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トランプ大統領誕生を目前にざわつくフェミニズム運動と女性の脇毛文化について

On: ヒトコの小径

数日前のニューヨークタイムズに掲載されていたイヴァンカ・トランプについての記事がとても興味深く、それに伴って「フェミニズム」とはなんぞや?と再び考えるきっかけとなったので、そのことをここに書き留めることにした。

Ivanka Trump’s Dangerous Fake Feminism

ゴージャスな外見に3児の母でありながら偉大なビジネスの成功も手に入れたアメリカで最も現代的女性の一人だと言えるイヴァンカ・トランプだが、このような時代の最先端を行くように見える彼女のスタイルも全く表面的なことで、実は男性社会(権力)を支える伝統的な女性像をアピールしているにすぎない危険な「フェイクフェミニズム」である、ということだ。

この記事のライターは、その証拠として、夫が大統領上級顧問として就任するために、イヴァンカは自分のビジネスを100%諦めてワシントンDCで家族が落ち着くまでは「夫を支えるためも子育てに集中する」と決断したことを例にあげている。

確かにビジネスとしても立派に成功した自分の名前が冠となるブランドを手放すのは、とても勇気がいることだと思うし非常にもったいない。そういう意味ではむしろとても潔いと思う。

彼女は、自分の夫の宗教であるユダヤ教にも結婚前に改宗しているわけで(キリスト教からユダヤ教の改宗は非常に難しいと言われているが)、献身的とも言えるだろう。

イヴァンカのインスタグラムのアカウントは常に家族や子どもの写真で埋め尽くされており、よき妻であり母であることが何よりも第一優先だということがビンビン伝わってくる。

悪いところは一つもない。全てを手に入れた完璧な、むしろ理想の女性像であり母親像であるように見える。

が、そのような女性が社会のリーダーとしてロールモデルとなってしまうのでは、今までのように男性社会の中でもまれながらひたすら風当たりをさえぎるように「lean in」して割り込んでいくしか女性の進出はあり得ない、つまり、世の中は変えられない、とニューヨークタイムズでは指摘している。

そもそも「lean in」できる状態にこぎつける女性は、ごく一部の恵まれている女性なのだから。

彼女のライフスタイルは、ある意味1950年代の頃の古きよき時代のアメリカの(白人)女性像を呼び起こすものである、と問いかける。

子どもの健全な発育と心の幸せのために何よりも大切なのは、子どもが学校から帰ってくるのを待っているステイホームママの存在が大切だと訴える姿は、これからの女性がもっと自由になるべく社会を変えて行くために必要なフェミニズムとはほど遠い、ということ。

フェミニズムと言えば、メリル・ストリープトランプを批判していたゴールデングローブの授賞式では、もう一つ話題になっていたことがある。

それは、多分日本でもニュースになっていたと思うが、ローラ・カークの脇毛について。胸元が大きく開いたピンクの可愛らしいドレスを着た女優の脇からは、ムダ毛がボーボーに見えていたのだ。

私が多感な思春期だった頃に流行った「99 Red Balloons」を歌っていたドイツ人のネーナの脇毛はかなりショッキングだったし、当時アイドルだったフランス人のソフィー・マルソー「ヨーロッパの女性は脇毛は剃らない」と発言していたのをロードショーかスクリーンで読んだ時にもびっくりした記憶がある。多分、今回のローラの脇毛にも、そのように密かな衝撃を受けた日本人もたくさんいたのではないかと思う。

 

女優の脇毛と言ったらまず思い出すのが、ソフィア・ローレン。幼心にも強烈でしたねー。文化の違いは時に夢をぶち壊す部分もあるわけで。

ここで説明しておくと、アメリカにおける女性の脇毛ボーボーは、そういうヨーロッパの「文化」ともやや意味が違う。

以前、私が仕事で受け持ったイヴェントのポスターデザインをする時に学んだことだが、女性が脇毛を伸ばすことは、フェミニズム活動の上でとっても大切である、ということ。

何も知らない私は、ポスターに載せるゲストスピーカーの女性の写真にしっかりと写っている未処理の脇毛があまりにも不適切で、一部の人にとっては「不快」かもしれないと思えたので、当然その部分をトリミングしたのだが、主催者側からはしっかり「ノートリ」をリクエストされた。彼女は、ガチなフェミニストだったのだ。

女性が脇毛ボーボーにしているのは、フェミニストたちの男女平等を訴える誇り高い意識から生まれる行為であり、流行りとか文化とか、忙しくて処理し忘れたうっかりミスであるとかではなく、もっと深いところでしっかりと計算された行いである、ということを知った。

それに似た行為であるが、私のフェミニストの友人は、女性の体を締め付けるブラジャーもしない、と言う。

女性が性的オーガズムを得るためのヴァイブレーターなどの小道具は「女性の権利」を主張するためにも必要なものであり持っているし使っている、と隠し立てをしない女性もアメリカには少なくない(CVSなどのドラッグストアーでそのような小道具の購入が可能であることを最近偶然にも知って驚いたが、それをニタニタ顔で話した友人には「あそこのはイマイチ良くないから買うならオンラインである程度の値段のものの方がいいわよ」と真顔で言われた。時代は進んでいるんだな、と感じた w)。

多分、マイリー・サイラスあたりが始めたことではないかと思うが、昨年はファッションとして、伸ばした脇毛を蛍光色にカラーリングすることが女性の間で流行し、インスタグラムで #dyedpits とハッシュタグして写真をアップするということがニュースにもなっていた。

 

「なぜ脇毛をブルーに染めるのか」という動画をアップして観覧数を集めた17歳の女性

マドンナレディーガガのように過激な人たちならまだしも、ジュリア・ローバーツのように正統派のきれいどころハリウッド女優も比較的早い時期から堂々と脇毛を見せびらかしていたのだから、その覚悟のほどは固い。

ジュリア・ロバーツ。1999年「ノティングヒル」のロンドンプレミアにて。

ジュリア・ロバーツは、カンヌの映画際でもハイヒールを強いられる女性のドレスコードに抗議するために裸足で出向いたこともあった。前年に、かかとが平らなフラットシューズの女性が「ドレスコード(服装規定)違反」で参加を拒絶されたという事実に異議を表わすためだったらしい。結構彼女は反社会的活動家なのだ。

ジュリア・ロバーツ。2016年のカンヌ映画祭にて。

多分、デヴィ夫人あたりは、毅然とした態度で

「そういうのは、女性としてのマナーでしょう?信じられないわ」

と言うところだと思う。

しかし、イヴァンカ・トランプをはじめ、頭脳明晰で聡明でも慎ましく男性のサポート役として人生を歩んでいるような女性には、社会を変えることはできないどころか、時代の逆戻りにもなりかねないとの警告メッセージをニューヨークタイムズのこの記事は送っている。

ジャッキー・オナシスグレース・ケリーのようなクラッシーな女性はもう時代遅れで、そのような女性像を追い求めるのは男性社会をますます喜ばせることになる「危険」な行為である、ということか。

女性たちは「脇毛を剃らなくてはいけないという強迫観念から解放されるべき」であり、今までの女性の美しさはあくまでも「男性の目から見た」ものであり、そのような「外部の思い入れ」から解放され、女性は自分自身のためにもっと自由に生きる権利がある、という運動が強まっている。

男性がしても何も言われないのに、なぜ女性が同じことをすると批判や注目の対象になってしまうのか、フェミニストたちは納得がいかないようだ。

全ての固定観念から女性は解放されるべき!

そして、脇毛を処理するかしないかも、個人の自由であるべき!

脇を自由に解放すべき!

Free Your Pits!

 
気のせいかもしれないけれど、昨年末のシャネルのショーではやたらと胸が平らなモデルが目立っていたように思えるし、ヴィクトリア・ベッカムのように胸の豊胸を馬鹿げていたと認め元に戻す有名人が増えているようにも見える。

 

男性の為にきれいになりたいと思うことをやめて、胸やお尻が小さくて平らでも、年をとって劣化しても、化粧もしないでありのままの自分を受け入れ自信を持つことができた時に、女性は本当に幸せになれるのだ。イエ〜ィ!

が、現実的には、脱毛がいち早く流行り、胸やお尻の矯正インプラントなどが一般的にもごく当たり前のように行われ、美しい女性像がしっかりと確率されている外見重視のアメリカで、よほど産まれながらに美しい人でない限り、ナチュラルな状態でいることを選ぶのは難しい。

だからこそ、私たちは、世の中の価値観に虐げられている女性のために今すぐに社会を変えてくれるスーパーパワフルな何かが必要なのだ。

それで、いろいろなことに立ち向かうためにも社会へ挑戦状を送っている。昨年だったと記憶するが、生理用品を使わずに出血しながらマラソン大会に参加していたフェミニストラナーもいたよね?

ふーむ。

今の時期、女性軽視で男性社会の権力を見せつけるかのように傲慢な態度を取リ続けているトランプ氏に反発する意味でも、フェミニストたちの動きはますます熱くなるばかりだ。

私のローカルな友人の間では、フェミニストでなくとも、大統領就任式の次の日にワシントンDCで行われる予定のWomen’s Marchに参加する計画を立てている人が5人以上いる。

女性、移民、LGBT+、反トランプ、様々な人権を唱えるためなど、どのような気持ちがあって参加するかはその人それぞれ微妙に異なるようだが、多くの人々が次期大統領がもたらす独断的権力と圧力の危機を感じていることは確かだ。

マドンナは、19日にニューヨークのブルックリンミュージアムで開かれるフェミニズムとアートや文化の関連についてのトークイヴェントに参加するらしいし、21日のワシントンDCでのマーチにもみんなで参加しようとインスタでまた賛否両論な写真をアップして人々に呼びかけていた。

Madonnaさん(@madonna)が投稿した写真


マドンナも脇毛はしっかり伸ばしているのに陰部は剃っているんでしょうか?
手が修正されてるのか、きれいすぎるから本人の写真ではないのかな?

イヴァンカ・トランプに関しては、男女の賃金格差をなくすとか、女性の有給産休を合法化させるということだけに満足しているのではなくて、真のフェミニストとなり女性の為に立ち上がってくれるのであれば、この一連の「脇毛ボーボー&カラーリング」運動に参加してその写真を是非ともインスタにアップしてほしい(←そしたら私もインスタフォローするから)。

この記事でも突っ込まれているが、女性だけ産休が取れても、それでは女性一人で家にこもって子育てをするのには変わりなく、女性の社会的地位は今までと全く変わらない。必要なのは、女性の有給産休以上の、もっと大きい将来の展望だ。

さて、以前はフェミニストを自称していた私も、今回のマーチには参加しない予定だ。

ワシントンDCだけでなく、ニューヨーク、東京など、その他ローカルシスターマーチ参加予定の大勢の友人たちの身の安全を祈りつつ、トランプ政権への、そして全世界への強烈なメッセージとして歴史に残るイヴェントとなるように期待したい。

おまけ

ニューヨークタイムズ
は大統領選挙でもヒラリー・クリントンの支持を明らかにしていたし、メディアに対しても暴言を放ち放漫な態度をとり続けるトランプとも、決して良好な関係とは言えない。

今回のイヴァンカの記事にしても、ある意味、非のない女性をターゲットにして、所詮、お金に困ったことのないお嬢様に何がわかるのか?と言ったところでつつくとは、一般庶民のひがみでしかなく、それゆえ歪んで書かれてしまっているだけだと逆に批判的に思った人も当然いるだろう。

全くの偶然だったのか、または、ニューヨークタイムズの作戦だったのかはわからないが、イヴァンカの記事が掲載された日の表紙のカバー記事は、今までそんな人がいるとは知らなかったが、イヴァンカの義理の弟についてだった。

このイケメンは誰だ?

と新聞を見た人なら誰もが注目したと思う。自分のビジネスに集中し、ずっと大人しく控えめな人生を歩んできたという彼のことにここでスポットライトを当てるとは、ニューヨークタイムズも相当意地が悪い。

The Other Kushner Brother’s Big Bet

その義理弟とは、ジョシュア・クシュナーという人で、個人的にはお兄さんより全然かっこいいと思う投資家であり青年実業家だ。お兄さん同様ハーヴァードビジネススクールを卒業後、オスカーヘルスという保険会社を設立させて成功している。

が、この保険会社というのがオバマケアあっての成功であるわけで、トランプ政権の下ではかなりな打撃を受けるかもしれないと言われている会社なのだそうだ。

ビジネスのことを考えると当然だが、弟はお兄さんの義理父(トランプ)には、親戚であるのにも関わらず投票しなかったらしいし、お兄さんとは違って目立つことが嫌いで表舞台に出ることも常に避けているらしい。

しかし、それでもガールフレンドだけは、ヴィクトリアシークレットの広告塔もやっていたスーパーモデルのカーリー・クロスというのだから、さすがイケメンのなすところ。

イケメンって、おとなしくしていても(お金はあるし)スーパーモデルと付き合えるんだあ。いいね。とってもお似合いな二人。

それにしても、世の中、全てを持ち合わせている人たちっているんだな、という話(そういうオチ?)。

さて、この兄弟がどうなるのか?そんなことは本来はどうでもいいはずなんだけど、ニューヨークタイムズもなかなかタブロイド的ネタもしっかりと提供してくれる、ということ(笑)。

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Photo from : http://www.cnn.com/2017/01/03/politics/ivanka-trump-house-washington-dc/