ニューヨークからプロライター達がお送りする、「ここだけ」のおもしろ情報。

No.8 「チャレンジしなくちゃ後悔もできない!」マンガ家ミサコ・ロックス流、人生の切り拓き方!

On: 本気で働くNY 好きな仕事でGO-GETTER!

アメリカでマンガを出している唯一の日本人コミックアーティスト、それがミサコ・ロックスさんだ。

もちろん日本のマンガであれば翻訳されてアメリカでも流通しているし、MANGAもANIMEも英語として浸透している。

けれどもマンガを英語で書いて、アメリカの出版社から出しているのは現在ミサコさんだけ。
ふつうなら「そんなことできっこない!」を実現したミサコさんの秘話とは、なんなのだろう。


留学先で人種差別にあって、目立つ自分に変身!

とあるホームパーティで初めてミサコさんに会った時、彼女が放つ強烈な存在感に「お」と感じたことを、よく覚えている。

大きな黒縁メガネと、少しエッジィでオシャレなスタイル。
なにかタダ者ならぬ、サブカル感溢れるたたずまいだったのだ。

もっとも巷のサブカル女子なら「誰にどう思われたって自分が好きな格好をしたいし」という理由を口にするだろう。
ところがミサコさんは違う。
戦略として、この格好を打ち出しているのだという。

「マンガ家というイメージにあう黒縁のメガネをトレードマークにして、学校で講演会をする時に、中高生たちに興味を持ってもらえるように、今どきのファッションを押さえるようにしているんです」

とミサコさん。

そこまで意識的に自分をプロデュースしているマンガ家もめずらしいが、彼女がこの哲学に至るにはワケがある。
かつて大学留学時に、さんざん周囲から無視されたというきびしい経験が、自己アピール術を作りあげたのだ。

ミサコさんが外国に目覚めたのは、11歳で「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を見た時のこと。
いっぺんにマイケル・J・フォックスに恋をした。

そこからマイケルに会いたい一心で、アメリカ留学にロックオン
中学時代の成績は後から数えたほうが早かったが、法政大学に留学制度があると知って猛勉強をして、ついに学年でもトップランクに。

おかげで法政大学に進学して、計画通りアメリカへの留学を果たすことになる。
ついに憧れのアメリカでの留学生活がスタート。

「ところが行ってみたら、夢みていたのとは大違い。ミズーリ州の田舎で、なんにもないところだったんですよ。周りは白人ばかりで、人種差別も露骨にあって」

アジア人というだけで一段下に見られて、話しかけてくれる友達もできない。英語を勉強したはずなのにコミュニケーションも取れず、自尊心はボロボロに。

それでも「日本に戻りたい」とはちっとも思わなかった。「こんなことで負けてたまるか」と必死に英語の勉強に打ちこみ、ある夜ついに英語で夢を見るまでに至る。そこから急に英語が上達したという。

そして「大人しくて何を考えているかわからないアジア人」から抜け出すために、髪を一週間ごとに色を変えて、個性を打ち出し、声をかけられやすい自分を演出した。

その頃陰で呼ばれていたアダ名が「クレイジー・ジャパニーズ・パンク」(笑)
しかしおかげでパンクロック好きな友達もできて、アメリカ人の持つ自立心ややさしさにも触れることになった。


ミズーリの大学に留学中のミサコさん。当時のアダ名はクレイジー・ジャパニーズ・パンク。


ホームレスになり、悪ガキ相手にアートの先生になり大迷走

日本に戻ったあと、次にミサコさんがビビッと来たのは「ライオンキング」の舞台を観た時だった。
いきなり「人形師になろう!」と思いたち、NYにある劇団に電話をかけまくってインターンで取ってくれるところを探したという。

注釈を入れると、これは非常にめずらしいケースであって、舞台美術の仕事をしたいなら、まずアート系の学校に行き、知人のツテで手伝いを始めるほうがいいだろう。

ともあれ押しの一手でみごとインターンシップを勝ちとったミサコさん。渡米してNYの劇団に所属して舞台美術を始めたまではいいが、貧乏暮らしが始まった。

しかもある日大家にアパートメントからの立ち退きを命じられて、なんとホームレスに。若干24歳でホームレス生活になってしまったのだ。

ふつうなら日本に戻るところだが、ミサコさんのすごいところはそれでも「絶対に帰ろうとは思わなかった」というところ。
トンプキン公園のベンチで寝て、ホームレスの炊き出しに並び、知り合いの家にシャワーを借りに行った。

そしてストリートフェスティバルでフェイスペイントをして小銭を稼いでいるうちに、レズビアンのカップルと知りあって運よく部屋を貸してもらえることに。


人形師をめざして、NYの小劇団で美術を手がけていた頃のミサコさん。今より25キロ肥っていた。

さらにNYの公立校で放課後の補習授業でアートのクラスを担当する先生を募集していると聞き、さっそく応募した。なぜか応募に集まっている人たちは全員ブラックで、アジア人は自分だけ

みごとに職をゲットして学校に出かけてみると、これがなんとブルックリンのとんでもなく荒んだ地域の中学だったのだ。

アメリカの荒んだ公立中学や高校というのは暴力や窃盗、ドラッグ、さらには銃の問題もあるので、校内にもガードマンが巡回している
一瞬ボーゼンとしたミサコさんだったが、今さら引き下がれない。

生徒たちは誰もミサコさんのいうことなんか聞こうとしない。発音をバカにされる。
なかには少年院から出てきて、中学生といっても実質的には高校生である図体の大きな少年たちもいる。完璧になめられた

それでもミサコさんは一歩も引かずに、彼らが興味を引かれそうなことを授業に盛り込み、書道だのタトゥアートのデザインだのを体験させてみた。

親からかまってもらえない子たちが多い環境で、彼らは褒められることに慣れていない
彼らの描いた絵を褒めてやると、喜ぶのが見てとれた。

「つまらない安いお菓子を人数ぶん持っていくとするじゃないですか。そうすると争うように持っていくんですよ。そんなもの欲しいのかと思うけれど、うちにはそんなお菓子はないっていうんですよね」

あるいはわざとヌードの絵を描いて困らせようとする男子に、絵を褒めてアドバイスしてやると、褒められたことが意外だったらしく笑顔になる。
書道のまねごとで筆を取る手に、手を添えてやると、そうしてもらえるのを喜んでいるのがわかる。

喧嘩と盗みにあけくれる悪ガキたちは思いがけず心のなかでは愛情に飢えていて、小さな褒め言葉を求める純粋さも持ち合わせていたのだった。

そしてミサコさんが補習授業の先生を辞める時に、いちばん悲しんで別れを惜しんだのが、少年院を出てきた悪ガキだったという。


図書館や学校の講演で、キッズたちに自分の体験やマンガ教室をすることが多いミサコさん。
子供に人気バツグンだ。


1回くらいNOといわれてもめげないガッツで、ついに出版を

ミサコさんは恋愛においても「狙った獲物は逃さない」ライオン型だと豪語する。

「一回くらいNOといわれても引き下がらないですね。だってあなた、また私のことを知らないじゃない、と思うから。絶対に私のことを好きにさせると燃えますね」

肉食系女子を超える、ウルヴァリン女子とでもいうのだろうか。すごい攻撃力である。
ちなみに押しすぎて「日本人男性には怖がられる」らしい(笑)

そしてこのアタック力で、みごとイケメンのロック・ミュージシャンをゲットしてゴールイン。
バラ色の結婚生活を夢みてウィスコンシン州に落ちついた。

ところが現実は甘くないもので、これがまた失敗してしまう
二人の仲がうまくいかなくなり、離婚のゴタゴタで、睡眠薬が離せない日々が続くようになってしまった。

そんなドン底の状況で訪れたのが、運命の転機だった。
子供用美術館で受付をしていた時に、あるアメリカ人の子供が「このマンガを知っている?」とドラゴンボールを見せられ、初めて日本のマンガがポピュラーだということを知る。

そこからマンガ家を目指して、一心にマンガに打ちこんだ
ばりばりと作品を描き続け、NYの出版社に片端から連絡を入れて、プレゼンを取りつけた。

ここにも注釈をいれると、アメリカでは作家が出版社に作品を持つこむことはない。エージェントと契約して、エージェントが営業するシステムなのだ。
ふつうは出版社の編集者が作者に会うことはないのだが、そこは彼女の熱意の賜物だろう。

そして十社に作品を持ち込んだものの、あえなく十社から断られてしまった。
だが諦めなかった

編集者にきびしく悪い箇所を指摘されたが、そこを直しに直して2年間プレゼンに励んだという。

そしてついにディズニー・ハイペリアンから契約を取りつける。こうして出版されたのが「Rock and Roll Love」だ。
この本はNY公立図書館が選ぶベストティーンズブックリストの一冊となる。


ディズニー・ハイペリオン社から出版されている「Rock and Roll Love」

いったいアメリカで出版されるというのは、どんなマンガなのだろう? これが読んでみると、驚くほどまっとうでベタな少女マンガなのだ。

アメリカの高校に留学した日本人のミサコが、ロック少年のイケメン、ザックに片想いして、みごとにハッピーエンドという胸きゅんストーリー。
王道の少女マンガといっていい。

こんなかわいいストーリーがアメリカで受けるとは、かえって意外な気がするが、「アメリカでは作者の実人生が反映されたものが受けるんですよ」という。

そこに描かれた作者の実人生や、マイノリティの少女が違う人種の男子と恋をしたりするというあたりに共感する少女たちが多いという。

日本とは違って、アメリカにはいわゆるマンガ雑誌がなくて、単行本として出版される。
読者層も小学校高学年で、年齢層によってセックスや暴力などの描写もきびしく規制がある。
そうしたマーケットを踏まえ、つねに子供たちに今人気があるのはなにか、実際の子供たちと図書館や学校の講演会で触れあっているという。

そしてなによりすごいのが、その不屈の挑戦力だ。
編集者にも「実際にダメといわれたところを直してもう一度来たのは、あなたしかいない。アメリカ人でもそんな人はいなかった」と驚かれたという。

これは成功するのに、とても重要なポイントだろう。

たしかにアメリカ人は日本人に比べると、積極的だし自信家で、ぐいぐい自分を売り込むのだって得意だ。
けれどもダメだしをされた時に、「いや、自分はこうしたい、自分はこれが正しいと思う」という我執に囚われる人も少なくない。
エゴが強いぶんエゴにこだわって、うまくいかない人だっているのだ。

書き直すというのは、むしろタフな精神力がいることなのだ。
そこを書き直して再トライをしたというミサコさんは、ビジネスとして考えると、まったく強い


失敗しても次のチャンスは必ずある!

ミサコさんの著作「理由とか目的とか何だっていいじゃん! チャレンジしなくちゃ後悔もできない! ニューヨーク流自分を解き放つ生き方」では、このミサコさん流のサクセス術のコツが余すところなく書かれている。

NYに住む者の立場として誤解なきように断っておくと、NYに住んだからといって、誰もがミサコさんのように当たって砕けろ、チャレンジャーな人間になるわけではない
本人の元から持っている気質が大きいかなとは思う。

けれども彼女の姿勢には大いに学ぶところがあって、なによりずば抜けているのは打たれ強いところだ。
決して負けない、道を切り拓く不屈の精神がある。
そのガッツはどこから培われたのだろう。

その原点を尋ねると、ミサコさんは「小学校の時にイジメに遭った」経験談を話してくれた。

その時は女子のグループに嫌われて、物を隠されたり、上履きに画鋲を入れられたりと、それこそマンガのようなイジメを受けたという。

警察官であるお父さんに相談すると、「そんなものは百倍返しにしろ!」とカツをいれられた。
「でも人気のある女子たちにそんなことできないよ」というと、「だったら、次にイジメを受けた時に笑い飛ばしてやれ」とアドバイスされたという。

そこで次にいじめられた時に、ミサコさんは「うわははは」といじめっ子の前で高笑いをしてみた。

とたんに相手が引いたのか、それきりイジメはなくなったという。
そこでサバイバルした強さは、その後生きている。

どんなにつらい時でも、ミサコさんが座右の銘にしているという言葉が次のフレーズだ。

“If you put your mind to it, you can accomplish anything”
(一心不乱に打ちこめば、なにごとも成しえる)

これはじつは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に出てくるセリフだ。
ミーハーで始まった「好き」がじつは大きく人生を成功させてくれたのだから、「好き」の力とはすごいものだ。

「もう二度と結婚はしたくないほど、こりごり」というミサコさんだが、現在は仲のいいボーイフレンドとNY生活を満喫している。

この本のなかには積極的に生きるコツが書かれているが、なかでも含蓄あるフレーズを紹介しよう。

「起きた失敗と、自分の内面は、関係ありません。
仕事において失敗しただけであって、
「私自身」は何も損なわれていない。そう考えればいいんです」

じつはこれがいちばん重要な知恵ではないかと思う。
多くの夢みる人にとっては、ここが難関だからだ。

たとえば自分の作品をボロカスにこきおろされる、オーディションで落ちる、プレゼンで失敗する、作った物が売れない、応募作が落選する……。

そうした時に人間は「自分はなんてダメなのだろう」とへこむわけだが、この落ち込み期間が長いほど前に進めなくなってしまう。
さらに傷つくことが恐くて挑戦をしなくなるということがしばしば起こる。
あるいはプライドが高すぎて「わかってくれない相手がいけないのだ」と相手や環境のせいにする。

そこを「私自身はなにも損なわれていない」と考えるクセをつけること。
これは非常に役にたつアドバイスだ。

もしあなたが今自分の生き方を変えたくて「理由とか目的とか何だっていいじゃん! チャレンジしなくちゃ後悔もできない!」というタイトルにピンと来たなら、ぜひこの本を手に取って欲しい。

ブレイクスルーするヒントが詰められているはずだから。

「私の場合は好きなことをつらぬいてっていうより、失敗と挫折を繰り返したからこそ成功を掴めたと思うんです。
夢がいったん破れても、それで終わりじゃなくて、二度目の夢だってあるんだよというのを伝えたいですね」

たとえ夢が破れたり、失敗したりしても、それで終わりじゃないし、あきらめることはない
予期しない出会いや次のチャンスを掴むことだってある。

「ミサコでいるのは、この人生しかないと思うんです。
生まれ変わりもあるのかもしれないけれど、私がこの私でいるのは、この人生だけ。
このミサコでいる時間を大切にしなくてはと思うんですよね。
わたしのモットーは、後悔は行動した後でしろ、です」

もし人生を変えたかったり、なにかやりたいことがあるのに迷っていたり、なにをしていいかわからなかったりしたら、この本はヒントをくれるはずだ。

背中を押してもらいたいひと、はっぱをかけてもらいたいひと、気合いを入れてもらいたいひとは、ぜひミサコさんの元気なカツをもらって欲しい

ミサコ・ロックスさんに会える講演会&サイン会がNYで行われます!

第140回 月例ニューヨーク異業種交流会 
1月30日(金)PM7:00~9:30

場所:グローバルラボ
545 8th Avenue suite 1410 (between 37th & 38th Street)
料金:$45(一般) $40(グローバルラボ会員)$30(学生)
ビュッフェ&ドリンクつき

申し込みはこちらより
http://www.igyoshu.com/

黒部エリのホームページはこちら
ブログ「エリぞうのNY通信」はこちら