ヒトコの小径

私とニッチの始まりと、ニッチでない私の人生のこと

それは、4年前のこと。
私が2冊目のエッセイ本を出した時だ。

自ら営業しようと、インターネットで 、いろいろと検索していた。 その時に、ニューヨーク在住のライターで、当時「ハーレム日記」という人気メールマガジンを書いていた弘恵ベイリーさんのサイトを見つけた。

「hitoko u.b. new york」のスカーフをまとう私。
2006年8月、東京にて撮影。

彼女にメールを出してみると、直ぐに返事が来て、「今度、会いましょう」という話に発展。

お腹が大きい妊婦さんだったにも係わらず、ハーレムからわざわざマンハッタンのダウンタウンにある私のオフィスまで来てくれた。

いろいろと話をしているうちに、「ニューヨークニッチというメールマガジンで、いろいろ書いてみませんか?」と誘われた。

後で、そのメールマガジンとやらをチェックしてみると、私がその昔、東京の広告関係会社で働いていた時に、同僚だった旧友が携わっていることがわかってびっくり。

「Small world(世間は狭い)!!」

と、同時に「ニッチ」へのお誘いは受けるしかない、と運命的なものを感じた次第だ。

それからというもの「子育てエッセイ」の枠を持たせてもらって、そこへ私が以前から書いていた「アメリカーンな子育てはお好き?」というメールマガジンを転送させてもらっている(「エッセイの園」でも記事を書かせてもらってました。今後は、その二つをまとめて新しく「ヒトコの小径」として別枠で登場しますので、お楽しみに)。

私は、東京でずっと広告業界に携わっていた。

伊勢丹のモデルをした時に使ってくれたアートディレクターから

「モデルなんか辞めて、デザイナーになりなさい」

と言われたのをきっかけに、彼のアシスタントデザイナーになることを決心した (丁度その直後、水疱瘡になって、一ヶ月入院することになった。回復後もしばらくは、顔や体にも跡が残っていたので、モデルはできないと思った。それも転職しようと思った理由の一つ)。

それからの数年間は、日本の広告/ファッション業界で、過酷に働いた。立派なデザイナーになることを夢見て、一生懸命、頑張った。

当時つき合っていた広告代理店勤務の若手コピーライターと結婚し、流行のDINKSになった。

しばらくすると、業界ではよくあることだったが、夫婦がギクシャクしていることに気が付いた。そして、離婚。

結婚も、同級生の中では第一号という感じだったが、離婚したのも第一号。

周りからは、その勢いの凄さに一目置かれていたようだが、本人としては、その頃から「人生、何だか険しいぞ」と感じ始めたわけである。

不幸中の幸いで、私が離婚した時は、日本はバブル全盛期。

デザイナーとして大手広告代理店と一緒に「長野オリンピック招致活動」などにも参加していた私は、金銭的には余裕があった。

いっそのこと、ニューヨークに行ってしまおう。ニューヨークで、デザイナーとして磨きをかけたい。

そんな想いが頭をよぎっていた頃。1992年のことだった。

ニューヨークで生活するようになって、 今年で14年が経つ。

渡米直後に父が亡くなり、辛い時期が続いたが、何とかアートスクール(SVA)を卒業し、アートディレクターとして職にもありつけた。 その後、アメリカでもバブルを経験し、いい思いもさせてもらった。2人目の子どもがお腹にいた時に、9/11も経験した。それからバブルがはじけて、大変な思いもした。

ニューヨークにいると、いろいろな思いが込み上げて来る。
それを本にして、出版した。

いろいろあったが、映画のタイトルデザインを経て、現在は企業相手の広告制作、ウェブデザインなどをメインに、フリーランスデザイナーとして、頑張っている。

この秋からは「hitoko u.b. new york」という自分のブランドラインをプロデューサー兼デザイナーとして、立ち上げることになった。

第一作目は、シルク100%スカーフを、書家アーティストとのコラボ作品として発表する。

伝統的な手法を用いて丁寧にハンドメイドで作られた、トップクオリティの「日本製品」を、世界に発信する予定。

「hitoko u.b. new york」のオリジナルスカーフ2柄。

第一弾目のテーマは、「Japanese New Modern」。日本らしさを全世界に再発信させる。
シルク100%で全てハンドメイド(手捺染/手縫い)。

ニューヨークを皮切りに、東京など世界各地で発売される予定だ(US$100)。

しかし、私の現在の本業は、10年前に再婚した夫との間にもうけた、3人の子どもの母親だったりするわけで、まだまだ子どもが小さいので(7歳半、もうすぐ5歳、2歳とちょっと)、仕事が思いっきりできずに悩むことも多い。

東京に帰ると奥田瑛二と合コン(?)したり、業界人との接触もある刺激的な生活だ。
しかし、ニューヨークでは、 極めて子ども中心で、世間の雑踏からはかけ離れたところで生活している。

今のところ、混じり合うことのない生活だが、結構、それが心地よい。

年に数回行われる「ニューヨークニッチ」のメンバーとの会食ミーティングは、ニューヨークで平凡な生活を送っているそんな私に、常に刺激を与えてくれている。

「ニッチ」、これからもよろしくね。

「hitoko u.b. new york」オリジナルスカーフ(US$100)は、ニューヨーク/東京の百貨店などで販売予定です。
ニューヨークセーラムギャラリーにて、9月26日から3週間にわたって始まるアーティスト「篤美」の個展でも、購入が可能です。オープニングレセプションは、28日の6時から。私も行きますので、ニューヨーク在住の方は、是非、お立ち寄りください。

上山仁子その他のサイト・HP子育てブログ
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ニューヨーク在住15年を経て2007年12月よりノースカロライナ州へ生活の拠点を移したグラフィックデザイナー兼ライター。英語学習・ティーン向け・女性のためのコーチングも行っている。

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