セレブの小部屋

水でホロ酔い、ダスティン・ホフマンとのひととき

「911事件のアメリカ国民の悲嘆を、ブッシュ政権は利用してるんだ。イラク戦争の背景にある本当の理由を、彼は語っていない」

と、戦争が始まる前から大衆の面前で訴えていたのは、俳優ダスティン・ホフマンだ。

彼がロバート・デ・ニーロと共演した映画『Wag the Dog』は、スキャンダルが再選挙で不利になると恐れた大統領が、架空の戦争を報道させ、国民の注目を彼のスキャンダルからそらせるという内容のものだった。

なんかそれ、ミョーに聞き覚え、あるんですけど。
それって、いま実際にアメリカで起きていることなんじゃないの、と疑ってしまう私。

「当選することに一番の重きを置く政治家は、真実を伝えることを怠るものだ」
と、コメントしたホフマン。それこそ真実だ。

ブッシュがイラク侵攻にこだわったのは、オイルのためかもしれないし、エンロン事件などのスキャンダルにベールをかけるためだったかもしれない。

それでも多くのアメリカ人はこの戦争を支持していて、反戦を訴えたダスティン・ホフマンには脅迫メイルが殺到したという。
ああ、でもホフマン様、どうか負けずに主張し続けていただきたい。

何年か前、私が会ったとき、彼はこんなことを語る人だった。

「アメリカではまず職業はなんですか、という質問が投げかけられる。つまりいくら稼いでいるかという質問なんだ。たとえ魂やモラルのない人間でもお金があれば敬わられる、そんな社会に僕は怒りを感じている」

そんな彼だから、金や権力のために戦争を起こすヤツを黙認するような人ではない、ということは分かっていたことだった。

ウーン、思い出すなあ、彼とのインタビュー。

でも私にとって一番印象に残ったコメントはというと、まったく政治社会に関係ない一言。

「君とは前にも会ったことがあるね」である。

私のインタビュアーとしての特技といったら、強いていえば、何度会っても「はじめまして」と言われてしまう存在感のなさ。顔を覚えてもらえない故に、何度インタビューしても新鮮に1からスタートできるという特典なり。

日々、一般人からも同じ反応を受けている私だが、役者はセリフを暗記するのが仕事なんだから、もう少し記憶力がいいのでは、だなんて期待してもムリ。どんなに話が弾んでも、どんなに質問がウケても、決して私は覚えてはもらえない。
銀行強盗、素顔でやっても大丈夫というくらい、印象ウスーい私のお顔である。

ところが、ダスティン・ホフマンは、彼が待機していたロスアンジェルスのホテル部屋に私が入り込むと、嬉しそうに歩み寄ってきて、私の手を握りしめて、そう言ったのだ。

うっそー!
この私を覚えているはずはない。それは確信できることだった。
彼に以前会ったのは、たくさんのジャーナリストが同席したグループ・インタビューだったし、ほんの短いひとときだった。

「あ、そうか!」と気がついた。
インタビューが始まるまでの待ち時間に、係員が何気なく「ダスティン・ホフマンにインタビューするのは初めてですか」と聞いてきたのだ。その情報が彼に先回りしたのだと、理解できた。
役者は多くの記者陣からインタビューされる身なので、いちいち相手のことなど覚えていなくて良いものなのだが、ホフマンは礼儀として、そこのところを確認したかったのだろう。
なんという神経の細やかさ。そんな彼のデリカシーには感動できた。

が、相手に無理強いして覚えてもらう必要もないのだ。
「覚えているはずないでしょ」
と、反論したが
「いや、君の顔には見覚えがある」
と、むこうも言ってしまったあとだけに、ひいてはこない。

まあ、こんなのブッシュ政権の虚栄に比べたら、まったく罪ない嘘である。

じゃ、そういうことにしましょうか、とニッコリ笑い合って、私たちはふたりだけの夢のようなひとときを過ごしたのだった。
もうさすがに彼にとっては覚えていない時間であろうが。

彼は優しかった。

私になにか飲まないかと尋ねてくれて、何もいらないと遠慮する私に、レモンと氷入りの水を注いでくれた。

「僕は18歳から29歳までウエイターだったからね。こういうことには慣れているんだよ」

と真っ白な布ナプキンと一緒に渡された水。それだけの行為に私はひどく感激した。
私は年配の優しいオジサマに弱い。つい、パパって、頼ってしまいたくなる性格なのだ。
もし水の代わりに、白ワインなんてクリスタル・グラスに注いでもらってれば彼になにを尋ねていたか、わかりゃあしない。

彼の包容力あるニコニコ笑顔にホロ酔いになって、いい気分の昼下がりだったな。

「演技のリハーサルをしているときはね、まるで女性と寝るようなもんだ。ずっとこのまま終わらないでほしい、って願ってしまうんだよ」

だなんて言葉に
「あら、私なんて、寝るよりもイイ気分。ずっとこのまま、あなたの笑顔を拝み続けたいって願っておりますヮ」
と、心の内では密かに反応してた。

彼には子供がたくさんいるので、一歩も外に出なくても1つの村で生活しているような感じだと言っていたホフマン。
私も村の衆の一員にしてもらえませんでしょうかって、ムショーに頼みたくなった私は、かなりのファザコンかな。

本当に、飲んだのは水だけにしておいて良かった。

©2003 Yuka Azuma
 

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渡米は1982年。ロサンゼルスに13年在住後、ニューヨークへ。84年より映画記事を中心に雑誌等に寄稿。ハリウッド映画スターへのインタビュー歴は30年以上。訳書にマーク・デヴィッドジアク『刑事コロンボ』(角川書店)、同『刑事コロンボの秘密』(風雅書房)、フランク・サネロ『ジュリア・ロバーツ 恋する女神』(講談社)『ヴィダル・サスーン自伝』(髪書房)がある。

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