ヒトコの小径

笑うしかない時に笑えなかった結果

先日、仕事帰りの電車の中で、目の前に若い黒人のカップルが仲良く座っていた。多分、夫婦ではなくて恋人同士なのだろうなあと思ったが、男性が女性を扱う仕草がとても愛情溢れていて、見ている方も幸せな気分になった。

以前、私には黒人男性で仲のよかった友人がいた。その人を通して、黒人の持ち合わせている「ソウル」というものは、日本人の「心」にも近いものがあり、日本人と黒人にはわかり合える何かがお互いに存在する、と感じていた。その友人とはそれほど深い付き合いでもなかったので、電車のカップルのようにいい感じにはなれなかったのだが、彼らを見ていたらふとそんな昔のことを思い出した。

夏の日差しが強い日は、彼はいつもかなり肌のことを気にしていた。「僕は肌が弱いから、すぐ日焼けしちゃうんだ」などと言って、カフェで席を選ぶ時にも、直射日光を避けて冷房の利いた屋内の席を好んでいた。「ブラックでも日焼けするんだぁ。こんなに真っ黒なのにもっと黒くなるの?」なんて冗談を言ったのを、彼のことを振り返る時は、必ず思い出して顔がほころぶ。

これはあくまでも私個人の意見であるが、私が思うに、黒人の男性はとても優しい。以前、黒人女性が「彼らは私たちをプリンセスにしてくれて、まるで本当のプリンセスのように扱ってくれるのよ」と言っていたのを聞いたことがあるが、それにもすんなりと納得ができる。アメリカの白人男性には、そんな風に感じたことはないなあ。彼らは日頃、レイディファーストくらいは実践していても、実際に付き合ってみると、心の根底では「男女平等」を信じる超現実派が多いような気がする。アメリカの金髪白人系男性が、白馬にまたがる王子様になることは、絶対にない(私の男運が悪いだけなのか?)。

日本では一般的に「アメリカ人男性は、人前でも照れることなくしょっちゅう女性と豊かな愛情表現を交している」と思われているが、それはちょっと違う(と思う)。アメリカでも、人種を問わずドメスティックヴァイオレンスはかなり問題になっているし、アメリカ人といってもいろいろあって、例えば、既婚のアメリカ白人男性の場合、毎朝仕事に出かける時にワイフにキスをするかどうかというパーセンテージは統計的に言ってもとても低いのだそうだ。ストリートで、ちょっとイチャイチャしているカップルがいるとしたら、それは大体がヨーロッパや南米から来た「外国人」たちである(但し若者は、国境や民族が違ってもあまり差はない模様)。

ラテン系の友人が言っていたが、ラテン系の男性は「もうすっごくスウィート、でロマンティスト。耳元でいつも愛を囁いていてくれるんだけど、あの人たち、会っていない時には何をしているかわからないのよ。その点、アメリカ人男性は、愛情表現には欠けるけど、浮気はあんまりしないという人が多いわね」とのこと。なるほど。

それでは私の場合、その黒人男性とどうして恋愛感情まで進展しなかったのか。それは二人で見に行った映画の最中に起きた出来事が原因だった。私が手に汗を握るぐらいの緊張と恐怖と悲しさで涙が出そうになっていた時、彼は何を思ったのか、突然、 げらげらと笑い出したのだ。人が死んでしまうシーンだったが、「えっ?こんな場面でどうして?」と私は唖然としてしまった。すると彼は笑いながら「ジーザスクライスト!そんなひどい、ひどすぎる!」と言ったのだ。

黒人は歴史的にも散々な思いをしてきた人たちだ。それが「ソウル」を生んだ理由でもあり、悲しい人生を歌ったブルースがよく似合うのだ。そういうところが、ずっと「貧しい国」だった日本で生まれ育った私たちともわかりあえるものがあると理解している(日本には演歌だってあるしね)。

苦悩多き人生の中で、落ちるところまで落ちた人にしかわからない感覚。それが「もう笑うしかない」ということだ。彼らは笑うことによって、生き残るすべを教えられてきた人たちであり、その結果、常に明るく逆境に対してもやたらとイージーゴーイングな性格の人が多いのである。それこそ「Don’t worry. Be happy.」なのである。

日本のバラエティ番組によくある罰ゲームや、いじめにも近いゲームやコントを楽しむ感覚は、きっと歴史上、苦労の少なかったアメリカの白人たちには理解してもらえないだろう。人が苦しむ姿を見て、それを端から楽しむという行為は、「笑っちゃわないと、もうやってけない」というところから生まれた、白人社会には絶対に存在しない文化であるのかもしれない。

「どんなに辛く悲しい時でも、笑うことができるのは真の勇気がある証拠である」という言葉は、私の人生の教えにもなっている。しかし、辛い時には私はまだまだしっかりと泣きたいと思ってしまう。人生、修行が足りないなあ。その時の彼の笑いは、私には少々きつかったのである。

上山仁子その他のサイト・HP子育てブログ
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ニューヨーク在住15年を経て2007年12月よりノースカロライナ州へ生活の拠点を移したグラフィックデザイナー兼ライター。英語学習・ティーン向け・女性のためのコーチングも行っている。

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