セレブの小部屋

告白! 私のセクハラ体験、相手はジジイだった。

いやあ、内容が内容だけに、相手の名前は伏せておきたい。
でも彼が作った曲は誰でも知っているはず。

「ユー・アー・マイ・サンシャイン、マイ・オンリー・サンシャイン・・・」

あーあ、これで、いくら名前を隠したってバレバレ。
万が一、彼の家族の方々の耳にはいると気の毒なので、どうかどうか、私の告白を読んだ方はチクったりせずに、胸の内にしまっておいてくだされ。

いやあ、じつに彼は立派な業績を抱える人なのだ。

いくつものヒット曲を生み出したカントリー・ミュージック界の巨人。
そのうえ1940年代と1960年代の2回に渡り、ルイジアナ州知事を務めた政治家でもあった。
世界中で愛されている彼の名曲は、じつは彼の選挙キャンペーンで使われたもので、いまではルイジアナ州歌となっている。

ゼロからスタートしたところが、私の好きなタイプのサクセス・ストーリー。
両親と祖父母、そして10人の兄弟たちと一緒に、15人で2部屋の家に暮らしていた彼だった。

小作農だった家業の手伝いのため1年、休業したこともあった。それでも学業を諦めず、流しのシンガーとして街角に立ったり皿洗いや庭仕事をしながら学費を稼いで、それでも足りず知人たちから借金しまくって大学院まで修業した。

卒業後は教師になり、地元のラジオ局で歌う機会もつかんでレコード歌手に。教師兼歌手として2重に働いても、借金の返済もあって生活は貧しかった。
薄手のスーツ1着しか持ちあわせていなかった彼は寒さをしのぐため、そのスーツの下にパジャマを着て結婚式を挙げたという。

学費の返済に7年かかったと語っていた彼。
知事に赴任後は、学費を出してくれた散髪屋のオヤジを市長(!)に任命したりと、ちゃんと回りへの恩返しも忘れなかった。

そんな彼のライフ・ストーリーは『ルイジアナ』という映画にもなり、彼は実在のヒーローとして映画主演も果たしている。

そんな85歳の現役カントリー・シンガーを取材するために、私はアメリカ南部の彼の自宅を訪れたのだ。
そのあと、彼は16年も生きた。そりゃ、そうでしょ、という気もしてくる。
あれだけ元気だったんだから。

ルイジアナ州の歴史に刻まれるヒーローは2000年、101歳で亡くなった。

取材の際、どんなふうに自分のことを覚えてもらいたいかと質問したら、彼はこう語っていた。

「真実の精神をもって、ルイジアナ州に仕えた者として思い出してほしい。サンシャインを運んできた男としてもね」

しかしながら、彼のことを、私はちょっと違うふうに覚えているのだ。

居間での写真撮影が終わって、さあ、これから奥の台所でインタビューを始めようと、移動したときだった。
同行したカメラマンと編集者が先に居間横の廊下を行き、私と彼がその後から追って歩いたのだが、そこで、いきなり私は彼に止められ、廊下の壁を背にする彼と向かい合わせになった。

「ユー・アー・オーライト(君、なかなかだねェ)」
と、いままでの渋顔が急にニコニコし出したと思ったら、なんといきなり、彼は私の胸を触ろうとしたのだ!。

ワタシャ、若い小娘だった。
タッチされる前に素早く、その老いた手をつかんで阻止。
「ミスター・○○○○!」
と、ジョークを受け止めるようなフリをしながら、この血迷った老人を正そうと必死になった。
すると今度は、彼は掴まれた私の手を握りかえして、彼のズボンの股のところに、私の手を持っていこうとしたのだ。

なんちゅう老いぼれジジイ!

すぐ奥には編集者もカメラマンもいたし、回りの部屋から見晴せる明るいサンシャインが入り込む廊下だったので、なんの恐怖感もなかったが、大ショックな事件だった。

するりと忍者のように彼の前から脱出して、台所に駆け込むと、ちょうど買い物袋を抱えた彼の奥様が帰宅したところだった。
とても感じの良い奥様だったので、彼女には知らせたくないなと思って、私は何もなかったように装って、即座にジジイへのインタビューを始めたのだった。
「君は質問が多すぎる」と苦情を言われたほど、彼を質問攻めでクタクタにさせて退散した。

家を飛び出した瞬間、すぐに編集者にセクハラ事件を報告した。
何もなかったように仕事を終えた私だったが、じつは内面、あまりのショックに震え上がっていたのだった。

ところが編集者は「素晴らしい人間のサクセス・ストーリー」を書いてもらおうと、私をアメリカ南部まで連れてきたわけだから、その人物像に嫌悪感を持ってほしくないという様子だった。
「ここはフランスからの影響も大きくて、挨拶代わりにキスしたりと、みんなスキンシップを大切にする土地柄だから」だなんて、ちょっと違うだろー、と反論したくなるような慰めを受けた。

私は自分を見直して、このタンクトップは挑発的な装いだったかな、だなんて、いままで一度も心に横切りさえしなかったようなことまで考え始めた。

落ち込んだり、暗くなったり、怒ったりしたあと、仕方なく「ま、いいか。老いボケ野郎だと思えば」と、心を入れ替えて、「偉大なヒーロー」の記事を書きあげ、雑誌に掲載したのだった。

お役所務めとか教師とかいう、真面目な堅気の職に就いている人ほど、年をとるとスケべになるという話を聞いたことがある。 回りの目もあって立場上、エッチな欲望を発散する機会もなく、抑圧され続けると、年とったときに、その欲望が露出してしまうらしい。
結婚する前に遊んでなかった人達は、男も女も中年になってから浮気を始めてしまったりと、始末が悪い。それと同じだ。
人間にはみんな欲望があって、その欲望を適切なときに発散できないと、へんなときに、どこかでそれが漏れてしまうもんだ。

彼も厳しい時代に無我夢中で生きてきて、若いときにはエッチなんて十分やるほど余裕がなかったのかもしれない。
勤勉に働き続けた結果、遊ばずにきてしまって、今頃、ゆるゆるになってしまったのかな。
まぁ、85歳で、こんだけ元気があれば大したもんだと、笑ってやろか。

が、その後、何年たっても、やっぱり思い出すのだ。

「ユー・アー・マイ・サンシャイン・・・」
と、この曲を耳にするたび、ウーッ、すけべジジイの歌だあと、ひとり唸っていた私なのだ。

が、もうお亡くなりになった方だと知ってからは、その唸りも、歌声に変わった。
不思議なもんである。

いまじゃあ、笑い話にさえ、なりつつある。
特に、こうやって、そんな思い出を書き綴ったあとは。

この体験を誰かに言いつけたいという欲望が、長年、私のなかで滞っていたのだ。
欲望はどんなに抑えても、漏れなきゃならない時がくる。

ラ・ラ・ラ・サンシャイン・・・・

©2003 Yuka Azuma

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渡米は1982年。ロサンゼルスに13年在住後、ニューヨークへ。84年より映画記事を中心に雑誌等に寄稿。ハリウッド映画スターへのインタビュー歴は30年以上。訳書にマーク・デヴィッドジアク『刑事コロンボ』(角川書店)、同『刑事コロンボの秘密』(風雅書房)、フランク・サネロ『ジュリア・ロバーツ 恋する女神』(講談社)『ヴィダル・サスーン自伝』(髪書房)がある。

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