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No.5 友人を店子にすべからず

On: 絵本画家ママのブルックリン日記(更新終了)

私は南ブルックリンにあるキャロルガーデンという地域に、結婚を機に12年前からマイホームを購入して住んでいる。

急激な地価上昇が始まる前だったので、タウンハウスも30万ドル台でいろいろあり、なんとか無理をすれば手が届いたのだ。

私と夫の買ったタウンハウスは4階建て。3世帯が住めるように4階と3階にもキッチンとバスルームがついていた。毎月のローンの返済の足しにしようと、 4階、3階は、それぞれ人に貸すことにした。

私たちの玄関はグラウンドフロアと呼ばれる1階で、店子の入り口は階段を上がった2階の玄関なので、顔を合わせることもめったになく、人に貸すにはよくできているんだなと思った。

4階に住むことになった店子は、夫の友達のイタリア系アメリカ人女性。

ちょうど彼女が引っ越そうとアパートをさがしていた時に、私たちが家を買ったので、彼女が店子になることがすぐ決まった。

結局彼女は私のタウンハウスに7年くらい住んだので、全体的にはうまくいっていたのだと思う。

しかし、嫌な思いをしたことが2度あった。

1度目は、庭の樹齢数十年という樫の木を切ってしまった時。

庭仕事の好きな夫が、樫の木があると庭全体が日陰になってしまい植える花も限られてくるという理由で、業者を頼んで木を切ってしまったのだ。

私たちが木を切ると、隣の家の老夫妻も「庭がすっきりしていい。じゃあ、私たちも」と、彼らの庭の大木を切ってしまった。

大きな2本の木がなくなって、庭の印象はずいぶん変わった。

陽はあたるようになったが、向かい側のタウンハウスからは我が家の庭が丸見えになった。木を切る前は木の茂みが庭全体を覆っていてパジャマ姿で庭に出ようが誰も気がつかなかったけれど、いまは庭に出ると、向かい側の何十というタウンハウスの窓からこちらが丸見えだ。

でも夫はいろいろな花を買ってきて庭仕事を楽しんでいたので、あれほどの大木を伐採してしまったのは残念だったけれど、まあいいだろうと思えた。

ところが4階の店子の彼女にとっては4階までとどいていた木の茂みが、 彼女の部屋が 外から見えるをちょうどよく隠し、プライバシーも保てていたのに、それがなくなってしまったのだ。

彼女は夫に、 木は地球に属しているのに、どうして切ってしまったのか、木を切ってすごくがっかりしたと、気持ちを伝えた。

わたしも同じことを言われた。

しかし、他の人に文句言われる理由はない、私たちの庭なんだから好きなようにしていいのだと言いたかった。
でも、ぜったい相手は腹をたてるとわかっているようなことは、私は気が弱くて言えず、あいまいにうなずくのが精一杯だった。

この時、日本人だったらこんなに反対意見を主張しないで、たとえ思ってもその場では黙って、丸くおさめるのではと思った。

少なくとも私はそういうタイプだ。

その次のもめ事は、彼女が引っ越してきてから3年ほど経った時の事だ。私たちは彼女に家賃を25ドル上げたいと言った。

彼女は約束が違うと怒りだしたのだ。彼女が住んでいる間は家賃を上げないと夫が言った、と言う。夫は夫で、そんな重要なことを軽々しく言うわけない、と主張した。

しかし、彼女も嘘をつくような人ではない。どこかで誤解が生じたのであろう。

私たちは対立してしまった。

この事でもめている数週間、 彼女と外で会っても、にこりともしないで「ハーイ」と挨拶されるだけで、なんとも気まずい嫌な気分だった。

結局、25ドル家賃を上げるかわりに5年間のリース権を渡し、その間家賃は上げないということで話がまとまった。

でも私はこの件では、木の伐採のとき以上にヘトヘトに疲れてしまった。彼女を店子にした事をすごく後悔した。

そんな彼女が、他のアパートを見つけて出て行ってくれたときには、正直言ってほっとした。

私たちが旅行中のときにはゴミや手紙の管理をしてくれたり、子どもが生まれたときにはベビーシッターをしてくれたり、いっしょの建物の中に住んでいることで親しくなった部分もあったのだけど。

傷ついた思い出の方が、楽しい思い出よりも強烈なのか、結論としては、友達を店子にするのは良くないというふうに思うようになった。

いまでも彼女とは時々会っている。
彼女はプロスペクトパークのそばにボーイフレンドといっしょにコンド(日本でいうマンション)を買った。
いろいろあったけれど、お互いやっぱり友達でいようという心境にいたったのだ。

Mari Takabayashi : ILLUSTRATION