セレブの小部屋

黒人俳優たちが放った忘れられない一言

ウィル・スミスとかデンゼル・ワシントンとかウーピー・ゴールドバーグ、彼らのようなスターたちは、もう黒人役者という域を越えて、万人から愛されていているし、白人のために書かれた役柄だって平気で横取りできる。

けれどハリウッド映画の歴史100年あまり、黒人役者たちの道のりは厳しかった。

映画業界がカトリック教会に支配されていた1930年から50年代なんて、ひどかった。牧師役は悪者やコメディの対象として描いてはならぬとか、黒人が扮してはだめとか、いろんな掟があった。

「古き良き時代のアメリカを象徴するハリウッド黄金時代」だなんて表現を耳にすると、どこが良き時代じゃと、私はマイノリティのことを想って複雑な気分になる。

初のトーキー映画『ジャズ・シンガー』ではアル・ジョンソンが顔を黒塗りにして歌を披露したし、本物の黒人が得る役といったら、奴隷とか召し使いとかいう端役ばかりだった時代が長く続いた。

そういえばオードリー・ヘップバーン主演の『ティファニーで朝食を』では、ミッキー・ルーニーが目をつりあげてヘンな日本人を演じていたっけ。いまの時代じゃあ、ちゃんとアジア系役者がキャストされているところだ。

1939年映画『風と共に去りぬ』で、スカーレット・オハラのメイドを演じたハティ・マクダニエルが、初めてアカデミー賞にノミネートされオスカー獲得した黒人だ。この助演女優のニュースは、ハリウッドを大仰天させた。

でもそのあと黒人たちは20年近くもノミネートさえ、されなかったのだ。1958年にシドニー・ポワチエが黒人男性として初めてノミネートされ、1963年に主演男優部門でアカデミー・オスカーを受賞したのだけど。

ポワチエのように一昔前にハリウッドで活躍した黒人役者たちは、私が想像もつかないような偏見と戦っていかなくてはならなかったのだろうなと、感慨深い。

史上初でアカデミー・オスカー受賞に輝いたマクダニエルだって、じつはアトランタで開催された豪勢な『風と共に去りぬ』のプレミア試写には、黒人だからという理由で招待されなかったというのだ。彼女の名前さえ、パンフレットにはリストされなかった。それって、あまりにひどすぎ。

もし私がその時代に生きていたら、彼女のオスカー受賞のニュースに「イエーイ!!」と、本気で涙流しながら、ピョンピョン飛び上がって喜んでたろうな。

驚いたことに去年、オスカー受賞に輝いたデンゼル・ワシントンが、ポワチエのあとを追った二人めの黒人主演男優だったのだ。

同年、史上初の黒人主演女優としてハリー・ベリーがオスカー受賞したが、彼女の感動ぶりはハリウッド歴史背景を象徴していた。彼女の母親は白人だけど、黒人の長かった歩みぶりを噛みしめている様子だった。

でも、いまさらねえ、という気もしてくる。
いまじゃあ、インディ映画のフィルムメーカーだって、スタジオ映画の大物と同じように脚光を浴びられる世の中だし、才能ある黒人役者やフィルムメーカーたちの活躍は近年、著しい。
「黒人だからハリウッドでチャンスをつかめない」だなんて、ほざける時代じゃなくなった。サクセスを手にした黒人の業界人お手本リストはあまりにも長い。
もちろんマイノリティが角をだすには、普通以上の努力があってのことだけど。

これは15年くらい前のことだったと思う。
大勢の記者が押しかけたエディ・マーフィの記者会見で、私が聞いた質問。

「ハリウッド業界は黒人俳優たちを、どのように扱っていると思いますか」

いまどき、そんな質問はしない。もうそんなことを聞くような時代でなくなったと信じてる。でも当時は、まだ黒人と白人の壁みたいなものが役柄について回るように感じられた時代だった。

彼が主演した白人と黒人をパートナーに組ませた刑事もの『48時間』が大ヒットしたから、そのあと『リーサル・ウェポン』や『マイアミ・バイス』など、多くの白人黒人コンビ・シリーズが出回ったハリウッド。
いまじゃあ、黒人と東洋人という組み合わせパターンにまで輪が広がっている。
エディ・マーフィは白人優先の時代に、そんな特殊ペアを確保させた俳優だったのだ。

彼は私の質問にフッと笑って、

「わかるだろ。そりゃあ、ファックト・アップさ(ひでえもんさ)」

と、マイクを通して答え、報道陣を苦笑させた。

同じような質問を昔、キャリアの長いモーガン・フリーマンに浴びさせたら、彼はこの業界で黒人として働くことは「利点だ」と答えた。

「優秀な役者ならばね」

彼はポジティブで、優しくて、穏やかで、もう大好き!

私以外に5人くらいの記者が同席していたインタビューだったが、モーガンは部屋に入るなり、目の両脇に手をやって他は目に入らないよという動作で、私に向かってまっすぐ歩み寄り「真っ先に君が目に入ったよ」と、言ってくれた。

なぜかと言うと、私は彼に会えることが嬉しくて嬉しくて、もうほっぺたが顔からタレ落ちるくらいの満面の笑顔で彼を迎えていたからなのだ。『Lean on Me』を観てからというもの、私は彼の大ファンだ。

それにしても、横に座った彼、すごい臭いだった。男の汗の臭いだぁ。
でも、それがフリーマンさんの臭いかと思うと、汗臭さにも男らしさを感じてしまう。が、それにしても、あまりに強烈。ここに来る前にジョギングでもしてきたのかな。やはり名俳優でも人間なんだなあ・・・と、その人間臭さにも感動した私だ。

もっと印象的だったのは、アメリカ黒人を「アフリカン・アメリカン」と呼ぶのが正しい呼び方だとされる風潮のなか、

「私はアフリカン・アメリカンではない。ブラック・アメリカンだ。
アフリカ人だって、私のことをアフリカンだとは思わないだろう」

と、あくまでアメリカ人としてのルーツに誇りを持つモーガン・フリーマンの態度だった。

短期間のうちに時代は移り変わり、いまどき黒人俳優だからうんねん、という質問は時代遅れ、という風潮になってきた。
そんないまの時代、そんな愚問を投げかけたら、どうなるか。

映画『マトリックス』でインタビューした際の話。
そんな質問にギョロっと目を光らせて答えてくれたローレンス・フィッシュバーンは、強烈だった。
下唇を上のほうに持ち上げながら一言。

「黒人だということは、まったく関係ナシ。
オレさまに仕事が来るのは、オレさまが名優だからだ」

さすがハリウッド・スター。おっしゃる通りでございます。ハイ。

©2003 Yuka Azuma
 

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渡米は1982年。ロサンゼルスに13年在住後、ニューヨークへ。84年より映画記事を中心に雑誌等に寄稿。ハリウッド映画スターへのインタビュー歴は30年以上。訳書にマーク・デヴィッドジアク『刑事コロンボ』(角川書店)、同『刑事コロンボの秘密』(風雅書房)、フランク・サネロ『ジュリア・ロバーツ 恋する女神』(講談社)『ヴィダル・サスーン自伝』(髪書房)がある。

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