ニューヨークからプロライター達がお送りする、「ここだけ」のおもしろ情報。

外国語の勧め

On: ヒトコの小径

「スィーユーマニャーナ!」

私のオフィスでは、一日の仕事を終えて、こんな風に言い合って帰宅していくアメリカ人も多い。「See you tomorrow.」の「tomorrow」の部分だけをスペイン語に変えて「mañana」と言っているのである。勿論、ジョークとしての言い回しだが、プエルトリコや南アメリカなどのスペイン語圏で育った人が多いニューヨークならではの、流行り言葉といったところである。

他にも、「エクセレンテ(=excellent)!」とか、「ポルファボール(=please)」なんていうスペイン語で、ウケを狙う人もいる。

ニューヨークで育った子供は、取り合えず第二外国語としてスペイン語を学校で勉強するケースが多い。4歳になる私の長男は、TVの幼児番組から、既にスペイン語の単語を知らず知らずのうちに覚え始めているし、夫が子供と一緒になって、スペイン語を片言ながら喋ったりしている姿を見ると、「えっ?なんで知ってるの?」と、びっくりすることもある(私も一応、学生時代にスペイン語を学んだのだけれど、私の場合は、全部忘れてしまった)。

つまりニューヨーカーにとってスペイン語は、日本人にとっての英語のようなもので、ニューヨーカーがスペイン語を混ぜて話すのは、日本人が日本語の中に「サンキュー」とか「オッケー」なんていう英語を入れて話すのと同じであるわけだ。

スペイン語は、ニューヨーカーにとって一番身近な外国語であるのだが、仕事の合間などにその辺のストリートを散歩したりすると、本当にニューヨークでは英語よりも外国語の方が、断然、目立って耳に入ってくると感じる。デリカテッセンに行くと、オーナーが韓国人が多い為、従業員が話す言葉も韓国語。雑誌やたばこ、ロッタリーなどを扱うニューズスタンドでは、アラブ人がアラビア語で何やら話している。キャブに乗ったら中からは、ヒンズー語やフランス語で放送されているラジオ番組が流れている。ここ最近はアラブ人やアフガニスタン人なども目立っているが、10年ぐらい前は、キャブドライヴァーには、なぜかフランス語圏であるハイチからの移民がやたらと多かった。その頃、フランスから来ていた友人が、「英語ができなくても、取り合えずは安心してタクシーに乗ることが出来るから、よかった」なんて言っていたのを思い出す。

ニューヨークでは、行った場所や話す相手によって、多国語を自由にこなせると、とても便利なわけだ(だって、そういう人たちには、英語が通じなかったりするからね)。

多国語が入り乱れるニューヨークのような場所で生活していると、やはり英語を主言語として他のロマンス語(ラテン語に由来する言語)が話せると、かなりのアドヴァンテージになるのだなと実感する。「私は一応、日本語が喋れるわけだし、その他には、英語だけでいいや」なんていう態度でいると、かなり取り残されてしまうのである。

『Village Voice』などの記事を真剣に読もうと思っても、ちょっとしたフランス語、イタリア語、更には、ラテン語なんかの知識がないと、なかなか理解できなかったりするものだ。なるほどねぇ。「スシ」、「ショーユ」というレヴェルじゃなくて、他にも「外来語」として定着した言葉が英語にもたくさんあるのだなあ。フランス語などの外国語が混ざった文章は、かなりなインテリ度だってアピールできるわけで、『Village Voice』などのライターには、やたらと外来語を使って外国人にとって非常にわかりにくい文章を書く(意地の悪い)人もいるわけだ。

考えてみれば、みんなが「風変わりな」という意味でよく使っている「bizzare」という言葉や、行き止まり(袋小路)という意味の「cul-de-sac」なんていう表現も、元を正せばフランス語だ。

ラテン語にしても、「今どきラテン語なんて、知らなくてもいいんじゃないの?」なんてたかをくくっていると、結構焦る時もある。デザインの仕事では、ダミーコピーとしてラテン語を使用する時もあり、頭のいいクライアントなど、結構これを読んでしまう人もいるのだ(誰もわからないだろうと、変なところから引用してくると、恥をかいてしまうこともあるので、要注意なのであります)。

レジメの学歴の欄では、「cum laude」、「summa cum laude」、「magna cum laude」などという「首席で卒業した」という意味のラテン語をよく使っている人がいる。
「sieze the day(先のことは深く考えないで、今というその瞬間を逃さないようにする(楽しむ)」という意味の「carpe diem」という決まり文句も、一般的にもよく知られているラテン語の言葉だ。

もっとも、現代社会でラテン語を喋る人はいないし、知らなくても別に全然困らない。しかしまあ、ラテン語を含め多国の言語を知っているに越したことはなく、そうなると、多様な言語が飛び交うニューヨークで生活する者としては、世の中のことやものごとをより深く理解することができるのだろう。

ファンシーなレストランで食事をする時には「Bon appétit !」と、ちょっとハイソにフランス語で、人と挨拶する時は、明るく「Ciao!」とイタリア語で。こんな風に、英語を使いながらも、時折、外国語をさりげなく言ってみるのも、チャーミングなニューヨーカーらしさなのかもしれない。

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