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大リーグボール養成ギプスを装着した丸坊主マット・デイモンの魅力を再認識する『Elysium』

On: 夜の試写室

エビは一切入っておりません。

アレルギー表示のようにそう断りたくなるのが、ニール・ブロムカンプ監督による長編2作目、『Elysium』(邦題「エリジウム」)だ。

2009年に彗星のごとく現れたブロムカンプは、長編デビュー作の『第9地区』で南アフリカ共和国がかつてとっていたアパルトヘイトとその負の遺産を描いた

プロットには突っ込みたくなる大きな穴があったものの(姿形がエビに良く似たエイリアン達が突如ヨハネスブルグにやってきて難民となり、隔離地区に住まわされるのだが、エイリアンの宇宙船燃料を浴びてしまった人間が何故エビエイリアンになってしまうのか、そのメカニズムが理解不能。なんでじゃ?!)、リアルなCGIの映像とアクションをたっぷり盛り込み、観客の興味をつかんで離さないストーリーをドキュメンタリー風に上手く描いていた。

Sci-Fiというジャンルのなかで既存の社会問題をエンターテインメントたっぷりに見せ、アカデミー賞の作品賞にもノミネートされた。

そのブロムカンプが脚本、監督を務めた長編2作目、しかもまたもやSci-Fiと聞くと、自ずと『エリジウム』に対する期待値も上がる。

舞台は2154年のロサンゼルス。
人々が話すのは主にスペイン語。

地球は人口過剰で公害と病気が蔓延している。

富める者は既に地球から脱出し、アーマダイン社が開発したスペースステーションのエリジウムで何不自由無く生活している。

働く必要があるのかすら不明なほどの生活ぶりで、メインの言語はどうやら英語とフランス語らしい。

地球は病院では治療することができない病気や怪我を負った人間でいっぱいだが、エリジウムには寝転んでスイッチを押すだけで、骨折やガンなど、ありとあらゆる怪我や病気を治してしまうありがたい医療マシンがある。

その医療マシンでの治療を求め、地球からエリジウムに不法侵入しようとする者が後を立たない。

と、ここまでくればもうお分かりだろう。

今回ブロムカンプが物語の背景に使ったのは、もちろんアメリカの社会情勢だ。

極端な貧富の格差とオキュパイ運動、不法移民問題と人種差別法案(アリゾナ州のArizona SB 1070)健康医療保険改革とそれに反対する勢力

そこに、素晴らしい視覚効果と映像美を持ち込んで作られたのが「エリジウム」である。

物語はある意味SFメロドラマとも言える。

孤児院育ちのマックス(マット・デイモン)は、地球からはまるで光る自転車の車輪のように見えるエリジウムを見上げては、「いつかあそこで暮らしたい」と羨望の目で見ていた。

かつては腕っこきの泥棒だったものの、長い刑務所生活ですっかり骨抜きにされている。
保護観察中の今はアーマダイン社のロボット製造工場に働き口があるのをなによりもありがたいと思っている。


Matt Damon

そんなマックスが工場の事故で致死量の放射線を浴びる。
残された命はたった5日間。
生きるためには5日以内にエリジウムに行き、医療マシンベッドに寝転がらねばならない。

そこで登場するのがエリジウムへの不法上陸の斡旋を商売にしているスパイダー(ヴァグネル・モーラ)だ。
スパイダーはアーマダイン社のCEOから機密情報を盗むことを条件に、マックスにエリジウム行き密入国船のチケットを約束する。


Diego Luna, Matt Damon, and Wagner Moura

言わば負け犬のマックスがスパイダーの条件を飲むのは、ただ単に「死にたくない」という、あくまでも利己的な、ヒーローにはあるまじき動機からだ。

世界平和や人類のため、といったビューティーコンテストの出場者が必ず口にしそうな大きな目的を持たないアンチヒーローをデイモンが演じるのを見ていると、腹の底から親近感がわき上がってくる。

俳優本人が持つ「普通の人っぽさ」と「人の良さ」がキャラクターににじみ出て、キャラクターに対する親近感が一挙に増す。

特に、ロボコップの職務質問にジョークで受け応えたマックスがぶちのめされるシーンや、保護観察官ロボットとのやりとりのシーンでは、ユーモアを解さず融通のきかない役人やら職員にイラだった経験を持つ者なら思わず同情してしまうだろう。

かつて星一徹が息子飛雄馬のために開発した大リーグボール養成ギプスの進化版を装着し、高校球児もおどろくほどツルツルに頭を剃り上げたデイモンが、余命5日とは思えない持久力で戦う。それを見ても、「なんでじゃ?」と突っ込みたくなくなってしまうから不思議だ。

これは彼がジェイソン・ボーンだったからか?

ひょっとしたらそうかもしれない。

彼が演じると、キャラクターがどんなに利己的な理由を口にしても、「いや、こいつは最後には皆のために何かしてくれるに違いない」という揺るぎない信頼感を持ってしまうのだ。


Wagner Moura

同じくらい親近感を持って見てしまうのが、『エリート・スクワッド』で一躍有名になったブラジルの俳優ヴァグネル・モーラ演じるスパイダーだろう。

「そんなことしたら、商売あがったりになるぞ!」

と普通なら思わず突っ込みたくなることをスパイダーはやろうとするのだが、ここでもやはりモーラという俳優自身が持つ人懐っこさでスパイダーのその行動にもつい納得してしまうのだ。

逆に全く納得できないのがジョディ・フォスター演じるデラコート長官だろう。


Jodie Foster

エリジウムの防衛を担うデラコートは、汚らしい地球の住民の不法入国を阻止するためには手段を選ばない。
社会病質者で人間殺戮兵器のクルーガー(『第9地区』でエビエイリアンに変身してしまう下っ端役人を演じたシャールト・コプリー)を使い、不法侵入者を乗せた宇宙船を撃破する。

フォスターは国籍不明なアクセントの英語を話しつつ、堪能なフランス語を披露し、とっかえひっかえ衣装替えしてデラコートを演じるのだが、残念ながら描かれている人物像が薄っぺらなせいで、彼女の野望の深みが伝わってこない。

彼女が守るエリジウム自体の描写の少なさもそれに拍車をかけている。

さらに、この役をフォスターが演じていることも何の助けにもなっていない。むしろ彼女が演じることにより「デラコートにはもっと何かあるはずだ」と思わせてしまう。

しかしその期待はついに応えられることがなく、欲求不満で終わるのだ。

もっとも、もう一人の重要な女性キャラクター、マックスの幼なじみのフレイ(『シティ・オブ・ゴッド』で有名なブラジル人俳優、アリス・ブラガ)もキャラクターとしてさほど魅力があるわけではない。

ひょっとしたら、ブロムカンプは女性を描くのが得意ではない、というだけなのかもしれない。


Matt Damon and Alice Braga

ブロムカンプの得意分野と言えば、やはり16の頃から知っているシャールト・コプリーの使い方とビジュアル効果だろう。

『第9地区』でのコプリーはいかにもオタクっぽかったが、ここではオタクっぽさに渋さと危険度を加え、社会病質者らしさをうまく表現している。

また、素顔は案外男前であることもこの映画で披露している。
『特攻野郎Aチーム The Movie』のマードック大尉役で、ヘリコプターのプロペラにぶら下がって「You Spin Me Round」を歌いながらぐるぐる回っていた人間と同じ人物だとは到底思えない変身ぶりだ。


Sharlto Copley

もともと3Dアニメと視覚効果畑出身のブロムカンプはそのビジュアルのリアルさと美しさで評判が高いが、ここでもその期待は裏切られない。

これが今現在の世界だと言われても、そうだったのかと思ってしまうほどのリアルさで未来を描き、それがぴたりと絵にはまっているのだ。

実はこの映画を見たすぐ後にべつの映画を見たのだが、本編前にかかったSci-Fi映画『Ender’s Game』の予告編で見せられたプロダクションデザインに思わず失笑してしまった。

宇宙船にはまるでハイテク電子レンジのデジタル画面のような操作パネルがずらりと並び、『エリジウム』を観た後ではなんとも安っぽく見えたのだ。

『エリジウム』のプロダクションデザインは『第9地区』でもブロムカンプ監督と組んだフィリップ・アイヴィ。
『ロード・オブ・ザ・リングス』トリロジーのアートディレクターでもあり、ここでも良い仕事をしている。

アメリカ国内での『エリジウム』の評価は二つに分かれている。

それは、今のアメリカの社会情勢を反映し、健康医療保険の導入を明らかに指示する内容にリベラルは手を叩いて喜び、保守派は「赤映画」と掃いて捨てているせいかもしれない。

しかしこれだけは言えるだろう。

エビは一切入っておりません。


All photos © Columbia TriStar Marketing Group, Inc.

“Elysium”(邦題『エリジウム』)
MPAA Rating: R
上映時間:1時間49分
脚本・監督:ニール・ブロムカンプ
出演:マット・デイモン、ジョディ・フォスター、シャールト・コプリー、アリス・ブラガ、ディエゴ・ルナ、ヴァグネル・モーラ、ウィリアム・フィクナー

2013年8月9日全米公開
オフィシャルウェブサイト http://www.hbo.com/the-newsroom/index.html

2013年9月20日日本公開予定
日本版オフィシャルウェブサイト http://www.elysium-movie.jp