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真理子さん、お願い!外から見た日本:シングルマザーの世界も誰かが始めなければ変らない

On: 特出しコラム とびこみくん

ついこの間、ファッションブランドD&Gのチーフデザイナーが発した「ゲイカップルの人工授精」に対する意見に、エルトン・ジョンが激怒し、D&G商品のボイコットを呼びかけるコメントを発表した。

多くのセレブたちは、エルトンを支援するコメントを次々に自分のツイッターなどで表明。そして、その数日後、エルトンの宿敵と言われ、数年前にはD&Gの広告塔をしていたマドンナも、エルトン側を支持する投稿をインスタグラムにアップした。

Think before you speak…….. ❤ (考えてからモノは言ってね)

アメリカの多くの著名人たちは、自分たちの発言が社会にどのぐらいの影響力を持っているかを充分に自覚しているように思える。

アメリカ社会では、世界が進化すると共に、多様なライフスタイルを「ポリティカリーコレクト」に受け入れ、それでいいのだと人々を教育する態勢がある。

「ポリティカリーコレクト」という言葉をはじめて聞いたのは80年代後半だったが、アメリカから来た言葉として、日本でも話題になったはず。

当時はあまり好きではない言葉だったが、アメリカでは、その後、実際にこの言葉が人間の考えや行動を変えるキーワードとして社会へしっかりと浸透し、人々を成長させたのだと思う。

宗教、人種、性的指向を含め、異なる人たちが「公平」に住みやすい社会を作ろうと、人々の意識も集中しているように感じる。アメリカは新しい社会を造り出す努力を惜しまない人たちが集まった場所であり、パイオニア精神に溢れる人たちなのだ。

ただ、そんなアメリカでも理想社会とはほど遠く、諸問題は後を絶たないわけではあるが。


今回、フェイスブックの友達が「いいね」ボタンを押していたので読んだ武田砂鉄氏の記事について、いい機会なので、私が思っていたことをまとめたいなと思う。

川崎リンチ事件のこともよく知らないし、「お母さん、お願い」と題された林真理子氏のコメントも全文を読んでないので、何とも言えないが、武田氏の記事は、一般的シングルマザーに対する社会的風潮について、日頃から感じていたことをすぱっと代弁してもらったようで、とても素晴らしい記事ではないかなと思った。

特に、昨年の秋に連載されていた朝日新聞のコラムに関する「メディアが自立から遠ざけている」という武田氏のコメントには、全く同感で、同じように感じていた人がいたんだとわかり、妙に感動した。

このような意見がどんどん発表されることは、私たち女性(シングルマザー)の意識自体を変え、貼られたレッテルを取り払うことが重要だと思う今、とても必要なことだと思っている。

朝日新聞の記事:「女が生きる 男が生きる」
それに対する私の意見:「バイリンガルな子育て生活」

それにしても、武田氏の記事で書かれていた林真理子氏のコメントが本当であるならば、とても衝撃的だ
そう言えば彼女はその昔「アグネス論争」でも論議を醸し出した張本人であったわけで、女性が住みやすい方向へと日本社会を導くことができるかもしれないだけの発言力を持つ人なのに、いつもその逆へと進む女性の敵になっている。

悲惨な事件に対する個人的感情を通り越して、先進国であるわりには、古い日本独特のメンタリティーを引きずっている日本社会に危機感を感じてしまった

世界に共通するコンセンサスから見ると、日本はかなりな後進国であると再確認せざるを得ないし、このようなシングルマザーに対する閉鎖的偏見が社会にはびこっている限り、日本は成長しない。

こんなことだから、グローバル化と大げさに言っていたわりには、何も変わっていない(らしい)のだと思う。

アメリカがポリティカリーコレクトに成長していた間、日本は、一体何をしていたのだろう。

時代はすっかり変っているのに。そして、人々が変らない限り、現代社会で生じている諸問題は解決できないまでの限界に来ているというのに。

例えば、私が長男を出産した後、

「子どもをおいて働いているなんて、子どもが可哀想ねぇ」

と当時働いていたフラットアイアン付近のオフィスビルディング内でたまたますれ違った日本人女性に言われたことがある。

仕事を続けることは、家族のためでもあり、長い目でみると自分の幸せにもつながる、と激励してくれるニューヨーカーの中で、そんなことを言われ、かなりびっくりした。

勿論、新生児は特に母親と一緒にいることは大切だと思うが、人生はそれだけで決るわけではない

私が長男を産んだ時は、80年代に「ダブルインカムノーキッズ(DINKS)」でキャリア志向だった人たちが「家族」に焦点をあてはじめ「ファミリー志向(family oriented)」に移り変わったという社会的背景があったが、それでも、仕事を辞めるという選択をする女性は、私の周りでは少なかった。

そして、そのような「ファミリー志向」に拍車がかかり、「貧乏人の子だくさん」という日本の事情とは裏腹に、アメリカでは、子どもを多く持つことは「富の象徴」であると思われるようになった。ますます子どもを生みたいと思う女性も増えたと思う。

90年代のアメリカのバブル経済により、人々が裕福になったからだと思うが、「家族優先」だという人たちのために企業側もオフィス内に託児所を儲けたり、コンピューターテクノロジーを利用して、家から仕事ができるようになる「Telecommuting」も広がった。

アメリカ(特にニューヨーク)では、母親でも父親でも、オフィスに子どもを連れて来たり、子どもと一緒に過ごせるように、できるだけ家で仕事をするなどといったことは、よくある風景となった。

子どもの授業参観や発表会なども、夫婦で参加する(離婚していても)。勿論、子どもが病気になったりしたら、夫婦揃って仕事を休みドクターへ連れて行く、ということも、親として当然の権利であり義務でもあり、ごく当たり前の行為として社会にも受け入れられているのだ。

北欧などもっと進んだ国では、父親の産休もしっかりと法律で認められているらしいし、アメリカでも、そういう動きは感じられる。

日本の少子化問題がいつまでたっても改善されないのは、やはり、育児に関する「女性支援」が足りていないということは、明白だと思う。

現在のアメリカでも、ヒラリー・クリントンの次期大統領選への期待と共に「女性支援」の風潮が高まっている。

2年ぐらい前にも「Lean In」という、女性がビジネスにおいて男性社会に入り込むための本がベストセラーとなった。
それをきっかけにか、フェミニズムとは何ぞやという論議が醸し出されたのも事実。

私自身はシングルマザーになって以来、フェミニストであることをやめているが(*)、昨年末には、フェミニストでUN Women 親善大使でもあるエマ・ワトソンが、国連本部でもう一度「男女平等」を見直し、フェミニズムを見直そうと呼びかけ、話題になっていた。

今までのアプローチとは異なり、とてもいいスピーチであったように思う。

ただ、世の中で、「男女平等」と言う時に、自分がいる階級や立場によって、同じ女性同士でも温度差が生じている、ということは、知っておいた方がいいと思う。エマ・ワトソンも、「自分には与えられている女性としての権利は、多くの女性には与えられていない」と言っている。

話を「Lean In」に戻すと、第二のクリントン女史を生み出すための「ハウツー」ものであり、裕福な家庭で育ちハーバード大学などトップの教育を受けて来た女性たちを対象として、どのように男性社会の「逆風の中で突き進む(Lean In)」べきか、著者の経験を元にいろいろなヒントが書かれている。

子育てをしながら、明日の生活を支えるためだけに生き伸びている切羽詰まった女性たちのことは、目に入っていないのだ。つまり「Lean In」の女性とは、女性の風貌をした、男性なのである。

それゆえ、女性の社会的地位とフェミニズム向上を目的とした本だったのにも関わらず、一般女性たちからは、妬みも含め、多くの反感を買ってしまったわけだ。

今回の林麻理子氏のコメントも、さながら「私は恵まれた層にいる人間で、あなたたちのこと理解できませんが、もっとお母さん、しっかりしてよね」という上から目線を感じずにはいられない。

「Lean In」は、無視することにより、一般的生活レベル以下の女性を差別しているが、林氏は、裕福な人とそうでない人をしっかり例に出して比較し「シングルマザーは生活にも余裕がないんだからこうするべきである」と、あくまでも彼女の想像上概念を押し付けているところに、むしろ同情してしまう程、彼女の経験のなさとリサーチ不足を物語っているような気がする。

シングルマザーをあからさまに差別するそのような発言に、私は心から憤りを感じた

武田氏も指摘しているように、今回の「リンチ事件」は、決して家庭環境から起こった事件ではないと思う。たまたまその家庭が、シングルマザーで貧困層であったらしいということにしか過ぎない。

ちなみに、朝日新聞の記事で「愛だけでは守れない 一人親支援もとめる声」という記事も読んだが、これも最もなことを言っているようで、かなり的外れに感じた。

川崎リンチ事件の被害者の母親は「日中、何をしているのか十分に把握することができていませんでした」と、悲痛のコメントを出したそうだが、中学生の子どもたちの行動を充分に把握している親は、夫婦揃って生活している家庭でも、どのぐらいいるのだろう?と思う。

事件が起きるまでは、「子どもを信じ自由に伸び伸びと育てている」という子育て論も、問題が起こると一転して「ほったらかしの放任主義」だと批判されるようになる。果たして、そういうことだけに事件の原因があると言えるのだろうか?

アメリカでは、家族優先という社会的傾向があるのにも関わらず、それでも経営者やCEOなどビジネスのトップの地位に行けば行く程、「ディナーは家族と共にできない日が多い」という統計が出ている。しかも裕福な家庭では、子どもたちの習い事やスポーツが優先されるために、家族が揃う食事もおろそかになってしまう。世界をまたにかけるビジネスパーソンの中には、出張で家を空け、家族との生活がままならない、という悩みを抱える人も多い。

私の知り合いの中には、

「いくら出張が多くても、3人の子どものバースデイだけは、この15年間、一度もミスったことがない」

と自負している人がいるが、忙しいルーティーンをこなす毎日で、子どもと向き合うことができない、という親は、子ども優先のアメリカ社会でもよくある話なのだ。

人々は、理由を見つけ、当てはまらない自分たちは大丈夫だ、と安心したいのかもしれないが、事件はどんな家庭でも起こるわけだし、そもそも「普通の家庭」などというものは、存在しない、というのが私の見解である。

シングルマザーの家庭にもいろいろあるし、両親が揃っている家庭も蓋を開けて見ると様々で、事情はいろいろと異なるはずだ。

再婚者同士の家庭や片方が再婚者の家庭も日本でも増えていると聞く。そして、勿論、子どもがいない家族だってたくさんある。

アメリカでは、更に新しい家族の形として「ゲイカップル」「養子縁組」なども、市民権を得ているわけだ。

家族の形が多様化している現代社会では、正しい理想の家族のあり方なんて、断定できない。
○○だから○○である、という一つのステレオタイプに型を当てはめてものごとを捕らえることは、非常に危険な行為であり、そこからは何も生まれない。

(部屋が散らかっているということについても、片付けられない人もいるわけだし、考え方によっては、掃除をする時間があったら、子どもたちと一緒に過ごす時間をより多く持ちたいと思っている親もいる。掃除をすると、散らかる度に子どもたちを叱ることになるので、敢えて掃除はしない、という親もいる。考え方は人それぞれ。その家庭によって、いろいろなやり方やルールがあっていいと思う。

安倍首相が「女性支援」とキャンペーンをしていると言うが、彼の唱える女性支援とは何か?

男性社会の中で、活躍する女性を目立たせることは、ロールモデルを得るという意味ではとてもいいことだと思うが、実際に手を差し伸べてあげないと浮かび上がることができない女性もたくさんいるわけで、全ての女性がそれぞれの境遇において必要としていることは一体何なのか、具体的にしっかりと私たちの声を聞いてほしいと思う。

朝日新聞の記事のように、母親一人では子どもを守れない、ということであれば、まず改善すべきことは、日本も法的に離婚後の共同親権を認めることではないかと思う。

そして、大人は自分たちの離婚事情に子どもを巻き込まないことだ。
これは、離婚後子どもを一人占めする傾向にある日本の女性にも非があると思う。いろいろな男女の問題や、子育て上意見の不一致などがあるのはわかるが、ここは子どものためにも「大人」としてそのような感情抜きで取り決めた方が今後のためだと強く主張したい。

現実に、単独親権というものは、権利ではなく「義務」である、ということに気がついていない女性が多い。養育権と言われる「監護権」も、養育しなければいけない「義務」を意味するものであり、子どもとの生活を「勝ち取る」ことではないのである。今までの結婚生活においての仕返しや罰として与える嫌がらせであるならば、それ以上に自分の身に降り掛かってくる責任というものを、しっかり認識し覚悟してから決めるべきだ。

日本独特の考え方だと思うが、相手に新しいパートナーがいるのだとしたら、その新しい家族への配慮云々も、この際、子どものためには全く必要ないと思う。そんなことよりも仲良く子どもを囲んで、みんなで家族になればいい

養育費未払いの問題も、父親にしっかりと日常的子育ての義務を与えれば、払ってくれる人も増えるのではないかと、思う(勿論、そんな簡単なケースばかりではないと思うが)。父親だって人間なので、遠ざかっていくものに、気持ちを留めておくことは難しいのだから。

「女であることを優先してはいけない」という意見について、それが「子どもより夫を大切にしてはいけない」とか「シングルマザーは恋愛してはいけない」という意味であるならば、前者は、まさしく自己破滅型発想であり、後者は、それが明らかに差別だということ以外にも、賛成できない理由がある。

世の中「夫より子どもを優先している」妻(お母さん)が多いからこそ、淋しい思いをしている夫(お父さん)がたくさんいるという事実は、ここで指摘するまでもない。そして、そういうことが原因で、夫婦仲に亀裂が入ってしまうことだって、みんなが既に気がついているはずだ(それとも、気がついているのにどうにもできない事情があるのかな?)。

シングルマザーの恋愛事情については、まず知っておいてほしいことは、恋愛している時でも、親である私たちは、その事実を決して忘れたりはしない、ということだ。どんな時でも、子どもが優先されるに決っている(そうでない場合は、ごく一部の未熟なシングルマザーなのだと思う)。

親が幸せそうにしていると、子どもは「無条件に嬉しい」のだと私は感じたし、一人で頑張っていた時は「あなたたちのためにこんなに頑張っているのに」という多大な子育てのストレスがあったのに、恋愛によってそれも癒される。そして、子どもにも優しくできるんだと実感した。

家庭に笑顔が増えるのだから、悪いことであるはずがない。

このようなことは、経験してはじめてわかったことであり、正直なところ、驚きと共にとても嬉しかったことである。

人間は、一人では生きていけないと言うが、生きていく上で、愛する人や大切な人が必要なのは、シングルマザーやシングルファーザーにとっても同じこと。勿論、裕福な人でも貧困な人でも、全ての人間に共通して言えることだと思う。

うちの子どもたちは「ステップファーザー」がほしい、と口を揃えて言っている。母親に気を遣って言っているだけの言葉でないことぐらい、自分の子どもなのだから、わかる。

残念ながら、今のところその予定はないが、アメリカ人のお友達には、ステップが当たり前のようにいて、お母さんとお父さんの2つの家族の間を問題なく行ったり来たりしているのを見ているからではないかなと思う。

下の娘は「その方が、いろいろかまってもらえて楽しいから」と言うことだ。

楽しいかどうか。
それはその子どもの受け取り方や家族との関係によっても違うだろうし、いろいろな努力が必要になってくる。
しかし、少なくとも、家族が増えて賑やかになることは確かだ。

「キャリアを取るか、結婚(子育て)を取るか」と悩んでいる若い女性がいるのだとしたら、私は「両方選んでいいんだよ」と、言ってあげたいと思う。

今はもう、そういう時代なのだから。

シングルマザーにしても、閉じ込められた檻の中からもっと広い世界へと解放されるには、社会においても力のある一言なのだと思う。

勿論、容易ではないかもしれない。
けれど、充分にそれが可能な社会へと世の中は進んでいることを信じ、またその道をこれから進むであろう人たちへ向けて、より広げてあげることが、先を行く私たちの役割ではないかと思う。

日本の著名人たちに私がお願いできることがあるならば、その立場と影響力を利用して、よりよい社会へと貢献してくれる人が表にもっと出て来てほしいということだ。

最近は日本でも、寄附金控除の改訂がなされているようだが、そういう法律を利用して裕福層にはどんどん寄付をしてもらいたい。そして、一般市民はそういう社会奉仕を「税金控除のため」だとか「売名行為」であるなどと批判しないで、気持ちよく受け入れる姿勢を示すことも大切だと思う。

今回のこの件で、いろいろな意見がネット上でも飛び交っていたにも関わらず、林氏は、その後何のコメントもしていない。

プライベートなことであればともかく、社会的批判発言をして世の中を騒がせたのだから、やはりフォローアップはあってもいいと思う。

原稿料が発生しないと文章は書けないのか?
それとも、所詮、高見の見物なのか?
日本の偉そうな人にありがちな、臭いものには蓋をして、面倒なことは無視して何もなかったことのように振る舞うつもりか?

林氏にそこまで期待するのも間違っているのかもしれないけれど、アカウンタビリティーの概念がまるでない、ということもグローバル化からは程遠いと思われるし、いずれにしても、彼女の「生の声」が伝わって来ないところにも、かつてのトレンドセッターも、完璧に時代に乗り遅れているなと思う。


*フェミニストをやめた理由:今まで如何に、私が「男性」に頼って生きていたかを、一人になって痛感したから。「男女平等の権利と雇用機会」という意味では、今でも引き続きそれを主張し求め続けているが、フェミニズムという社会で位置づけられた一つの枠を越えたところで、真の女性の自立と権利を求めて、私なりに戦っている。

上山仁子:アメリカ在住23年のグラフィックデザイナー。ワーキングマザー歴16年。シングルマザー歴は5年半が過ぎる。子どもの父親とは、共同親権をわかち合うも、相手が州外に住んでいるため、監護権は100%受け持つ。3人の子どもたちのためにも、母親が幸せになることが家族の幸せにもつながると信じ、人生大いに楽しむことを毎日実践している。

Photo Credit: Louise Leclerc via photopin (license)