セレブの小部屋

ラブとピースと、かわいそうなリチャード・ギア

アカデミー・オスカー賞のノミネート発表があった朝、私は一言、呟いた。

「ああ、可哀想」

『シカゴ』は今年、最多の13部門でアカデミー賞にノミネートされた傑作ミュージカルだ。レニー・ゼルウィガーも、キャサリン・ゼダ・ジョーンズも、クィーン・ラティファも、ジョン・C・ライリーも、つまりこの作品のメイン・キャストは全員、オスカー賞候補となったのだ。リチャード・ギア以外は。

つまり、彼だけが仲間外れ。

ギアの別の主演作『Unfaithful』のお相手ダイアン・レインまで、女優賞にノミネートされていて、いやあ、彼の回りはお祭り騒ぎ。

ゴールデン・グローブ授賞式では最優秀男優賞を獲得したギアだったから、この勢いで3月23日のアカデミー・オスカー授賞式で『シカゴ』のみんなと祝杯レーンを走行する予定だったのに。

そういえば彼に会ったときも、最初の印象は「可哀想」だった。

「ちょっと待ってもらっても、いいだろうか」と、リチャード・ギア。
ホテル部屋に入り込んだ私に、お腹を空かせていた彼は聞いてきた。
椅子の肘掛け部分に腰かけて、運ばれてきたランチをお盆に乗せたまま、急いでパクつく彼、どう見てもスターじゃないぞ。

私はその椅子の横にある大きなソファの真ん中に、ずっしり腰をおろして待っていた。ゆっくり食事する余裕もない「可哀想」な猫背気味な後ろ姿を見つめながら。

ギアはまだモグモグさせている口をナプキンでふくと「オーケー」と、言って、その椅子にちゃんと座り直し、インタビューが始まった。

私はまず、彼に「サンキュー」と言った。
あの9月11日のテロ事件直後に開催されたイベントで、群衆が悲しみにくれてアフガニスタンへの襲撃を支持する中、唯一リチャード・ギアだけが戦争反対のスピーチを放って会場のみんなからブーイングをくらったことがあった。

そのときから、私は彼にお礼が言いたくてウズウズしていたのだ。
どんな手段を使ってもビン・ラディンをやっつけろ、という雰囲気のなか、平和を支持する彼の発言は貴重だった。

「たくさんの人から、あのあと電話をもらったよ。自分たちの思いを誰も発言していなかったから、ありがたかったとね」と、彼は語った。

それにしても群衆からのブーイングとは、あまりにも「可哀想」。

ギアはゆっくり目を閉じたあと、微笑みさえ浮かべて「ザッツ・オーライト」と、言うだけだ。
「いつかみんなも分かるときがくる。いまは辛い時期なんだ」と、あのテロ事件後のニューヨークに想いをそえた。
「君もニューヨークに住んでいるの?」と聞きながら、なら、分かるよねと、その目が語っていた。

ダライ・ラマ教の話もした。それって私にとっては興味ある話題。
プロテスタントのクリスチャンの家庭に生まれた彼だが、昔から「神とは何か」とか「人はなぜ苦しむのか」とかいう疑問を抱く少年で、スピリチャルな追求の結果、自然に仏教にたどり着いたという。
ダライ・ラマと出会ってからは、彼の生徒、そして友人となり、チベットへの援助も活発に行う人権保護の活動家になった彼。

「あなたも仏教徒か?」と聞かれて、
「仏教は一番、私が同意できる哲学だけど、私には自分なりの宗教があって、組織に属することには抵抗があるの」
と、自分で教祖になるつもりかい、と思わせるような訳の分からぬことを唱える私に「日本人は仏教徒が少ないね」と、彼。

「でも仏教は、組織として考えるものじゃないよ。自分のハートとの問題なのだから。自分だけにすべての責任があるんだ。誰かが自分の人生を修復してくれるわけじゃない。自分だけが自分の人生を変えていけるんだ」
と、穏やかに説かれ、「そう、そう、それが私の言いたかったことよ」だなんて、結局は彼に言いくるめられた私。

まあ、そこまでは良かった。
でも、なんか彼にバカにされているような気がしてきたのだ。

俳優であり、ミュージシャンでもあり、人道主義者でもある彼なのだから、それら全ての興味を1つにまとめることは考えていないかと質問したらと、プッと吹き出して、

「人権ミュージカルかい!? そうは思わないねぇ」
と、呆れたような薄笑い。

「うぃー、うぉーんと、びぃーりぃー!」
って、映画『シカゴ』で女性たちに熱っぽく歌われたときには、どんな気持ちだったかしらと、その部分を歌いながら(!)質問したときも、同じ表情で、あっさり一言。

「僕らは2か月、リハーサルし続けたんだよ」

彼演じる腕利き弁護士ビリーが「欲しい!」と、囚人女たちがセクシーに歌うシーンに熱くなってしまった私。歌われた本人は、くすぐったい気持ちがしなかったかと、素朴に知りたかったのだけど。

「あ、そッ、そーですか、ということは、もう慣れてしまっていたと?」と、しつこく食いさがる私に、彼はただイエスと頷くだけ。
そんな質問するなよ、とでも言いたげな、バカにするような薄笑いを浮かべながら。

やはり、たとえ一小節であろうと、人前では歌ってはならぬかったか。
私が子守唄を歌うと、慣れるまでは我が子でさえ、よく泣き出したものだ。

でも、あとになって気がついた。

あの彼の薄笑いは、私をバカにしていたからではなく、そういう表情の人なのだと。
あとで彼がアメリカのテレビ番組でインタビューされているのを見たら、同じような感じだった。

そう気がつくと、ますます彼への哀愁がこみあげてくる。

インタビューの録音テープを聞き返してみたら、時折、私にも質問を投げかけて会話のような感じにしてくれていて、そういう心遣いのある人だったんだなと、あとになって感謝しだした私。

そういえば彼は、
「有名になることは、まったく僕にとって興味のないこと。それは仕事で得たブービー賞だ。仕方なく付きまとわれているんだ」
と語っていた。

素顔の彼も、有名人には見えなかった。
演技するでもなく、自然体で、だからして、いつも爽やかにニコニコじゃなかったから、私はアレレと戸惑わされたのかもしれない。

©2003 Yuka Azuma

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渡米は1982年。ロサンゼルスに13年在住後、ニューヨークへ。84年より映画記事を中心に雑誌等に寄稿。ハリウッド映画スターへのインタビュー歴は30年以上。訳書にマーク・デヴィッドジアク『刑事コロンボ』(角川書店)、同『刑事コロンボの秘密』(風雅書房)、フランク・サネロ『ジュリア・ロバーツ 恋する女神』(講談社)『ヴィダル・サスーン自伝』(髪書房)がある。

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