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アメリカ大統領広島訪問について

On: ヒトコの小径

5月下旬にオバマ大統領が現役アメリカ大統領として初めて広島を訪問したことは、日本人の心の中でずっともやもやしていたものが晴れたような、とても前向きな意味をもたらすものだったのではないかと思う。

アメリカでは、その週にちょうどメモリアルデイの祝日が重なっていたこともあり、賛否両論ではあったが、意外なことに、愛国心旺盛のここ南部でも、

「もっと早く実現するべきだった」
「アメリカは当然のことをした」

など、かなりポジティブに受け取ってくれる人が、私の周りには多かった。

もっとも、そういう話をしに私に近づいてくる、ということは最初から日本や日本人に好意的な人であるということに限定されるのかもしれないが。

職場には自分の息子が日本人と結婚しているために孫は半分日本の血をひくという人がいて、彼女は、

「大統領がそういう態度を示してくれて嬉しい。これがなかったら、私は自分の孫にどう説明したらいいのか、ずっと戸惑うことになってたわ」

と嬉しそうに言っていた。

アメリカ人が自分の国のリーダーである大統領に従う姿勢は、とても興味深く、それゆえ自分たちの大統領を納得行くように選ぶということがとても大切になってくるのが理解できる。

アメリカ人は、自由奔放に好き勝手やっているようで、自分たちのリーダーにはかなり従順なのだ。

この訪問に先駆けて、話題になっていたのが、大統領が日本に対して「公衆の面前で謝罪する」かどうか、ということだったと思う。

最初からホワイトハウスでは、「謝罪することはあり得ない」と発表していたが、やはりオバマ大統領がどのような発言をするのか、注目されたと思う。

結果から言うと、もちろん謝罪はなかったわけだが、それでも彼のスピーチは多くの日本人の心をつかんだものとなった。

なぜ謝罪がなかったのか、というのは、ニュースでも読んだ人が多いと思うが、「アメリカの最高司令官である大統領が全世界が見ている前で謝罪するという行為は、アメリカ国民の名誉のためにもあり得ない」ということだった。

つまり、国を率いる大統領ともあろう人が、公衆の面前において誰かに頭を下げるということは、どう考えても「恥」であり、それを見ているアメリカ国民にとって大きなショックを与えることになる、という判断だ。

歴史的政治的意味はこの際、置いておいても、国民を守るべき立場にいる大統領がそんなことをするのは許されないわけである。

それで思い出したが、次男が小学校5年生の時に、学校の先生がある生徒が持ってきた「スナック」が先生が決めたヘルシースナックオンリーのポリシーを掲げる「クラスルームルール」に反するということで、持ってきたスナックをみんなの前で取り上げられる、という事件が起こった。

このヘルシースナックのルールは、学校の規則とは関係なく、あくまでも担任の先生が決めた教室内でのルールであり、そのことは、学年が始まった最初のオープンハウスでしっかりと先生から説明があったことでもあり、父兄からは何の反対もなく、みんなが承知していたものだと理解していた。

しかし、お友達の前でスナックを取り上げられた上に先生からたしなまれたということについて怒った子どもの親は、担任の先生は勿論、校長先生含め、クラス全員の親にメールを流し、「カクカクしかじか、子どもは相当なショックを受けている。担任の先生には、うちの子含め、クラス全員の前で謝罪してほしい」と訴えてきたのだ。

しかも、このクラスルールは学校の規則に対して「違反」しているものであり、担任の先生は、法律違反で罰せられるべきだとメールで長々と言ってきたわけだ。

こういう親こそが、モンスターペアレントというものなのだな、とその時は思ったが、私が驚いたのは、その部分ではなくむしろ

「もし、担任の先生がクラスで謝罪することになったら、うちの子どもには、そのような現場を見せたくないので免除させてもらいたい」

と申し出る親が多かった、ということだ。

メールで一人の親がその旨を申し出ると、次から次へと連鎖的に「うちの子も、外してください」と申し出る親が多発した。

なるほど。

「謝罪する」という行為は、アメリカではネガティブに受け止められるのだなと改めて確認した次第だ。

離婚する前に、元夫にキレた私は

「土下座しろっ!」

だの

「ひざまづいてみんなに謝れ〜!」

だのと子どもの前で叫んだことが数回あったが、なんて酷いことをしたのか、ととても反省している(酷いと思ったのは、子どもたちの前で彼らの父親に謝罪を要求したということであり、彼本人に対して申し訳なかったという気持ちではない。愛のない破綻した元夫婦の姿とはそういうもので、悲しいものはもちろんあるが、それが現実なのでしょうがない=ビッチな私、笑)。

私が最初にニューヨークに住み始めた時は、人々から

「ヒトコ、どんなことがあっても気軽に謝ってはダメよ!
アメリカは訴訟の国でもあるのだから、簡単に自分の非を認めたら大変なことになるんだから」

とよく忠告されたものだ。

そういう意味では戦争責任についても、謝りたくても下手になかなか謝れない事情があるのだと思っていた。

オバマ大統領が広島を訪問した事実に対して、アメリカ側からは

「次回は、是非ともパールハーバーに来てほしい」

と日本の首相へお誘いがあったらしい。

FBでそのような話になった時に、私は友人に

「逆に潔く謝罪してしまったらいいのに。
それこそ、サムライ精神で、日本人的には謝罪=恥というわけではないんじゃないの?」

と軽く言ってしまったが、どうなのだろう?

スピーチでアメリカ人にかなわないのであれば、全世界の前でいきなり土下座でもしてアメリカ人をハッと驚かせるのも一つの手ではないかなと思ったりもするのだけれど。

日本の首相が公衆の面前で 頭を下げたとしても、逆に国民はなんとも思わなかったりするわけで(特に若い世代は)、ある意味それは間違っているのかもしれないけれど、私だったらむしろそういう首相に対して尊敬の念が芽生えるかも、と思ってしまう。

実際に、詳しいことはわからないが、戦争を始めたのは日本側ということになっているし、パールハーバーを攻撃したのは確かなのだから。

戦争は、本当にいたたまれない。

今回のアメリカ大統領の広島訪問の一連のニュースを見ていて救われたと思ったことは、広島の人たちがとても明るかったこと。
そして、日本側がアメリカに対して謝罪を求めなかったことも、とても誇れるものではないかと思う。

その辺も、武士道にのっとった潔いものであったと思う。

アメリカ大統領の訪問を心から歓迎していたことは、私たち日本人の寛大で寛容な心を反映しているものであり、悲しい歴史を乗り越えて、大きく一歩、前進できた証しではないかと思う。

上山仁子のHP:http://www.hitoko.com/

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