ヒトコの小径

イヤミーな話し方

2、3年前に話がさかのぼってしまうが、マッキントッシュをやっとデザインの仕事に取り入れることにしたという東京にいる前のボスに、私のメールアドレスを教えていた時のこと。

「ええと、これは全部ワンワードでスペースなしですよ」

と私がメールアドレスをスペルアウトして説明していたら、電話の向こうで彼は、

「何を言っているんだ、お前は。日本語をちゃんと使えよ、日本語を。全く。何がワンワードだよ。それに、スペースじゃなくて、アキでしょうが、アキッ」

と冗談っぽく突っ込んできた。

おお、なるほど。確かに、昔、日本で働いていた時に、写植指定をする時などは、専門用語で「ややアキ」とか「ややツメ」なんていう感じで「アキ」という言葉を頻繁に使っていたのを思い出した。でも、日常ではやっぱり「スペース」って言うんじゃないかと思ったのだけれど、その辺のことはもう忘れてしまってよくわからない。

それ以来、

「あれっ? タートルって、とっくりって言うんだっけ?」

とか

「ハンガーは衣紋掛けだっけ?」

なんて逆に悩んでしまう場合が多くなった。そういう質問を友人にすると、

「あのねぇ、仁子さん。もう~、やだなあ。海外生活長いとそういうところがマヒしてくるんだから」

と言われてしまう。

白いお米を食べている以上、日本語は絶対に忘れたりはしないが、 日本語圏を離れていると「旬」の日本語をうまく使いこなしたり理解したりすることができなくなってくるのは事実だ。流行語にもついていけない。芸能人の名前とかも忘れてしまって、この間も、加山雄三のことを「加山三郎」と呼んでいたらしく、人前でウケまくってしまった(またしても、かなり古くてすいません)。

昔、アメリカ生活の長い「変な」日本人に対して、

「あの人、ちょっと海外生活長いからってやたらと英単語使っちゃって、いやーね。実は英語だってそんなにうまくないのにね」

と、思うことがあった。日本語で話しているのに、

「ヒトコさん、カーフィー、飲みに行かない?」

なんて英語っぽくいきなり言われた時には、一瞬何のことだかわからず、

「えっ? カーフィーってなあに?」

と聞き返してしまったこともあった(注:勿論、英語でコーヒーのことです。ニューヨーカーは、ニューヨークアクセントで「コーフィー」と言いますが、標準英語では、「カーフィー」ですね)。

私は絶対にそういう風にはならないぞ、と思っていたのだが、私の日本語も、カタカナの部分が例えば「スタジオ」が「ステューディオ」、「ニッケルオデオン」が「ニコロディオン」という風に言った方がしっくりするなあ、と感じるようになってきた(そして「ナイスボディ」は「ナイスバディ」ね)。

子供に対しても、彼等は耳で聞いた音しかわからないから、長男の友達の「マイケル」は「マイコー」、「カレン」は「キャレン」と言わないと、通じない。日本でも「ドナ・カラン」がいつの間にか「ダナ・キャラン」になっていた、ということがあった。

だから、ニューヨークにいる場合は特に、日常で英語的発音を取り入れざるを得ないのは、別に気取っているわけでも何でもなくて、結構避けられなかったりするのだ。

外国で生活していると、母国語をきちんと母国にいた時と同じように喋り続けるのはなかなか難しい。これは、日本語に限って言う場合だけではないらしい。ニューヨークでは、スパニッシュが母国語の場合、「スパングリッシュ」といって、英語とスペイン語がやたらめったら混ざったものが、一つの立派な言語として確立されているとか。

以前、子供には意地でも日本語しか使わない、なんて断言していた私だが、その努力も空しく、 もうすぐ4歳になる長男の話す言葉は、日本語と英語がかなりごちゃごちゃである。

一般的に多国語を話すことができる子供は、頭の中で一つ一つの言語が区別されていて、絶対に混乱することなんてない、なんてよく言われているが、うちの長男に限って言うと、その論理はかなり怪しい。私にしてみれば、誰が教えたわけでもないのに夫には英語で、私にはちゃんと日本語で区別して話す長男は、「天才だ!」なーんて思うのだが、それでも彼の言っていることを冷静に聞いてみると、

「このレッドのカー、大きいウィール付いてて、かっこいいねぇ。でもこっちのブリッジの上にあるイエローのチューチュートレインも好き~。マミー、このエアプレインのご本、リードして。このエアプレイン、お空をフラーイしているんだよ」

とかなんとか、かなりいいかげんなのだ。そう言われた私も、

「わあー。本当にこのレッドのカー、かっこいいねぇ。じゃあこのご本、リードしてあげる」

と彼の言っていることをそのまま受けて言い返している。これってなんか、私が一番避けたかった、アメリカに長い「変な」日本人の喋り方だなあ。

でも、子供にとっては二つの言語を覚えるのも大変なわけで、日本の育児書に書いてある平均と比べると、長男の言葉の発育は少し遅かったから、親としては、英語でも日本語でも何でもいいからコミュニケイションができるようになって欲しい、と思うのだ。

いずれは問題なくそれぞれきちんと区別して喋るようになるのだろうけど、今の段階ではそれでもしょうがないかなと、そのごちゃまぜ言葉でもOKとしてしまっている。

日本でそのように日本語と外国語をちゃんぽんで喋っている親子を見かけたら、

「あの人達、イヤミーな親子ねぇ。日本人なんだから、きちんと日本語で喋ればいいのに」

なんて冷たく思わないで、

「あの人達も大変なのね」

と、私たちの苦労もちょっとだけ、わかって欲しい、と思う。

上山仁子その他のサイト・HP子育てブログ
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