ニューヨークからプロライター達がお送りする、「ここだけ」のおもしろ情報。

ブルックリンの絵本画家ママの自己紹介

On: ニッチもサッチも

ニッチに参加させていただいたきっかけは近所の仲良しの友達、ニッチ では“セレブの小部屋”を書いている“あずまゆか”さんを通してだ。

いつもほがらか、のほほんとしたゆかさんが、こんなにたくさんのセレブをインタビューしていて、またそのことをセレブの裏話として、おもしろく書いているのを知って驚いたが、他のメンバーの記事もこれまたすごくおもしろい。

ニッチのメンバーは文面で見る限り、皆、切れ者そうで、経歴もそうそうたるものだったので、はじめて会うときは緊張した。けれど会ってみると皆とても感じの良いすてきな人ばかりだった。

私の場合、文章力はともかく、書きたいことはたくさんあるので、はりきって書かせていただこうと思っている。

今回「自己紹介」というタイトルでエッセイを書くことになり、とりあえず、“ニューヨークにイラストレーターとして住み始めてから”みたいなことを書くことにする。

そもそもどうして私がニューヨークに住み始めたかというと、20代前半の頃、友達とここに10日の観光旅行にやってきたとき、この街に恋してしまったからだ。

そして、20代後半に、誰も私を止めることはできないという感じでニューヨークにきてしまう。英語の学校に行きながらアルバイトという生活を始めたのだが、たちまち貯金は尽きてしまった。その後は親に借金しながら、何とかニューヨーク生活を続ける。

しかしだんだん、“私はニューヨークにイラストレーターとして、存在したいのに、いまの私の生活はアート的創造とは無縁、その上親への借金はかさむばかり。これではここに生活している意味がない”と思い始め、7ヶ月後に撤退。

帰国してからも、いつも、もう一度ニューヨークに住みたいという気持ちを持ち続け、30歳を目前に再び移住を決意した。
日本でいろいろな出版社から仕事を取り、今度こそ、イラストレーターとして、生活するつもりでニューヨークに渡る。

若さってすごいと思う。貯金もあまり持たないまま(100万円もなかったはず)、当分帰ってこないつもりでニューヨークに来てしまったのだから。

家賃$800のアパートでの生活は苦しかったが、なんとかイラストレーター以外の仕事はしないで生活する日々が続く。

来た当時はアメリカでも仕事をとろうなんて思いもしなかった。アメリカで絵本を出すなんてあまりに恐れ多いことのような気がしたからだ。
ところが、こちらで出会った、イラストレーターの何人かは、アメリカ人やフランス人でありながら、日本でも仕事をたくさんとっている人だった。

その人たちに影響され、私は出版社が集まるマンハッタンに住んでいるのに、どうして日本からの仕事しかしてないんだろう?、と思い始めた。

それからは、ポートフォリオを持って、せっせとマンハッタンの絵本の出版社を回りはじめた。
当時のBF(今の夫)は、ヤングアダルトのカバーを中心にイラストレーターをしていたが、彼にもずいぶんいろいろなコネを紹介してもらった。

この時点では、私は日本で何冊か絵本が出ていたので、一応プロだったわけだけど、こちらのアートディレクターや編集者が直接会ってくれることは滅多になく、毎回、受付に作品を預け数日後に取りに行くという、相手の反応がわからない売り込みを続けていた。

私ぐらいのちょっと才能があるイラストレーターなんて、ここにはいくらでもいるのだろう。その人たちがもっと優れた戦略でどんどん仕事をとってしまっているのだから、私のところにまでまわってこないのだと思った。 ニューヨークの市場はとにかく競しかったが、まわりのイラストレーター仲間も皆同じように売り込みしているので、そういうものだと思って売り込みはやめなかった。

BABY'S THINGSそして遂に、ニューヨークに移住してから3年後の1994年、『Baby Things』という私の絵本がChronicleという出版社から発売された。(残念ながらこの本は売れ行き不調で今は絶版)
それから今日まで、8冊の絵本がアメリカの出版社から出た。

今はのんびりマイペースで仕事をしている。

今の課題は、アメリカ、日本のどちらの出版社でもかまわない。(でもできるなら、どちらの市場ともつながっていたい)とにかくいい絵本を作ることだ。いい絵本とは、子供が読んで暖かい優しい気持ちになり、大人もつい手にとりたくなるような魅力的な絵があふれている絵本。そんなものを作っていけたらと思っている。