「イエーイ」と歓声を上げたのでした。

yvonne34_10

私が手伝えたのはほんの一部で、家の修繕には多大な費用もかかるでしょうし、日常に戻るには時間がかかりそうです。
友人姉弟も難儀な暮らしを続けていて疲れやホコリで、風邪をひいたり、気管支の調子を悪くしていました。

そんな状況でも、がれき回収や復旧工事の作業員が通るたびに「ありがとう!お水持って行く?」と声をかけているのです。
死者ゼロというのも奇跡のようだと話していました。

たくさんのボランティアや地域の人たちが動いているのに混乱がないのにも驚きました。

片付けをしながら、日本の311の事を思い、重なりました。
311は想像を超えた被害だったのだろうと、あらためて実感しました。

私ができることで末永くサポートしたいです。

Advertisements

愛知県出身。名古屋でラジオレポーター、番組構成、イベント企画、CM制作など。91年、ニューヨークに移住。 日系出版社勤務を経て、キッズファッションにキャリアチェンジし奮闘中。 「一生に食べられる食事回数を考えると一食一食が粗末にできない」が信条。

1 comment on “ハリケーン・サンディー被災地、地域ぐるみで頑張るブリージーポイント

  1. 片付け、お疲れ様でした。

    本当に大変だったんですね、、、

    クリスマスまでに復旧するとよいのですが。

    また、情報、お願いしますm(__)m

    Like

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out /  Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

Connecting to %s

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.

%d bloggers like this: