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No.9 ラティーノの人情紙芝居、「In The Heights」

On: かぶりつき!ブロードウェイ観劇レポート

「ズバリ、吉本新喜劇。」

ブロードウェイで今一番ホットな新作ミュージカル「In The Heights」のことを、あるミュージカル通のおっさんはそうのたまった。

そう、今年のトニー賞でベスト・ミュージカルを含む4つの賞に輝き(注1)、ラティーノの「RENT」とも言われる大人気ミュージカル「In The Heights」が吉本新喜劇なのだ。

え? ずいぶん大胆なことを言うおっさんだなーってか?

いやいや、このおっさんの言うことはかなり正しい。何を隠そう、このワタスも観るなり「とっても『松竹新喜劇』だぜぃ」と思ったクチなのである。

だって、物語は吉本新喜劇や松竹新喜劇お得意のご近所人情もので、先が読めまくってしかたが無い単純なストーリー展開だ。ブロンクスに向ってニョロ〜と伸びたマンハッタンの下北半島、そこの根元に位置するワシントンハイツを舞台に、景気の波に押し流されそうになるラテン系移民の生活に焦点を当てたミュージカルがこいつである。

小さな食料品店を経営するウスナビとそれを手伝う従兄弟のソニー、血はつながっていないが二人を育てたクラウディア婆ちゃんを中心に、カーサービス会社を経営する夫婦とスタンフォード大学から夏休み帰省してきた娘ニーナ、彼女に想いを寄せる非ラティーノの従業員ベニー、家賃高騰でブロンクスに移転せざるを得なくなったヘアサロンオーナーのダニエラと、そこで働きながらダウンタウンに引っ越すことを夢見るヴァネッサといった面々が見せる、山あり谷あり、笑いあり涙ありの人情紙芝居。

In The Heights

どのキャラにどんなことが起こるのかかなり見え見えの世界が目の前で繰り広げられ、桑原和男や池野めだか、もしくは、ワタスの大好きな今は亡き藤山寛美大先生が出ていないのが不思議になるくらいのコテコテ度なのだ。
違いと言えば、誰も関西弁を話さず、お約束のギャグの代わりにサルサやメレンゲ、ラテンポップといった曲に合わせて歌って踊ってラップってくれると言うところだけなのである。

しかし、その違いはかなりデカい。

オープニングのタイトルソング「In The Heights」からラテン音楽が炸裂し、客席でおとなしく聞いているのが難しくなるリズムがズンドコと劇場を包み込む。
舞台で歌い踊る俳優達から客席に向ってエネルギーがドドドーッと流れ込み、真冬でも蒸し暑さをムンムン感じること請け合いの音楽が次から次へと繰り出されるのだ。

中でも一番の目玉は音楽と歌詞の全てと物語の大筋を書き、主役ウスナビを演じるリン=マニュエル・ミランダによるラップである。

現在28歳のミランダ君は、まだ大学生の時にこいつの元となるショウを書き、それが「In The Heights」として2007年の2月8日にオフブロードウェイで、2008年の3月9日にはブロードウェイでオープンし、ほんでもって今年の6月のトニー賞ではオリジナルスコア(曲と歌詞)賞と作品賞をダブル受賞したという才能あふれるシンデレラボーイ。

いやはや、決して男前とは言えない、どちらかと言うとその辺をうろついてるさえない兄ちゃんにしか見えないミランダ君、舞台上の求心力と言ったらまるで鳴門海峡の渦潮のようで、町の皆がミランダ君のラップに乗って歌い踊り、ラティーノの渦巻きに飲み込まれた劇場は、立ち登る熱気に包まれてまるでサウナのようになるというワケなのである。

しかし、残念なことに盛り上がりサウナナンバー達の合間に、少々退屈なナンバーが挟まる。

そいつはたいてい、暗い舞台上でスポットライトを浴びて朗々と歌い上げるってな、まるでテレビの歌謡ショウ風のソロナンバーなのだ。

普通、ミュージカルのソロと言ったら、ぐいっと感情を揺さぶる目玉曲になりがちなのだが、「In The Heights」の場合、どいつもこいつも歌謡ショウな一本調子の演出で見せられるので、ちと飽きてくるのである。

しかも、ミュージカルの醍醐味であるハーモニーを聞かせるデュエットが少ないのも単調さに拍車をかけている。もちろん、かわりばんこに歌うタイプのちょっとした掛け合いデュエットや、バックコーラスで茶々が入る曲っつうのはたくさんあるのだが、登場人物同士の感情の高まりやつながりをハーモニーで表現してくれる曲は、一幕目の終わり近く、ベニーとニーナのデュエット「When You’re Home」までなかなか登場しない。

しかし、ミランダ君が登場してラップを始め、町の人を巻き込んでカンパニー全体で歌い踊り始めると、退屈な歌謡ショウのことなど(次が始まるまで)すっかり忘れてしまい、舞台のノリノリがこっちにまで伝染して客席で身体が揺れてしまうのだ。

そこでワタスはふと思った。

ミランダ君のいない「In The Heights」ってのは、ひょっとしたら月の引力が無くなった鳴門海峡のようなんじゃなかろうか?

多分、ワタスが松竹新喜劇を思い出した所以はそれもあるに違いない。

しかし、藤山寛美のいない松竹新喜劇には藤山直美がいるように、俳優の層が電話帳のように分厚いブロードウェイのこと、きっとミランダ君がいなくなっても素晴らしいウスナビが登場してくれるに違いない。

いや、だいたい、ミランダ君の降板すら発表されてないのに、かなり余計なお世話なのである。

松竹新喜劇度:★★★★★
じっとしてられない度:★★★★★
サウナ度:★★★★★
チケットに払ってもよい金額:90ドル

注1:第62回トニー賞のミュージカル賞、オリジナルスコア賞、振付賞、編曲賞の4つを受賞。

“In The Heights”

劇場:”Richard Rodgers Theater”
(Broadway & 8th Avenue)
URL: http://www.intheheightsthemusical.com/
ロッタリーチケット:有り

パフォーマンススケジュール:火・木・金 午後8時/水・土 午後2時&8時/日 午後2時

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