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番外編No.3 人気沸騰ミュージカル 『Hamilton(ハミルトン)』とブロードウェイのチケットのお値段

On: かぶりつき!ブロードウェイ観劇レポート

「ちょっと、席をかわってくれないかしら?」

2月のある夜、ブロードウェイのリチャード・ロジャース・シアターの席に座り、『Hamilton』の開演をワクワクしながら待っている私に、隣に座るパリス・ヒルトン似の女性がそう尋ねてきた。

「私たち、あなたたちの向こう側に座る男性達と一緒なんだけど、並んだ席がとれなかったの。」

母親と思しき年上の女性と一緒のパリス・ヒルトンがそう言いながら指をさしたのは、オーケストラ席サイドブロックの中央通路側という最上席に座る、ドル札の匂いがプンプンする40代の男性2人組。その二人組とパリスとのちょうど間にわたしともう一人の女性という「お一人様」2人が座っている。

パリスは、その男性たちの隣に座りたいから席を交換してくれと言っているのだ。

どうやら『Hamilton』で良い座席を手に入れるのがどれほど難しいか、全く理解していないらしい。

今年のトニー賞で最多16部門にノミネートされた『Hamilton』は、チケットが取れないショウとしてその名を轟かせている。

合衆国建国の父にして初代財務長官、10ドル札の顔として知られるアレグザンダー・ハミルトンの生涯を、2008年のトニー賞受賞ミュージカル『In the Heights』のクリエイター、リン=マニュエル・ミランダがヒップホップミュージックで描いた作品だ。

オフ・ブロードウェイのパブリック・シアターで2015年1月からの上演が決まるやチケットは完売。
3度の公演延長分も即完売。

ブロードウェイへのトランスファー後も熱狂は冷めるどころかさらに加熱し、早々に最もチケットが取りにくいショウとなった新作ミュージカルである。

ブロードウェイには時折、誰もが何としてでも見たいと熱狂するこんな作品が登場する。

『The Producers』『Book of Mormon』等々、チケットが取れないことがテレビのトークショウで話題になり、ドラマのセリフに使われ、「観た」と言うだけでちょっとした自慢になる話題のショウ。

当然のことながら、チケットは転売市場で高額取引される。

だが、オバマ大統領も見に来たことで話題となった『Hamilton』の場合、その価格がブロードウェイのショウにしては異常なほど高騰しているのだ。

この転売を容易にしているのが、世界で最も大きなコンサートプロモーター、Live Nationを親会社に持つTicketmasterである。

チケット転売市場では長い間ebay傘下のStubHubに遅れを取っていたTicketmasterは、公式チケット販売サイトと個人同士の転売サイトをシームレスにつなぎ、ほんの数クリックで買ったばかりの正規チケットを「真正チケット」として転売できるようにした。

それ以降、転売市場でのTicketmasterの伸びは激しく、オンラインではTicketmasterを通して販売している『Hamilton』のチケットも、当然ながらこのサイトで数多く取引されている。

通常、ボックスオフィスで$139〜$199で売られる正規チケットが、Ticketmasterのチケット転売用サイトでは現在2000ドル以上で売られている。

プレミアムチケットとして475ドルで販売されるオーケストラ中央の最上席に至っては、5000ドルや6000ドルという値付け。
なんと7800ドルというチケットまである。

もちろんこれは、最近のトニー賞最多ノミネートの発表や、ショウのクリエイターで主役を演じるミランダが今年の7月初めに降板するという噂がチケットの需要に拍車をかけて値段が高騰しているのだが、例えば、来年の1月下旬のチケットでも現在のところ安くて823ドル。1000ドル、2000ドルはざらだ。

『Hamilton』のクリエイターのミランダは、6月7日付NY TimesのOP-EDページで、違法なbotを使い、ものの数分で数百枚のチケットを買ってしまう転売業者を批判し、一般の観客が券面額でチケットを買えるよう、より厳しい規制を求めた。 
だが、皮肉なことに、ミランダのこの意見がNY Timesに掲載されたその翌日、『Hamilton』のプロデューサーがその券面額を上げると発表した。

これから売りに出される来年1月末以降のチケットは、最低価格が179ドルになり、最も高いプレミアムチケットは849ドルになる。

転売市場でいくら高値で取引されても、ミュージカルのプロデューサーやクリエイター、出演者など、制作に携わった人たちの懐が膨らむわけではない。

どうせ800ドルを出すならば、転売業者の懐よりも制作者側の懐を肥やしてほしいということだ。

パリス・ヒルトンもどきに声をかけられた2月のある夜、ありとあらゆるコネクションを駆使してなんとかチケットを取ろうとしたものの全て不成功に終わっていたわたしが、ようやく転売サイトで見つけたリーズナブルなお値段の良席は、正規プレミアムチケット価格よりも10ドル高い 485ドル。

普通ならば絶対に手を出さない高価な席で、清水の舞台から飛び降りないと買えたものではない。
当然、おいそれと条件の劣る席と交換するはずもない。

「あなた達の席じゃなくて、こっちの男性達の席となら交換してもいいですよ」

そう告げたわたしに、すぐに座席を変われるようコートと荷物をまとめて持っていたパリスは苦虫を噛み潰したような顔をして見せた。

「だったらいいです。だって彼らはきっと自分たちの席を悪い席と交換したくないと思うから。」

そうのたまったパリスは、私が清水の舞台から飛び降りたときには900ドルで売られていた自分の席に深々と座り込み、諦めるようにため息をついた。

パリスの連れだという男性2人はインターミッションになるや席を立ち、同じく900ドルする座席には二度と戻ってこなかった。

どうやら『Hamilton』は、10ドル感覚で1000ドルを使えるお金持ちのファッションの一つになってしまったらしい。

『Hamilton』のプロデューサーは、値上げの発表と同時に10ドルでチケットが買えるロッタリーの席数を21席から46席に増やすと発表した。

だが、劇場を券面額でチケットを買える一般観客で埋め尽くすためには、もっとロッタリー席を増やすか、ブロードウェイに次の新しいファッションが誕生するのを待つしかないだろう。

追記:『Hamilton』は6月12日に発表された第70回トニー賞で、ミュージカル作品賞を含む11部門で栄冠に輝いた。そのトニー賞終了直後の午後11時15分、来年1月31日〜5月21日までの公演のチケットが発売開始されたが、それと同時に転売業者のbotが大活躍したのか、チケットはもう残っていない。

Photos by Joan Marcus

2016年トニー賞授賞式での『Hamilton』のパフォーマンス

 

 
Comments

こんにちは。はじめてコメントさせていただきます。先日トニー賞の中継を日本で観て、Hamiltonの音楽、リン=マニュエル・ミランダの人柄と情熱に感動して夢中になってしまいました!そしてHamiltonのことをリポートしている記事を読みあさっていたらNewYork NICHEさんに出会いました。

Hamiltonを観るために早朝から並んでロッタリーに挑む人が多い一方で、ファッション感覚で来て途中で帰る人もいるんですね……日本でも人気舞台のチケットは発売日に即ネットで高額転売されていて、わたし自身、貧乏大学生なのですが、バイトしてやっと貯めたお金でチケットを買うのに、既に買い占めでチケット売り切れ+法外な値段での転売という現実がとてもやるせないです。。、ブロードウェイでも同じような問題があることを知り、勉強になりました。

ちなみにHamiltonは日本版キャストで上演される可能性はあると思いますか?
翻訳した上でニュアンスや韻のリズム感を殺さずに日本語ラップに再構成するのはやはり難しいですかね。
お時間ありましたらご意見をいただきたいです。
これからもたくさんの記事を読ませていただこうと思います。

こんにちは。コメントをありがとうございます。今年のトニー賞授賞式は愛に溢れた素晴らしい授賞式で、特にミランダの受賞スピーチには私も胸が熱くなりましたので、Hasegawaさんが感動されたと伺ってなんだか自分のことのように嬉しくなりました。

Hamiltonは素晴らしい作品ですが、感じることは人それぞれですから、思っていたのと違ったとか、急用ができたとか、パリス・ヒルトン親娘に付きまとわれたからとか、途中で帰る理由はその人の自由です。後ろの席に座っている人は視界が広がってさぞ喜んだことでしょう!

皆がHamiltonを観たいと思うのはとても良くわかりますし、また、チケットを買ったけど行けなくなった人がそれを売るのも当然のことだと思います。でも、転売サイトで法外な金額で売られていた席が、結局誰にも買われずにずっと空席だということも現実にあり、そういうのを見ると本当に残念になります。また、正規のチケットを販売して手数料を取っているところが、そのチケットをすぐに転売できるようにしてそこでも手数料を取り、そのチケットが高額で取引されればされるほど儲かるというシステムにもこういう時にやるせなさを感じてしまいます。本当はとても便利で素晴らしいシステムなのですが。

Hamiltonが日本版キャストで上演される可能性はもちろんあります! 翻訳ミュージカルは常に日本語訳がとても難しいのですが、ミランダの前作の「In the Heights」の日本語版には日本のラッパーが参加されたと聞きましたので、Hamiltonがもしも日本語で上演される場合は同様になるかもしれませんね。ただ、Hamiltonの人気の理由の一つは、人種の壁を超えたキャスティングにありますので、日本版を作る場合、プロダクション側がそこをどうするかにとても興味をそそられます。

ともあれ、Hamiltonはブロードウェイではおそらく何年もロングランする作品になるでしょうし、この秋からアメリカ国内でもあちこちで上演されますから、Hasegawaさんも早くご覧になれたらいいですね!

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