セレブの小部屋

赤ん坊の世話か、グウィネス・パルトローとの会見か、それが問題だ

仕事を受けて一番の関門となるのは、私が仕事の間、だれが子供の面倒を見るか、ということだ。回りには子供の世話を頼める家族も親戚もいない。

それなのに、私には専用ベビーシッターがいない。

子供を託児所に預けたり、ベビーシッターを利用したりしないのは、人を雇うお金がない(!)という以外にも、理由がある。
それは私が、かなりのこだわり育児法を心しているからだ。

いま4歳の長女が赤ちゃんだった頃。
どうしようかと、私は悩んでいた。

『恋におちたシェイクスピア』でアカデミー・オスカー受賞の主演女優として脚光を浴びたばかりのグウィネス・パルトローのテレビ・インタビューの仕事を受けてしまった。

拘束は、ほんの1、2時間程度の仕事だけど、私の住むブルックリンからマンハッタンまでの通勤時間を考慮すると、かなりの時間、娘から離れることになる。
産まれてから、ほとんど一時も離れることなく寄り添い合ってきた親子にとってドキドキの試練だった。

母乳しか受けつけない娘はお腹を空かしてしまうかもしれないし、第一、娘を預けられる人がいないのだ。
ウーン、ウーン。
こういうときに頼りにするダンナは日本に出張中だった。

ようやく救済案が見つかった。

インタビューのあるホテルから歩行距離に住む2児の母である友人が、彼女の家に赤ちゃんをおいていけば良いと言ってくれたのだ。
娘を連れてマンハッタンまで出勤すれば、ぎりぎりまで娘と一緒にいられるし、私が仕事に出てる間、この信頼おける友人の家で、お姉ちゃんたちに遊んでもらえたら娘にとっても良い刺激になるかも。

うちの子は、かなりの問題児だった。
すぐに「ギャオー!!」と、泣き出すのだ。泣きは2時間続くときもある。
が、「ベイビー・モーツァルト」という赤ちゃん用モーツァルト音楽ビデオを見せると、ピタッと泣きが止むこともある。
しっかりそのビデオを鞄につめて、いざ、仕事へゴー、ゴー。

ところが、友人の家につくと、彼女は出かける支度をしていた。これから水族館へ出かけることにしたので、私の娘の面倒は日本人のベビーシッターをアレンジした、だって。

ハッ? 私は我が子を預けるヒトの人選ほど、こだわるものは他になにもない。
たとえ1時間であろうと、幼児が親から離れる時間には厳しい目を光らせる。

ユニオン・スクエアの公園で、初対面の若い日本女性と向かい合った。彼女は住み込みベビーシッターで、雇い主の幼い息子を連れていた。その男の子と一緒に、私の娘も見てくれるという話になっていたのだ。

が、突如、彼女はあせりだした。
雇い主が急に公園に来ることになって、その子以外の面倒を見ていることが雇い主にばれるとヤバイというのだ。

私たちがナンダカンダと討論しているあいだ、ふと見ると、男の子は塀にしがみついて遠くを見つめながら涙を流してる。でも、ベビーシッターは、その子の態度に気づかなかったし、私が泣いているよ、と教えたあとも、彼に優しく話しかけたりもしなかった。
それよりも、私の娘がそばにいたら、その男の子の親にどう思われるかということのほうが大問題だったのだ。

この人には、私の子供は預けられない!

私は彼女のもとを去った。
もう私にとって、グウィネス・パルトローは、はるか彼方のどうでもいい存在だった。でも受けた仕事だ。やらなくてはならない。

で、でも、このコブどうする?。
職場に連れて行けば、グウィネスのか細い声のバックに、この子の力強い泣き声が入ってしまう。なにしろ、娘の泣き声は誰にも負けぬ迫力、声量、ボリュームを備えているのだ。
もう15分後にはインタビューが始まる。ど、ど、どうしよー!

ふと泣きたくなって空を見上げると、あったー!
そこには私の友達の住む高層ビルが。エリ師匠が住んでいたマンションがあった!

「いますぐ、行くからね!」と、告げる私の電話の向こう側には、寝起きの彼女。
ドタドタ、彼女のうちへ駆け込み、娘と、娘のバイブル「ベイビー・モーツァルト」のビデオを放り投げ、私はグウィネスめがけて一目散。
「ウヮーン!!」と叫ぶ我が子の泣き声をバックに汗だくになって走った。

ハア、ハア、大丈夫かしら。
いきなり知らない人の家に置き去りにされちゃった娘。
いきなり叩き起こされ時限爆弾のような赤ん坊を押しつけられたエリ師匠。

そして私の目の前には、いままでのドタバタとはまったく違う次元の世界に住む、美しい女優がいた。

タカピーという噂があるらしいが、まったく、そんなことはない。

ローマ字で綴った紙を掲げて「この日本語を読んでください」と、無理なお願いをしたが、快く引き受けてくれて、何度も私に発音を聞きながら練習して、
「ミナサン、オハヨウゴザイマス。グウィネス・パルトローデス」
と、上手にカメラに向かって言ってくれた。

日本語で「シロミウスヅクリ(白身薄造り)」が好きなのよ、と告げられて、かなり驚かされたりもした。
スターになってからも、ニューヨークでは地下鉄に乗ると言っていたし、そういう生活態度は変えたくないというだけあって気さくな人だった。ニコニコしてる優しい天使のような彼女を前に、私はホッとするひとときをもてたのだった。

協力的だったグウィネス・パルトローのおかげで、聞かなくてはならない質問はクリアできた。
あと1つか2つ、余分な質問ができる時間の余裕もあった。でも、もう、私の心は、そこにはなかった。ハイ、終わり!

インタビューを「サンキュー」としめくくった私だが、もう「キュー」のところでは、お尻が椅子から離れていたし、足はダッシュ態勢。その瞬間に、風のように消え去った母なる私。

仕事か子育て、どちらを優先するか。
私はこの日、明確に答をだした。

ハアハア、肩で息をつきながら戻ってみると、さすが、余裕の師匠。
「ビデオかけても、見ないのよね」
ハッ? なに、このアニメ。
映画『ムーラン』じゃ、我が子の泣き止め薬にはならないよ。
最初に寄った友人の家で、間違って彼女のうちにあったビデオと娘のビデオが入れ違ってしまったのだ。
師匠は娘のバイブル・ビデオなしに、ベビーシッターをやり遂げていた。

いまでも「グウィネス・パルトロー」の名を耳にして一番に思うのは、エリ師匠への恩。もし、彼女がいなかったら、いったいどうなっていたことやら。

©2003 Yuka Azuma

 

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渡米は1982年。ロサンゼルスに13年在住後、ニューヨークへ。84年より映画記事を中心に雑誌等に寄稿。ハリウッド映画スターへのインタビュー歴は30年以上。訳書にマーク・デヴィッドジアク『刑事コロンボ』(角川書店)、同『刑事コロンボの秘密』(風雅書房)、フランク・サネロ『ジュリア・ロバーツ 恋する女神』(講談社)『ヴィダル・サスーン自伝』(髪書房)がある。

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