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No.31 映画オタクも喜ぶ、静かなピュリッツァー賞受賞ドラマコメディ 『The Flick』

On: かぶりつき!ブロードウェイ観劇レポート

じわじわと愛おしくなる。
そんな表現がぴったりな芝居が、2014年のピュリッツァー賞に輝いたアニー・ベイカーの『The Flick』だ。

マサチューセッツ州ウースター郡にある、まだ35ミリフィルムで映画を上映しているリバイバル館。
その寂れた映画館で働く3人の同僚たちの複雑な友情を、ゆっくりと、静かに描いたドラマコメディである。

30代半ばの古株サムが、大学休学中の新入りエイブリーに仕事のいろはを教えている。

と言っても難しい仕事ではない。
上映と上映の合間に場内の床に散らばったポップコーンを掃き、その日の最終上映が終わった後はモップがけ。

サムが断片的に説明しつつ手本を示すと、エイブリーがそれを真似、時折質問やコメントを挟みながら二人が作業を進めていく。


Aaron Clifton Moten and Matthew Maher

実は、3時間以上あるこの芝居で繰り広げられるのは、こんな具合に進んでいく映画館での日常だ。

舞台上にはくたびれた座席がこちらを向いてずらりと並び、床にこぼれ落ちたポップコーンを二人が掃いて回る。観客は映画館のスクリーンの位置からその様子を眺めるのだ。

時折そこに緑色の髪をしたちょっとパンクな映写技師のローズが加わり、ちょっとした緊張を生むが、とりたててドラマチックなことが起こるわけでもない。

描かれるのは毎日ほとんど変わらない3人のありふれた日常で、変わるものといえば、掃除中に話す世間話の内容と落っこちているゴミくらい

上司に対する愚痴から安い給料への不満、外で買った食べ物を映画館に持ち込む客への文句に、フェイスブックで見つけた動画から『アバター』が偉大な映画と言えるかどうかという熱い議論まで、言わば誰もが職場の同僚と話すような四方山話が、不安になるくらいたっぷりとられた「間」に挟まれながら淡々とかわされていく。


Aaron Clifton Moten and Matthew Maher

今年の5月末からオフ・ブロードウェイのバーロウ・ストリート・シアターで上演中の本作は、実は2013年に別のオフ・ブロードウェイの劇場、プレイライト・ホライゾンで上演されたプロダクションの再演

初演時には、その淡々とした芝居運びに耐えきれず、インターミッション中に帰ってしまう観客をたっぷり生み出したことでも話題になった作品が、ピュリッツァー受賞後、オリジナルのキャスト、オリジナルの演出家の元、現在の劇場で再演されたのだ。


Aaron Clifton Moten, Louisa Krause and Matthew Maher

確かに、ありふれた日常のワンシーンをそのまま切り取って並べただけのように見えるベイカーの芝居は、およそ「劇的」という言葉にはほど遠いところにある。

筋書きすら無いように見える。

だが、そもそも実際の人間の人生には筋書きなどない。それでも毎日の積み重ねがそれぞれの人生のそれぞれのドラマを形成していく。

ベイカーの芝居はまさにそれを描こうとしているかのようで、しびれを切らして途中で帰ってしまった観客が見逃したのは淡々とした日常の層の中から現れるドラマだ。

モップを浸して水を絞るだけのたっぷり1分はありそうな長い「間」は、その場の気まずい雰囲気をどんなセリフよりも明確に表現する。
噛み合わない2つの話題が並行して話される様はコミカルでありながら、口にはされないぎこちない思いがにじみ出る。

そんな中であっさりぽつんと話された小さな事柄は忘れた頃に表面に現れ、星空の中の星座のようにつながっていくのだ。

セリフで表現することと、セリフのない「間」で表現することを緻密に計算しながら、計算の「け」の字も感じさせないベイカーのドラマ表現は実に見事だ。


Matthew Maher

演出は、『Fun Home』で今年のトニー賞を受賞したサム・ゴールド
ベイカーとのコラボレーションは2009年の『Circle Mirror Transformation』以来、これが4度目になる。

つぶれてしまった本物の映画館からごっそり引っぺがしてきたようなデイヴィッド・ジンのセットは、噛み終わったチューインガムがくっついていそうなシートから、こぼれたコーラのシミで靴底がべたつきそうな床まで、美しいほどに小汚い


Louisa Krause

俳優陣は、その床に散らばるポップコーン粒のような物悲しいキャラクターを、温かく、率直に演じる。

マシュー・メアー
は、何も気にしていないそぶりを見せるサムの、内に秘める苦しみを透かし見せ、病的なほど映画オタクなエイブリーをのそっと演じるアーロン・クリフトン・モーテンは、その一本調子の中にぎこちなさと繊細さ、そして知性を含み持たせる。
ルイーザ・クラウス演じるローズのちょっと荒れた不良っぽさの下からは、ほんのりした優しさが覗き出る。


Louisa Krause and Aaron Clifton Moten

この芝居の舞台となる2012年は、ちょうど映画館から35ミリフィルムが消え、デジタル上映が一気に増えた頃

劇中、映画オタクのエイブリーが、映画のフィルム上映とデジタル上映の違いを本物のモナリザの絵とそれが印刷されたポストカードに例えるくだりがある。

常々、映画館で見る映画と、テレビやパソコン画面で見る映画の違いを同じように例えてきたわたしが、思わず客席から「そうだ!」と叫びそうになったシーンだ。

絶滅しそうなフィルム映画への愛に溢れ、ほろ苦い毎日を生きている人たちを温かい視線で見つめるこの芝居は、1月10日までの上演。

All Production Photos by Joan Marcus
 

映画オタク度★★★★★
映画はフィルム上映でしょう度★★★★★

これだけ払います!のチケット金額:79.50ドル(フルプライス)

 
“The Flick”
2015年5月28日オープン
2016年1月10日終演予定
上演時間:3時間10分(インターミッションを含む)
*現在は新キャストにて上演中。
 
劇場:Barrow Street Theatre
27 Barrow Street, New York, NY

 
オフィシャルサイト:
http://www.barrowstreettheatre.com/index.asp
Student Rush Ticket:無し
Lottery:無し

パフォーマンススケジュール: 火@7:00、水木@7:30、金@8:00、土@2:30&8:00、日@2:00&7:30