セレブの小部屋

「映画のみどころは?」だなんて、ロバート・デニーロには聞きたくない!

「彼には気をつけて。あんまり話さないから、質問をたくさん用意してたほうが良いわよ」

と、ロバート・デニーロをよく知る係員からのアドバイス。

ドキ、ドキッ、ドキドキッ!

あまり緊張するタイプでない私なのに、彼とのテレビ・インタビューが、いよいよ始まるぞというところで、胸が高鳴ってきた。

なにしろ「名優」という名詞を専売特許するロバート・デニーロだ。
「あなたの好きな俳優は?」と 役者に聞くと、必ず出てくる名前なのだ。
そのうえ、あのシブさは私好みだし、インタビューアー泣かせという定評もある彼だ。

ここに来るまでは、ちょっと大変だったけれど、そんなこたァ、かまやしない。なんたって、ロバート・デニーロに会えるんだから!

私が仕事に出るときはいつもダンナが幼い長女の面倒を見るのだが、この日は彼も抜けられない仕事があって、あせったりもした。でもダンナが娘を職場に連れ回すということで一件落着。娘をバトンタッチするために、私は一刻も早く家に帰らなくてはならぬ身ではあったものの、なんとか出勤できたのだ。

それは2001年6月、二人めの子供が産まれる直前だった。
妊娠7か月の大きなお腹を抱えて、フー、フー言いながら駅まで歩くとマンハッタン行きの地下鉄が休行していてオヨヨと路頭に迷ったりもした。でも立ち往生する人達に揉まれながらも、なんとか足を見つけて車代に25ドルかけ、アタフタ急いでブルックリン脱出。
鼻息荒く、仕事場に駆けこめたのだ。

が、当のデニーロはなかなか登場しなかった。
私以外にも世界各国からの6人のテレビ・レポーターがホテル部屋でさんざん待たされた。
でも、そんなことも、かまやしない。
彼が到着して、インタビュアーがひとりひとり順番に、彼のいる部屋へと送られていったのだから。私は7人目、最終バッターに割り振られていた。

いよいよ、あと一人を残すばかりで、私の番がやってくる!

と、ところが!
それは、ちょうど私の胸が高鳴り始めたときだった。
係員たちが小声で騒ぎだしたのだ。

「デニーロにはあと3分しか時間がない」
と、コソコソ。

「まったくジョーダンきついんだから」
と、いつものヘラヘラ顔で、ドキドキ胸をなだめていたら、どうも本当らしいのだ。
最後に残った男性インタビュアーと私は顔を見合わせた。

「じゃあ、彼と私で1分半づつ分けるから、なんとしてでも入れてちょーだい!」と、信じられないことを頼んでいる私。

一言でも喋ってもらわないと日本向けインタビューは一切ナシになってしまうと、まるで日本代表になった気分で食い下がってみたが、結局、最後から2番目のインタビューアーがデニーロのいる部屋へと消え、2、3分後。
「デニーロはもう上の空でソワソワ時計ばかり見ていて、あれじゃあ使えない」と、そそくさに追い払われた彼が渋顔で戻ってきた。

そして私の番を目前に、インタビューはチョン切られた。
私ひとりだけ、ぶち切られたのだ!

この日は、デニーロの子供の幼稚園の卒業式があり、それにはどうしても遅れられないと、ササーッと消え去ってしまった彼。

「ワ、ワタシだって、私の帰りを待つ子供がいるんだあああ」と、デニーロに置き去りにされた母なる私の叫び声。

ちゃんと取材時間の計画を確認執行できなかった係員たちには呆れた。
でも理由が理由だけに、私はデニーロに対して怒る気にはなれない。

仕事より家族を優先させる態度は、父親としては素晴らしいし、あたりまえのことだとも思うから。
子供の学校行事にさえ参加しないような日本のオヤジたちには、デニーロを見習わせたい。同じ学校の親の話では、デニーロは子供の学校の送り迎えにもよく来ていたという。

それにしても、インタビュー相手を目前に、すっぽかされたのは初めてのことだった。
ミッキー・ルニー(『ティファニーで朝食を』)とドナルド・オコナー(『雨に唱えば』)にはインタビューの約束日を忘れられたことがあったけれど、それは彼らの老いボケが理由だったから、今回の空振りに比べれば可愛いもんだったと思えてくる。

それから1か月後。
またもや、別の作品でロバート・デニーロにテレビ・インタビューする機会が舞い込んできた。

こんどばかりは最後のインタビュアーにしないでくれと事前に係員に頼んで、キャンセルされる心配はクリアできた。が、新たな問題は質問の内容だった。
日本のテレビ局のディレクターから、聞いてほしいと要求された質問があったのだ。

「この映画の見どころは?」

である。またきたぞ、この愚問。
日本人から必ずといっていいほどリクエストされる定番の質問だ。

映画を見てからインタビューする、というのが私たちのお決まりだ。
そこで「見どころを教えてください」なんて質問したら「本当に映画観たの?」と、疑われてしまう。

それに映画って、最初から最後まで通しで鑑賞して、1つの作品として吟味するものだから、「スペシャル・エフェクトのあのシーンがすごい」とかいう映画でない限り、見どころをつまむのは難しい。始めから終わりまでのバランスとか、予想しなかった展開とか、そういう全体的な感触を通して、良い映画だったとか言えるわけなのだし。
映画制作側にしてみれば、それはなおさらのことで、彼らはすべてが見どころだと思ったりしているのだ。

まあ、聞き方を工夫すれば、丁寧な答え方を心得ている大抵のハリウッド業界人たちは、ここが見どころよと、ちゃんと答えてはくれるのだけど。

でもそれって、インタビュアー泣かせのデニーロには通じなさそう….。

彼にそんなこと聞いたら「“ユー・テル・ミー!(君が僕に教えてくれ)”と、言われるぞ」と、うちのダンナは私を脅した。

今度は妊娠8か月でさらに大きくなったお腹を抱えながら、私はフリダシに戻って、またまたドキドキし直して、ロバート・デニーロを目前にした。

「あのォ、日本にはまだこの作品を観ていない人達がいるので、あのォ…、この映画の見どころは!?」

と、実物大のロバート・デニーロを目の前に、いやーな質問を投げかけた。
すると、あのデニーロ特有の、目をしぼめるような表情で返ってきた答。

「見どころ? そんなの分からないよ。ユー・テル・ミー!」

じゃ、じゃ、じゃーん。うちのダンナはサイキックか。

いやあ、もっと違う言い方で、もっと工夫して聞けば良かったなあと、あとで後悔の念が残った。もう一度やり直したかったが、彼との時間は限られていた。
映画のイメージがあまりに強くて、あの、なんか情けなさそうに眉毛を下げてシブく語る感じが、ああ、デニーロだと、当たり前のことなんだけど、動揺しちゃって、ちゃんと聞けなかった。

彼は私の胸のなかではダントツの大物なのだ。
インタビューごときで、こんなにドキドキしたのなんて、『ターミネーター』のマイケル・ビーン以来初めてかも。

生のデニーロの肉声を胎教聴音できた息子を出産後、私はまた、彼とのテレビ・インタビューの機会に恵まれた。
今度は『アナライズ・ユー(原題Analyze That)』の共演者ビリー・クリスタルと同席のインタビューだった。

またまたテレビ局側からは質問の依頼要請があった。
口達者なビリー・クリスタルも一緒なのに、ほんの5分という限られた時間しかもらえなかったので、今度ばかりは「見どころは?」を聞く前に、優先順位一位と言われていた質問から、いきなりスタートした。

「好きな日本食はなに?」
である。

その第一問の答えだけで、インタビューは時間オーバーになった。
デニーロは、ニューヨークの彼の自営レストラン「ノブ」の食べ物が最高だ、と言って、おしまい。
アレレである。

テレビ局関係者の皆様、ごめんなさい。

©2003 Yuka Azuma

 

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渡米は1982年。ロサンゼルスに13年在住後、ニューヨークへ。84年より映画記事を中心に雑誌等に寄稿。ハリウッド映画スターへのインタビュー歴は30年以上。訳書にマーク・デヴィッドジアク『刑事コロンボ』(角川書店)、同『刑事コロンボの秘密』(風雅書房)、フランク・サネロ『ジュリア・ロバーツ 恋する女神』(講談社)『ヴィダル・サスーン自伝』(髪書房)がある。

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