ニューヨークからプロライター達がお送りする、「ここだけ」のおもしろ情報。

No.19 半ハゲモヒカンの虜になる、ロックオペラの『American Idiot』

On: かぶりつき!ブロードウェイ観劇レポート

「Green Dayの『American Idiot』って知ってる?」

数年前のマンハッタンのとある居酒屋。
真向かいに座る眼鏡の男性が、枝豆を食べながらそう質問してきた。

Green Dayの『American Idiot』と言えば、わたしがニューヨークに移り住んだ頃に大ヒットした、パンクロックの反戦コンセプトアルバムだ。

アルバムは持ってないが、タイトルを聞いただけで、血の滴る心臓を模した手榴弾を握りしめる手の、インパクトあるイラストが目に浮かぶ。
それと同時に、タイトルソングも頭の中で流れ始める。

「知ってますよ。『なぁーんちゃらかんちゃら、アメーリカン・イディオーッ!』ってやつでしょ?」

酒の勢いと関西人特有のエンターテインメント精神とに背中を押されたわたしは、ろくに歌詞も思い出せない調子の外れた歌を、眼鏡の向こうから優しそうに微笑むその男性に披露してみせた。

「そうそう、それ! 今それを舞台ミュージカルにしようとしてるんだ!」

そう言って新しいプロジェクトについて熱く語り始めたのは、『Spring Awakening』で2007年のトニー賞を受賞した演出家のマイケル・メイヤーだった。

その夜以来、作品の完成を心待ちにしていたわたしが『American Idiot』をようやく観ることができたのは、2010年11月。

この作品がブロードウェイでオープンを迎えた半年後のことである。

普段よりも若めの観客で埋められた劇場の明かりが落ちると、耳障りなジョージ・W・ブッシュの声が聞こえてくる。

“Either you are with us, or you are with the terrorists.”

思わず顔をしかめるその声明にいくつものテレビ音声が重なり、幕がゆるりゆるりと上がる。

と、目の前に現れたのは、新聞や雑誌の切り抜きがびっしりと貼り付けられた、天をつくような高さの壁。

そのあちこちに大小のテレビモニターが埋め込まれ、観客に背中を向けた若者達がチラチラした光を放つ画面を見つめている。

おなじみの歌番組のタイトルを叫ぶライアン・シークレストの声が聞こえ、ストロボのような真っ白いライトが瞬き、ギターの音色がシークレストの声をかき消す。

すると若者が、「アメリカのバカにはなりたくない!(Don’t want to be an American Idiot!)」と暴れるように唄い始めるのだ。

そのとたん、わたしの体内でアドレナリンが駆け巡りはじめた。


PHOTO : Alessandra Mello

2003年に勃発したイラク戦争への怒りを元にグリーンデイが作り上げたアルバム『American Idiot』は、ロックオペラと呼ばれている。

そのアルバムを曲順もそのまま全曲使い、さらに最新アルバム『21st Century Breakdown』から数曲を加えて作られたのが、ミュージカル『American Idiot』だ。

既製の曲を使って作ったミュージカルと聞くと、『Mamma Mia!』のようなジュークボックス・ミュージカルと思うだろうが、この作品はそのカテゴリーには全く当てはまらない。

もともとストーリー性を持たせて作られたロックオペラのアルバムが、ようやくあるべき姿になったもの、と言うのが正解だ。

そのロックオペラが描く物語はオペラらしくシンプル。

ブッシュ政権時代にアメリカの郊外に暮らす若者が、社会や人生に不満を持ち、都会で成功しようと故郷を飛び出す。しかし、ある者は誘惑に負けてドラッグに溺れ、愛を失い、ある者はヒーローになろうとし、夢破れ、最後には故郷に戻る。


PHOTO : Paul Kolnik

テレビや映画で何度も語られたいわゆる負け犬物語で、手あかの跡まで見えそうな陳腐なお話。

しかし、オペラの主役はあくまでも美しい音楽であって、「恋に破れた女が狂って死ぬ」というお決まりの物語ではない。

ロックオペラ『American Idiot』の主役ももちろん陳腐な物語ではなく、ノンストップで流れるキャッチーでインパクトあるグリーンデイの音楽だ。

そして、その音楽を主役の座に押し出すのが極力最少限に抑えられた台詞と、そのくせしっかりと物語やキャラクターの感情を視覚的に伝えてくるスティーブン・ホゲットの印象的な振り付け。

イラク戦争時の英国連隊に所属する兵隊達を描いた芝居『Black Watch』でオリヴィエ賞を受賞したホゲットは、不器用な若者のやり場のない怒りやエネルギーと、それとは矛盾する彼らのけだるさ、無気力さをさらりと表現する。

それらを、工事現場の足場のような鉄パイプと切り抜きを貼り付けた壁という、クリスティーン・ジョーンズのシンプルな舞台美術と、テレビモニターが放つ光を効果的に使ったケヴィン・アダムスの照明デザインがさらに引き立てる。(どちらもこの作品でトニー賞を受賞)


Stark Sands as Tunny
PHOTO : Paul Kolnik

グリーンデイの音楽。
それを主役にするために最少限に押さえられた台詞。
印象的な振り付けで視覚的に伝えられる物語と感情。
それを効果的に強調する照明とモニター映像。
その背後に控える美しい舞台美術。

全ての要素が渾然一体となった結果、観客は下手をすればすぐに飽きてしまう物語の陳腐具合など忘れてしまい、聴覚と視覚で物語を感じ始める。

そのバランスは実に絶妙で、グリーンデイのビリー・ジョー・アームストロングと共に台本を書き、演出したメイヤーのビジョンに改めて感嘆する。


Tony Vincent as St. Jimmy
PHOTO : Paul Kolnik

そして、もうひとつ感嘆するのがセント・ジミー役を演じる役者、トニー・ヴィンセントのカリスマ性である。

セント・ジミーは物語の主役である若者ジョニーの別人格で、田舎から都会に出て来たジョニーを誘惑してドラッグに溺れさせるというキャラクターだ。

その役を、中性的なセックスアピールと耳にまとわりつくざらりとしたセクシーボイスの持ち主であるヴィンセントが、中毒性のある魅力を全身からにじみ出しながら演じている。

いやはや、その魅力と言ったらない。

半分ハゲで半分モヒカンというパンクなヘアスタイルまでこの上なくセクシーに見え、自分もあの髪型にすればセクシーになれるかもしれない、とまで思わせるのだからあっぱれだ。

そんな魅力を放射するセント・ジミーの誘惑に負け犬のジョニーが抗えるはずもなく、ヤクに溺れてしまうのはもはや必然。

しかも、ジョニーを演じるのは負け犬役をやらせたらピカイチのジョン・ギャラガー・ジュニアなのだから(『Spring Awakening』のモーリッツ役でトニー賞を受賞)、見るからに蛇ににらまれたカエルというやつだ。


John Gallagher Jr. as Johnny and Tony Vincent as St. Jimmy
PHOTO : Alessandra Mello

そう思いながら舞台を見ていたわたしは、突然あることに気がついた。

出番の少ないセント・ジミーが舞台から姿を消すや、中毒患者に現れる禁断症状のように、客席でそわそわと身悶えしてしまうのだ。

グリーンデイの音楽に血をわかせながらも、心はただひたすらに半ハゲモヒカン頭でセクシーボイスの持ち主の登場を今か今かと待ち望んでいる。

「しまった! やられた!」

蛇ににらまれたのは何もジョニーだけではなかった。
知らぬ間に客席で二匹目のカエルと化したわたしにとって、もはやカエル仲間の負け犬ジョニーのその後などどうでもよい。(どうせ負け犬人生に決まってる。)

あの半ハゲモヒカンの姿さえもう一度拝めれば!
あの声さえもう一度耳にできれば!

数年前のマンハッタンのとある居酒屋で、真向かいに座って枝豆を食べる眼鏡の男性は、半ハゲモヒカンのことをわたしに警告してくれなかった。

おかげでAmerican Idiotガエルが一匹、ここにこうしてできあがってしまった。

注:トニー・ヴィンセントは2010年末にセント・ジミー役を降板。
カリスマ性あるセント・ジミー役は、グリーンデイのビリー・ジョー・アームストロングやAFIのデイヴィー・ハヴォック、メリッサ・エスリッジが演じ、ブロードウェイデビューを果たしている。

ビリー・ジョー・アームストロングは、2011年4月5~24日まで再度セント・ジミー役で出演予定。

なお、American Idiotガエルはその後、行きつけの美容院で半ハゲモヒカンスタイルをオーダーしたものの、美容師にあっさり断られている。

セックス、ドラッグ&ロックンロール度:★★★★★
エネルギー炸裂度:★★★★★
家に帰ったら頭を半分剃りたくなる度(但し、トニー・ビンセント出演時限定):★★★★★
チケットに払ってもよい金額:122ドル (フルプライス)

“American Idiot”
劇場:St. James Theatre
246 West 44th St. (Bet. Broadway & 8th Avenue)
オフィシャルサイト: http://americanidiotonbroadway.com/

* 2011年4月24日にて終演予定

Student Rush Ticket:有り(学生のみ。学生IDの提示要。1枚$27のチケットは1人につき1枚まで購入可能。詳細はオフィシャルサイトで要確認)

Lottery Ticket:有り(1枚$27のチケットは1人につき2枚まで購入可能。詳細はオフィシャルサイトで要確認)

パフォーマンススケジュール:火 午後7時/水木金 午後8時/土 午後2時、8時/日 午後3時、7時30分

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