セレブの小部屋

過去から学んだ笑顔は、ラブラブなドリュー・バリモアのもの

「人生に後悔のある人は、なんて寂しいのかしら。私はなに1つ後悔してることはないわ。私の人生は、私が生きた人生だもの。
私は自分自身が好きなのよ。いまの自分を形成していったのは自分の過去なんだから、もっと過去に敬意を持つべきだと思うの。もし違う人生を歩んでいたら、いまの自分があったかどうかは分からないでしょ」

そんなふうに言い切れるなんて、スゴイ。

私も自分のことは好きだし、「ま、仕方なかったか」と思えるほうで、かなり後悔しないタイプだけど、それでも若すぎた日々を振り返ると、どうしても4つか5つ後悔することがある。普通の人は、もっとあるんじゃないかな。それも、

「私が学んだ知識は、どんなことがあっても手放したくないもの。それは過去あってのものなのよ。だから、なにも後悔してないわ」

と、目の前で語ったのは女優ドリュー・バリモアなんだから、私は余計、びっくりしたのだ。

9歳でアルコール、10歳でマリワナ、13歳でコカイン中毒になった彼女だよ。そして14歳で自殺未遂。同い年の学友たちが高校へと進学する頃には、彼女はドラッグのリハビリ更正施設や精神診療所へと送り込まれていたのだ。

おまけに16歳で自伝本を書き、『E.T.』の少女が辿ったトラブルいっぱいの人生を、自分から世間に暴露してしまった。

18歳のときには5週間前に知り合ったバーのオーナーと、いきなり思い立ってハリウッド大通りで真夜中の電撃結婚。19日後に別居、11か月後に離婚と、ああ、その人生、波瀾万丈だぁ 。

それでも、まったく後悔なしと言い切れるドリュー。

そんなコメントを私に放ったのは、彼女が21歳のときだった。 アメリカの法律上で飲酒が認められる年齢で、もうとっくの昔に酒やドラッグなんぞ卒業していて、すでに人生を悟ったような平穏さを備えていたのだ。

前向きに進んでいける彼女。
だからこそ、くったくのない笑顔で笑ってられるのだろうな。
いいな。私が男だったら、きっと彼女に恋をする。

実際、目の前にする彼女は本当に魅力的なのだ。
あどけない可愛らしさと洗練された美貌の混合。そしてなによりも、彼女のプラス思考のエネルギーが気持ち良い。

彼女と話していると「LOVE・ラブ」という言葉が、何度も私の脳裏に浮かんでくる。それもグルービーでヒッピーなフォント文字で、グググッと。
ああ、一緒にいるだけで、こっちまでハッピーになってしまう愛。
この人は映画で拝むだけじゃあ、もったいない。

そういえば、ドリューはトム・グリーンには、もったいなかったな。
「人生、後悔なし」とドリューが語ったのは、彼と結婚する前だった。2度めの結婚は26歳のとき。

私はドリューに初めて会ったときから、相手が誰であろうと、一途な彼女の恋愛には祝福を送り続けてきたのだけど、あの下品なコメディアン男トム・グリーンだけは内心ヤキモキした。結局、二人は5か月後に離婚したけれど。
でも、きっと彼との結婚だって、ドリューは「悔いなし」ってわりきって、そこからまた何かを学んでプラスにしたのだろうなあ。

会う度、彼女は恋しているような気がする。
素敵な女性だから、素敵な男性または女性(!)と、恋してもらいたいな。

「私、大恋愛中なの! 若いからって、それが本物の恋じゃないとは、誰も言えないことでしょ」

と、10年くらい前、私がドリューに初めて会ったときにも言っていた。

「そうだ、そうだ。あなたのように、たまたま若くで運命の人に出会う人もいるものね。そんな若くで生涯の人に出会えて、よかったねぇ」

と、私は納得されられた。当時、彼女は17歳だった。
普通なら「はやまるな」と、それくらいの年の娘にはアドバイスするところだけど。でも彼女にじっと目を見つめられて語られちゃあ、祝福したくなってくる。

1つ1つの単語に、パワーと誠意とラブを入れ込むような話し方だから、彼女の言葉には説得力があって、私はつい彼女の世界に入り込んで、頷いてしまうのだ。まるで呪文にかけられたみたいに。

その後、彼女がその生涯の人、俳優ジェームス・ウォールターズと婚約したというニュースを耳にして、私は嬉しく思った。
で、数カ月後、婚約破棄。いいの、いいの、人生経験ってやつよね。
報道員の前であんなにノロけてしまったことも後悔してないってことよね。

この17歳のときの彼女は『E.T.』の少女のイメージから、成熟した大人の女性へと変換していた頃で、不良娘のイメージを覆してシリアスな役者として羽ばたこうと、ひたむきに努力していた。

2年前に麻薬とアルコール中毒から立ち直ったばかり。自伝本が出回ったあと、ドラッグ浸けのダメ娘は雇えないという目で見られて、そこから這い上がるために一生懸命、ゼロからスタートしなきゃならなかったと語っていた。

ビデオ屋へ直通した映画『ドッベルゲンガー』の撮影現場でのインタビューだった。その作品では、実の母親がドリューの母親を演じていた。ドリューが母親を刺し殺すシーンの撮影後、二人で血まみれのまま大声で笑いながら車で帰宅した話を楽しそうに語っていた彼女。

「2年以内に子供も作りたい。私はきっと良い母親になるだろうっていう自信があるの。私と母はとても仲がいいから、どんな親になったらいいかっていう考えが、もうしっかり私の頭のなかに描かれているのよ」

そんなことを言っていたドリューだが、このあと、この親子は口も聞かない不仲になった。その上、「プレイボーイ」誌ではヌードの張り合いをしたりして、なんかフツーの親子じゃない。

私の意見だけど、ドリューが少女時代、路頭に迷ったのは母親のせいだと思う。

もちろん、ドリュー自身は誰も責めてはいない。
自力で立ち直った彼女の、その笑顔のまぶしさといったら、箱入り娘なんぞがいくらとりつくろったところで足下に及ばないほどの自信と魅力に溢れている。

「ワイルドだって思われているみたいだけど、ワイルドっていう意味が、自分の肌に対して居心地よく感じているってことなら、そうね。確かに私はワイルドだわ。そんな自分でいることで、自由を味わうことができるし、自分を抑制しないことって、とっても気持ちのいいものなのよ。奔放でいることは最高に気分がいいの!」

と、ヌードを披露することについても、明るく語ってくれた彼女。
ヘええ、そうなんだ。私もブラを外したら楽チンかなあと、またまた、私はそんな彼女のコメントにも納得させられたのだった。

「でもね、ワイルドなのは、そんな部分だけなのよ。正直に生きていること、自分の体に自信があること。それ以外の部分ではワイルドじゃないわ。
自己破壊タイプでも、パーティ・アニマルでもない。アルコールやドラッグにも溺れてない。毎晩11時には寝ているし、普段は動物愛護のボランティア活動に精を出したりしているのよ」

子役スターを、いつしかダメな大人にしてしまいがちなショービジネス界。
でも、ドリューはちゃんと生き延びてこられた。過去を足踏み台にして。

プロデューサーとしての腕も見せた『チャーリーズ・エンジェル』シリーズ映画で一躍、憧れの女性ヒロインになったドリュー。
ここまでの道のりが、どれだけ大変だったかだなんて微塵も見せずに、ただのカワイコちゃんみたいに笑ってられるところが、彼女のスゴさだ。

ラブ・ラブ・ラブ・LOVE。
世の中、すべてハッピー。

©2003 Yuka Azuma

Advertisements

渡米は1982年。ロサンゼルスに13年在住後、ニューヨークへ。84年より映画記事を中心に雑誌等に寄稿。ハリウッド映画スターへのインタビュー歴は30年以上。訳書にマーク・デヴィッドジアク『刑事コロンボ』(角川書店)、同『刑事コロンボの秘密』(風雅書房)、フランク・サネロ『ジュリア・ロバーツ 恋する女神』(講談社)『ヴィダル・サスーン自伝』(髪書房)がある。

0 comments on “過去から学んだ笑顔は、ラブラブなドリュー・バリモアのもの

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out /  Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

Connecting to %s

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.

%d bloggers like this: