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私の英語歴

On: ニッチもサッチも

そもそも語学留学でニューヨークに来た私、Sally。自己紹介は私の英語歴として書いてみる。

中学校で英語を習い始めるまで、私は英語に触れた事はなかった。日本の海の外のことなど考えたこともない。

田舎育ちゆえ、周りに英語や海外のことを話す子なんていなかったし、山奥のお寺に「ガイジンさん」が修行に来ている、というのは時々聞いたが、見たこともなく、まるで宇宙人のような存在だった。

中学に入ると英語の授業が始まったが、興味は生まれず必要ないと思っていた。しかし、洋楽はよく聞いていた。黄金の80’sである。眠い目をこすりながら『ベストヒットUSA』の時間まで起きていた。

シンディ・ローパーの『Girls just want to have fun』の歌詞を見ながら、「スペルは’want to’なのに、どうして’ワナ’って聞こえるんだ?」と、真剣に悩んでいた。2語がくっついてそう発音することを知ったのはずっと後だ。

高校は商業高校であったため、英語は週に2、3時間しかなかった。「文法」「会話」などと分かれておらず、ただただ教科書を訳すだけの授業だった。

宿題はいつも姉にやってもらい、私は部活動に明け暮れていた。他の教科の成績はそこそこだったものの、英語だけはいつも赤点ギリギリ、とにかく大嫌いな教科だった。
 
でもやっぱり洋楽は好きだった。

『Take on me』が大ヒットしたa~haのコンサートには部活動のあとに駆けつけた。彼らがMCで何を言っているのか全くわからなかったが、とにかく何を言っても「イエーイ!」と叫んでいた。外タレのコンサートではお約束の光景である。

ところで私は過去に大学に行っておらず、大学受験のために必死に英語を勉強した経験がない。英語に関しては無知のまま、バブル全盛期ゆえ高卒ながらなかなか大きな会社に就職した。

そして会社に入って何年か経って初めて海外旅行に行った。それはサイパン。圧倒的に日本人が多く、日本語も通じる観光地だが、やはり初めて英語圏に行った衝撃は大きかった。

現地で聞く英語にときめきを覚え、「また旅行したい、話せるようになりたい!」との思いで、ここにきて初めて自分で英語の勉強を始めた。

それまでの英語の知識は皆無に等しく、会社の英会話サークルに入ったものの、「I can’t speak English」も言えず、しばらくの間はただ黙っていた。初めて覚えたフレーズは「You are welcome(どういたしまして)」。バカの一つ覚えみたいに繰り返した。

ちょうどその頃、ちょっとした病気で入院した。そしたら保険金ががっぽり入った。

「しめしめ、これで英会話学校に入れるぞ」

保険金入学である。
 
おかげで、上達しにくい「グループレッスン」ではなく、「セミプライベートレッスン」を受けることができた。しかし、残業も多かった会社員時代、予習復習もしないまま、非効率な状態でレッスンだけを受け続けていたのでほとんど上達はしなかった。

その後もいくつか英会話学校を渡り歩くが、同じ理由で進歩がなく、お金だけが出て行った。通信教育も何度も挫折。一体英語学習にいくら投資したことか。途中、伸びない英語に嫌になって3年ほど全く止めてしまったこともある。初めて受けたTOEICは300点くらい。

しかし、また海外旅行がきっかけで勉強を再開することになる。いろいろあって国際交流の分野に興味を持ち始め、転職を考え始めた。
その分野であれば、もちろん英語ができる方が有利だ。

「自分のやりたいことの実現のため」そういう目的ができたら、急に本気で勉強したいと思うようになった。それが今から約3年前。そこからは予習復習をして一生懸命レッスンを受けた。週末に自習もした。

そして留学を決意し、1年半前、語学とさまざまな文化の勉強のため、ニューヨークにやってきた。中学レベルの文法すら理解していなかった私が、よくもまあ会社を辞めてここへきたな、と時々自分の無謀さに呆れるが、まあ、とにかく日本で金をかけるなら英語圏に住んだ方が早いや、と、それまでの経験から強く思ったのだ。

最初は、語学学校に通い、その後、無理だろうと思っていたコミュニティ・カレッジに入学でき、そこの英語集中プログラムで学んだ。
慣れないライティングには相当苦労したが、たくさんの宿題のおかげでかなり鍛えられた。そしてこの秋、必要な英語の試験にパスし、ようやく通常の専攻のクラスをネイティブスピーカーの学生たちと肩を並べて受け始める。

途中、宿題で追い詰められたり、外国人に全然通じない自分の発音に腹がたったりして、「ええーいっ、やってらんねえ!」と、全部投げ出したくなったことが何度もあった。

また、30代になってからの留学である。集中力と記憶力の低下には自分でもびっくりした。昨日覚えた単語も忘れるし、月曜日、先生に「週末は何してた?」って聞かれても、「はて、私何してたっけ?」てな始末。(これは英語の問題じゃないな)

しかし、英語でつらい思いをしたときは、ニューヨークの街が支えてくれた。私を夢の実現に近づけてくれるこの街をどうしても離れたくなかったのだ。

もちろん、いまだ英語とは格闘中。特にスピーキングはしどろもどろ。レストランではいまだ動揺するし、友達の会話についていけないこともしょっちゅうだし、前置詞はいつも間違える。未来のことなのに過去形で話したり…。

でもなんとか頑張れているのは、英語を話すことは「目的」ではなく、夢を実現する「道具」でありコミュニケーションのための「手段」と知っているから。

正しい英語を話すに越した事はないが、「何を伝えたいか」が今、本当に大事だと思う。伝えたいことがあると、自然に「話せるようになりたい」と思って頑張れる。

英語が話せればコミュニケートできる相手が一気に増えるし、コミュニケートできれば、何かを語り合ったり、何かを協力しあったりできる範囲もぐーんと広がる。英語は夢を叶えるためのツール。頑張れば頑張るほど、夢に近づける。

初めての海外旅行で英語の勉強を始めてから約10年。本気になったのは30代になってからであり、「学生時代にしっかりやっていれば」と何度思ったことだろう。

しかし、かなり遅いスタートでありながら、「英語のその先」にあるものを意識しながらの勉強は、タダ単に教科書をなぞる勉強より楽しく、効率がいいと思っている。

そして習ったことがすぐに実践できる今の環境は、毎日毎日「もっと話したい!」と、やる気を起こさせてくれる。ニューヨークでさまざまな国の人と、つたないながら話が出来るこの喜びを思うと、ここまで諦めないでよかったな、とつくづく思う。

以上、私の英語歴。今後も私の英語との格闘は、夢を追い続ける限りずっと続くだろう。同じく英語を学んでいるみなさん!諦めずに頑張りましょう!

Sally, 留学生活を中心にブログも書いています!
NY日記COLORS http://nycolors.exblog.jp